【完結】死にたくないので婚約破棄したのですが、直後に辺境の軍人に嫁がされてしまいました 〜剣王と転生令嬢〜

I.Y

文字の大きさ
上 下
123 / 158

第123話 彼の口から語られる

しおりを挟む
 宿の別の部屋を借りて、ジークルドとは別々に泊まったラダベルは、早朝、馬車に乗り込んだ。ジークルドも同様に自身が乗ってきた馬に跨る。馬車の壁を隔てたふたりの間に、会話はない。重苦しい空気の中、ふたりは移動し続けた。
 数日後、ようやく駅に到着して、東部に向かうための宿泊用の高級列車に乗り込む。アデルが貸し切った列車ほど高価ではないが、落ち着いて過ごせる造りであった。ジークルドと共に寝室も使わなければならないようだが、別に構わなかった。話さなければいい、問題だから……。
 そんなラダベルの思いとは裏腹に、ジークルドは彼女と話したそうであった。視線を感じつつも、ラダベルはそれにとことん無視を決め込んでいた。
 東部への到着を目前に控えた頃、とうとう我慢ならなくなったジークルドが彼女に恐る恐る声をかける。

「ラダベル」
「………………」

 ついに話しかけてきたジークルドに、ラダベルは反応を示さない。ここまで来たら最後まで話しかけてこないものとばかり思い込んでいたが、それは違ったらしい。     
 ラダベルは寝室のソファーに横たわり、毛布を被った。

「そのままの状態でもいい。聞いてほしい」

 すぐ傍でジークルドの声がした。ソファーの背もたれを挟んだ向こうに、彼はいるのだろう。

「お前と結婚したことを後悔していないという言葉は、嘘ではない。俺は本当に、お前と結婚したことを後悔していない。むしろ…………嬉しいと思っている。ラダベルは、ただの政略結婚としか思っていないだろうが、俺は政略結婚で終わらせたくはない」
「………………」

 ラダベルは相変わらず黙りだ。表情も窺えない彼女に、ジークルドは拳を握った。

「もしかしたらお前は、元帥に心が戻りつつあるのかもしれない」

 アデルの名が出てきたため、ラダベルは無意識に肩を震わせてしまった。

(そんなわけない……)

 ラダベルの心の声は、ジークルドには届かない。
 以前と比べ、アデルがとびきり優しくなったことは知っている。前よりもずっと、素直になったことも。現に彼は、ラダベルに対して「好きだ」と言ってくれた。そんな彼に「可愛い」とは思っている。しかし彼と結婚したが最後、ラダベルを待ち受けているのは脇役、悪役としての死だ。それを大人しく享受することはできない。万が一、アデルを好きになったとしても、彼と結婚する未来はありえないだろう。

「それでも、それでも俺は……ラダベル、お前を手放すことはできない」

 ジークルドの切羽詰まった声を聞いて、ラダベルはおもむろに顔を上げた。ソファーの背もたれを挟んだ向こう側、彼女を見るジークルドの顔は、酷く切なげであった。パープルダイヤモンド色の瞳からは、今にも涙がこぼれ落ちそうである。そんな彼を目の当たりにして、ラダベルは唇を噛みしめる。口内に、血の味が滲む。上体を起こして、毛布を剥ぎ取った。

「そんなに……そんなに、お父様への恩義が大事ですか?」

 ラダベルは瞋恚を込めた目でジークルドを睨む。
 ジークルドが彼女を手放せない理由。今にも泣きそうな顔をする理由。それは、ラダベルの父、ティオーレ公爵にあるのだろう。ジークルドがティオーレ公爵へ恩を返しきれていないと思い込んでいるから……。

「結婚した時点でお父様への恩は返せているではありませんか」
「俺が言いたいのはそういうことでは、」
「ではなんですか? 私を手放せないのは、自分を捨てたサレオン公爵夫人に嫉妬をさせるためですか? 彼女との運命の恋に、私を巻き込むおつもりで?」

 ラダベルは強気に出る。彼女に怒涛に詰め寄られたジークルドは、唖然として何も言えない様相だ。

「私が気づかないと思いましたか? サレオン公爵夫人とどんな関係であったか」
「おい、待て……。あいつとは何も、」
「ないなどとほざくのですか?」

 礼儀も忘れ、伯爵夫人らしからぬ言葉を使うラダベル。ジークルドの、男らしい喉仏が静かに上下した。大きく深呼吸して、口を開く。

「……シア……アナスタシアとは、昔、友人以上の関係にあったことは事実だ」

 ジークルドの口から真実を聞いたラダベルは、目を閉じる。
 やはり、事実だった。噂を聞いたり、アデルの口から情報を聞いた時も、心のどこかで嘘であってほしいと願っていた。しかしその思いは、木端微塵こっぱみじんに砕かれたのであった。
 悲哀に塗れた表情を浮かべる彼女に対して、ジークルドは続ける。

「だが、恋人と言えたのかどうかも分からない。お互い、明確な言葉は言わなかった。互いに、心のどこかで自然と結婚するのだろうと受け入れていた節はあった。しかし、アナスタシアのご両親、オースター先代侯爵夫妻は俺たちの結婚を受け入れなかったんだ。きっと、俺の身分が……あまり高くないのが原因だろう」

 その言葉に、ラダベルは俯いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜

青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ 孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。 そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。 これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。 小説家になろう様からの転載です!

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

ぽっちゃり令嬢の異世界カフェ巡り~太っているからと婚約破棄されましたが番のモフモフ獣人がいるので貴方のことはどうでもいいです~

翡翠蓮
ファンタジー
幼い頃から王太子殿下の婚約者であることが決められ、厳しい教育を施されていたアイリス。王太子のアルヴィーンに初めて会ったとき、この世界が自分の読んでいた恋愛小説の中で、自分は主人公をいじめる悪役令嬢だということに気づく。自分が追放されないようにアルヴィーンと愛を育もうとするが、殿下のことを好きになれず、さらに自宅の料理長が作る料理が大量で、残さず食べろと両親に言われているうちにぶくぶくと太ってしまう。その上、両親はアルヴィーン以外の情報をアイリスに入れてほしくないがために、アイリスが学園以外の外を歩くことを禁止していた。そして十八歳の冬、小説と同じ時期に婚約破棄される。婚約破棄の理由は、アルヴィーンの『運命の番』である兎獣人、ミリアと出会ったから、そして……豚のように太っているから。「豚のような女と婚約するつもりはない」そう言われ学園を追い出され家も追い出されたが、アイリスは内心大喜びだった。これで……一人で外に出ることができて、異世界のカフェを巡ることができる!?しかも、泣きながらやっていた王太子妃教育もない!?カフェ巡りを繰り返しているうちに、『運命の番』である狼獣人の騎士団副団長に出会って……

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

処理中です...