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第122話 うそつき
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何を言っているのだとラダベルは眉間に皺を寄せた。そんな彼女を見て、ジークルドは悄然としていた。
「俺では、役不足だったか」
再度呟く彼に、ラダベルは呆れ果て、長い溜息をついた。
「なぜそこで、第二皇子殿下の名が出てくるのですか?」
「………………」
ラダベルの問いかけに、ジークルドは黙りを決め込む。黙っていても、分からないというのに。
彼は、追いかけてくるのはアデルのほうがよかったか、と言ったが、ありえない話だ。それを言ってしまうならば……。
「あなた様だって、私より、サレオン公爵夫人のほうが良かったでしょう」
しまった、と思った時には、遅かった。心中で唱えるはずだった言葉は、いつの間にか口に出てしまっていた。
「……何?」
喧嘩腰のラダベルの言葉に、ジークルドが低い声で反応する。微かに殺気の交じった声音に、ラダベルは若干怯む。しかし今さら、あとには引けない。強気の面持ちでジークルドを睨んだ。
「先程も、何やら訳ありな感じで話されていましたものね」
「それは、」
「仲の良い友人だからと、仰るおつもりですか?」
発言する暇を与えないラダベル。彼女の非難するような声に、ジークルドは歯噛みした。そんな彼に、追い打ちをかける。
「悪女と名高い私より、もっとふさわしいお方がいたでしょうに……。私と結婚せず、少し待てば……サレオン公爵夫人となんの縛りもなく結婚できましたね」
ジークルドは茫然自失とする。
ラダベルの口から次々と溢れてくるのは、まったく可愛げのない言の葉たち。こんなことは別に言いたくないのに。蛇口を緩めてしまったが最後、淡々と滴る水の如く、彼女の口は止まらない。
「そもそも、なぜ私と結婚したのですか? そろそろ良い年齢だから適当に結婚しなければならないと思ったから? それとも……お父様と何か取引をしたのですか、恩があったのですか?」
ラダベルが怒涛に責める。「取引」という単語を耳にした瞬間、ジークルドはピクッと片眉を動かした。
政略結婚とは分かっていた。だけど、彼に惚れている段階でその現実を突きつけられると、苦しいものがある。
ラダベルの父であるティオーレ公爵とジークルドの間には、取引があった。ジークルドがティオーレ公爵になんらかしらの恩があったのかもしれない。恩があるからこそ、ジークルドは最悪の悪女であるラダベルとの結婚を受け入れたのだ。
「やっぱり、ろくでもない人生じゃない」
ラダベルはひとり呟く。婚約者と結婚すれば殺され、その未来を何がなんでも回避するために婚約破棄すれば、ほかの男に嫁がされて。その男を好きになったら、今度は男に本命が現れ離婚。ラダベルの人生は、恋と愛と男に振り回されるだけの悲惨なものだ。
これに懲りたらもう二度と、恋愛なんてしないほうがいい。
誰も好きにならないほうがいい。
ひとりで生きるほうが、ずっといい――。
諦念を抱く彼女に対して、ジークルドは口火を切る。
「ラダベルの言う通り……結婚したのは……ティオーレ公爵に恩義があったからだ」
ラダベルは何も答えない。
「俺がルドルガーとして東部の領主の座に就く際、それを後押ししてくれたのがティオーレ公爵なんだ」
ティオーレ公爵家は、レイティーン帝国において数少ない公爵家のひとつである。ジークルドが東部の領主、そして極東の司令官という名誉ある座に就くためには、軍のトップらの支持、貴族界の中枢たちの後ろ楯が必要不可欠だ。ティオーレ公爵は、ジークルドを支持した。それによって、ジークルドは彼に恩義を抱いているというわけだ。それをティオーレ公爵も分かっていたからこそ、ジークルドに娘のラダベルとの結婚を押しつけた。
「ティオーレ公爵が俺を支持したのには、何かしらの思惑が隠れていることは、俺も分かっていた。貴族の世界はそういう世界だ。よってラダベル、お前とは政略結婚ということになるわけだが……俺はお前と結婚したことを、まったく後悔していない」
ジークルドはゆっくりと、瞳を開く。暗い部屋に爛々と輝くブルーダイヤモンドの光に、ラダベルは度肝を抜かれた。
ジークルドが嘘をついているようには見えない。しかし彼の口から語られた本音は、ラダベルが思っているような、考えているようなものではない。ラダベル自身と結婚してよかったという意味ではなく、ティオーレ公爵への恩を返せたから、後悔はないという意味だろう。
『俺の妻は、ラダベル、お前だけだ』
『愛人もいない。生涯作るつもりもない。分かったか?』
脳内に浮かび上がったのは、かつてのジークルドの言詞。
「うそつき」
紅涙を絞る。
嘘つきだ。
ジークルドは、嘘つきだ。
ラダベルの涙を見た彼は、石像さながらに固まってしまった。ラダベルは彼に背を向けて、部屋を出た。
