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第123話 彼の口から語られる
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宿の別の部屋を借りて、ジークルドとは別々に泊まったラダベルは、早朝、馬車に乗り込んだ。ジークルドも同様に自身が乗ってきた馬に跨る。馬車の壁を隔てたふたりの間に、会話はない。重苦しい空気の中、ふたりは移動し続けた。
数日後、ようやく駅に到着して、東部に向かうための宿泊用の高級列車に乗り込む。アデルが貸し切った列車ほど高価ではないが、落ち着いて過ごせる造りであった。ジークルドと共に寝室も使わなければならないようだが、別に構わなかった。話さなければいい、問題だから……。
そんなラダベルの思いとは裏腹に、ジークルドは彼女と話したそうであった。視線を感じつつも、ラダベルはそれにとことん無視を決め込んでいた。
東部への到着を目前に控えた頃、とうとう我慢ならなくなったジークルドが彼女に恐る恐る声をかける。
「ラダベル」
「………………」
ついに話しかけてきたジークルドに、ラダベルは反応を示さない。ここまで来たら最後まで話しかけてこないものとばかり思い込んでいたが、それは違ったらしい。
ラダベルは寝室のソファーに横たわり、毛布を被った。
「そのままの状態でもいい。聞いてほしい」
すぐ傍でジークルドの声がした。ソファーの背もたれを挟んだ向こうに、彼はいるのだろう。
「お前と結婚したことを後悔していないという言葉は、嘘ではない。俺は本当に、お前と結婚したことを後悔していない。むしろ…………嬉しいと思っている。ラダベルは、ただの政略結婚としか思っていないだろうが、俺は政略結婚で終わらせたくはない」
「………………」
ラダベルは相変わらず黙りだ。表情も窺えない彼女に、ジークルドは拳を握った。
「もしかしたらお前は、元帥に心が戻りつつあるのかもしれない」
アデルの名が出てきたため、ラダベルは無意識に肩を震わせてしまった。
(そんなわけない……)
ラダベルの心の声は、ジークルドには届かない。
以前と比べ、アデルがとびきり優しくなったことは知っている。前よりもずっと、素直になったことも。現に彼は、ラダベルに対して「好きだ」と言ってくれた。そんな彼に「可愛い」とは思っている。しかし彼と結婚したが最後、ラダベルを待ち受けているのは脇役、悪役としての死だ。それを大人しく享受することはできない。万が一、アデルを好きになったとしても、彼と結婚する未来はありえないだろう。
「それでも、それでも俺は……ラダベル、お前を手放すことはできない」
ジークルドの切羽詰まった声を聞いて、ラダベルはおもむろに顔を上げた。ソファーの背もたれを挟んだ向こう側、彼女を見るジークルドの顔は、酷く切なげであった。パープルダイヤモンド色の瞳からは、今にも涙がこぼれ落ちそうである。そんな彼を目の当たりにして、ラダベルは唇を噛みしめる。口内に、血の味が滲む。上体を起こして、毛布を剥ぎ取った。
「そんなに……そんなに、お父様への恩義が大事ですか?」
ラダベルは瞋恚を込めた目でジークルドを睨む。
ジークルドが彼女を手放せない理由。今にも泣きそうな顔をする理由。それは、ラダベルの父、ティオーレ公爵にあるのだろう。ジークルドがティオーレ公爵へ恩を返しきれていないと思い込んでいるから……。
「結婚した時点でお父様への恩は返せているではありませんか」
「俺が言いたいのはそういうことでは、」
「ではなんですか? 私を手放せないのは、自分を捨てたサレオン公爵夫人に嫉妬をさせるためですか? 彼女との運命の恋に、私を巻き込むおつもりで?」
ラダベルは強気に出る。彼女に怒涛に詰め寄られたジークルドは、唖然として何も言えない様相だ。
「私が気づかないと思いましたか? サレオン公爵夫人とどんな関係であったか」
「おい、待て……。あいつとは何も、」
「ないなどとほざくのですか?」
礼儀も忘れ、伯爵夫人らしからぬ言葉を使うラダベル。ジークルドの、男らしい喉仏が静かに上下した。大きく深呼吸して、口を開く。
「……シア……アナスタシアとは、昔、友人以上の関係にあったことは事実だ」
ジークルドの口から真実を聞いたラダベルは、目を閉じる。
やはり、事実だった。噂を聞いたり、アデルの口から情報を聞いた時も、心のどこかで嘘であってほしいと願っていた。しかしその思いは、木端微塵に砕かれたのであった。
悲哀に塗れた表情を浮かべる彼女に対して、ジークルドは続ける。
「だが、恋人と言えたのかどうかも分からない。お互い、明確な言葉は言わなかった。互いに、心のどこかで自然と結婚するのだろうと受け入れていた節はあった。しかし、アナスタシアのご両親、オースター先代侯爵夫妻は俺たちの結婚を受け入れなかったんだ。きっと、俺の身分が……あまり高くないのが原因だろう」