今夜はジークルドと一緒にいたくない。お願いだから、追ってこないで。彼女の願いは天へと届き、ジークルドはもう、彼女を追ってはこなかったのであった。
「俺では、役不足だったか」
再度呟く彼に、ラダベルは呆れ果て、長い溜息をついた。
「なぜそこで、第二皇子殿下の名が出てくるのですか?」
「………………」
ラダベルの問いかけに、ジークルドは黙りを決め込む。黙っていても、分からないというのに。
彼は、追いかけてくるのはアデルのほうがよかったか、と言ったが、ありえない話だ。それを言ってしまうならば……。
「あなた様だって、私より、サレオン公爵夫人のほうが良かったでしょう」
しまった、と思った時には、遅かった。心中で唱えるはずだった言葉は、いつの間にか口に出てしまっていた。
「……何?」
喧嘩腰のラダベルの言葉に、ジークルドが低い声で反応する。微かに殺気の交じった声音に、ラダベルは若干怯む。しかし今さら、あとには引けない。強気の面持ちでジークルドを睨んだ。
「先程も、何やら訳ありな感じで話されていましたものね」
「それは、」
「仲の良い友人だからと、仰るおつもりですか?」
発言する暇を与えないラダベル。彼女の非難するような声に、ジークルドは歯噛みした。そんな彼に、追い打ちをかける。
「悪女と名高い私より、もっとふさわしいお方がいたでしょうに……。私と結婚せず、少し待てば……サレオン公爵夫人となんの縛りもなく結婚できましたね」
ジークルドは茫然自失とする。
ラダベルの口から次々と溢れてくるのは、まったく可愛げのない言の葉たち。こんなことは別に言いたくないのに。蛇口を緩めてしまったが最後、淡々と滴る水の如く、彼女の口は止まらない。
「そもそも、なぜ私と結婚したのですか? そろそろ良い年齢だから適当に結婚しなければならないと思ったから? それとも……お父様と何か取引をしたのですか、恩があったのですか?」
ラダベルが怒涛に責める。「取引」という単語を耳にした瞬間、ジークルドはピクッと片眉を動かした。
政略結婚とは分かっていた。だけど、彼に惚れている段階でその現実を突きつけられると、苦しいものがある。
ラダベルの父であるティオーレ公爵とジークルドの間には、取引があった。ジークルドがティオーレ公爵になんらかしらの恩があったのかもしれない。恩があるからこそ、ジークルドは最悪の悪女であるラダベルとの結婚を受け入れたのだ。
「やっぱり、ろくでもない人生じゃない」
ラダベルはひとり呟く。婚約者と結婚すれば殺され、その未来を何がなんでも回避するために婚約破棄すれば、ほかの男に嫁がされて。その男を好きになったら、今度は男に本命が現れ離婚。ラダベルの人生は、恋と愛と男に振り回されるだけの悲惨なものだ。
これに懲りたらもう二度と、恋愛なんてしないほうがいい。
誰も好きにならないほうがいい。
ひとりで生きるほうが、ずっといい――。
諦念を抱く彼女に対して、ジークルドは口火を切る。
「ラダベルの言う通り……結婚したのは……ティオーレ公爵に恩義があったからだ」
ラダベルは何も答えない。
「俺がルドルガーとして東部の領主の座に就く際、それを後押ししてくれたのがティオーレ公爵なんだ」
ティオーレ公爵家は、レイティーン帝国において数少ない公爵家のひとつである。ジークルドが東部の領主、そして極東の司令官という名誉ある座に就くためには、軍のトップらの支持、貴族界の中枢たちの後ろ楯が必要不可欠だ。ティオーレ公爵は、ジークルドを支持した。それによって、ジークルドは彼に恩義を抱いているというわけだ。それをティオーレ公爵も分かっていたからこそ、ジークルドに娘のラダベルとの結婚を押しつけた。
「ティオーレ公爵が俺を支持したのには、何かしらの思惑が隠れていることは、俺も分かっていた。貴族の世界はそういう世界だ。よってラダベル、お前とは政略結婚ということになるわけだが……俺はお前と結婚したことを、まったく後悔していない」
ジークルドはゆっくりと、瞳を開く。暗い部屋に爛々と輝くブルーダイヤモンドの光に、ラダベルは度肝を抜かれた。
ジークルドが嘘をついているようには見えない。しかし彼の口から語られた本音は、ラダベルが思っているような、考えているようなものではない。ラダベル自身と結婚してよかったという意味ではなく、ティオーレ公爵への恩を返せたから、後悔はないという意味だろう。
『俺の妻は、ラダベル、お前だけだ』
『愛人もいない。生涯作るつもりもない。分かったか?』
脳内に浮かび上がったのは、かつてのジークルドの言詞。
「うそつき」
紅涙を絞る。
嘘つきだ。
ジークルドは、嘘つきだ。
ラダベルの涙を見た彼は、石像さながらに固まってしまった。ラダベルは彼に背を向けて、部屋を出た。
今夜はジークルドと一緒にいたくない。お願いだから、追ってこないで。彼女の願いは天へと届き、ジークルドはもう、彼女を追ってはこなかったのであった。
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