その言葉に、ラダベルは俯いた。
数日後、ようやく駅に到着して、東部に向かうための宿泊用の高級列車に乗り込む。アデルが貸し切った列車ほど高価ではないが、落ち着いて過ごせる造りであった。ジークルドと共に寝室も使わなければならないようだが、別に構わなかった。話さなければいい、問題だから……。
そんなラダベルの思いとは裏腹に、ジークルドは彼女と話したそうであった。視線を感じつつも、ラダベルはそれにとことん無視を決め込んでいた。
東部への到着を目前に控えた頃、とうとう我慢ならなくなったジークルドが彼女に恐る恐る声をかける。
「ラダベル」
「………………」
ついに話しかけてきたジークルドに、ラダベルは反応を示さない。ここまで来たら最後まで話しかけてこないものとばかり思い込んでいたが、それは違ったらしい。
ラダベルは寝室のソファーに横たわり、毛布を被った。
「そのままの状態でもいい。聞いてほしい」
すぐ傍でジークルドの声がした。ソファーの背もたれを挟んだ向こうに、彼はいるのだろう。
「お前と結婚したことを後悔していないという言葉は、嘘ではない。俺は本当に、お前と結婚したことを後悔していない。むしろ…………嬉しいと思っている。ラダベルは、ただの政略結婚としか思っていないだろうが、俺は政略結婚で終わらせたくはない」
「………………」
ラダベルは相変わらず黙りだ。表情も窺えない彼女に、ジークルドは拳を握った。
「もしかしたらお前は、元帥に心が戻りつつあるのかもしれない」
アデルの名が出てきたため、ラダベルは無意識に肩を震わせてしまった。
(そんなわけない……)
ラダベルの心の声は、ジークルドには届かない。
以前と比べ、アデルがとびきり優しくなったことは知っている。前よりもずっと、素直になったことも。現に彼は、ラダベルに対して「好きだ」と言ってくれた。そんな彼に「可愛い」とは思っている。しかし彼と結婚したが最後、ラダベルを待ち受けているのは脇役、悪役としての死だ。それを大人しく享受することはできない。万が一、アデルを好きになったとしても、彼と結婚する未来はありえないだろう。
「それでも、それでも俺は……ラダベル、お前を手放すことはできない」
ジークルドの切羽詰まった声を聞いて、ラダベルはおもむろに顔を上げた。ソファーの背もたれを挟んだ向こう側、彼女を見るジークルドの顔は、酷く切なげであった。パープルダイヤモンド色の瞳からは、今にも涙がこぼれ落ちそうである。そんな彼を目の当たりにして、ラダベルは唇を噛みしめる。口内に、血の味が滲む。上体を起こして、毛布を剥ぎ取った。
「そんなに……そんなに、お父様への恩義が大事ですか?」
ラダベルは瞋恚を込めた目でジークルドを睨む。
ジークルドが彼女を手放せない理由。今にも泣きそうな顔をする理由。それは、ラダベルの父、ティオーレ公爵にあるのだろう。ジークルドがティオーレ公爵へ恩を返しきれていないと思い込んでいるから……。
「結婚した時点でお父様への恩は返せているではありませんか」
「俺が言いたいのはそういうことでは、」
「ではなんですか? 私を手放せないのは、自分を捨てたサレオン公爵夫人に嫉妬をさせるためですか? 彼女との運命の恋に、私を巻き込むおつもりで?」
ラダベルは強気に出る。彼女に怒涛に詰め寄られたジークルドは、唖然として何も言えない様相だ。
「私が気づかないと思いましたか? サレオン公爵夫人とどんな関係であったか」
「おい、待て……。あいつとは何も、」
「ないなどとほざくのですか?」
礼儀も忘れ、伯爵夫人らしからぬ言葉を使うラダベル。ジークルドの、男らしい喉仏が静かに上下した。大きく深呼吸して、口を開く。
「……シア……アナスタシアとは、昔、友人以上の関係にあったことは事実だ」
ジークルドの口から真実を聞いたラダベルは、目を閉じる。
やはり、事実だった。噂を聞いたり、アデルの口から情報を聞いた時も、心のどこかで嘘であってほしいと願っていた。しかしその思いは、木端微塵に砕かれたのであった。
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「だが、恋人と言えたのかどうかも分からない。お互い、明確な言葉は言わなかった。互いに、心のどこかで自然と結婚するのだろうと受け入れていた節はあった。しかし、アナスタシアのご両親、オースター先代侯爵夫妻は俺たちの結婚を受け入れなかったんだ。きっと、俺の身分が……あまり高くないのが原因だろう」
その言葉に、ラダベルは俯いた。
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