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第120話 葛藤に揺れる
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心の整理がつかぬまま、ラダベルは南部の城をあとにしようとしていた。
今後の南部の統治に関してサレオン公爵家と話し合いを重ね、それが終わり次第すぐさま皇都に戻り皇帝へと報告するというアデルと別れ、傷心の実妹アナスタシアのケアをするというオースター侯爵とも別れた。ジークルドの姿は見当たらなかったため、恐らくアナスタシアと一緒にいるのだろう。そう結論づけたラダベルは、ひとり馬車に乗り込もうとしていた。さっさと、極東の城に帰りたかったのだ。
刹那、すぐ傍で話し声が聞こえてくる。ラダベルは足を止め、聞き耳を立てた。
「サレオン公爵夫人とルドルガー伯爵が一緒にいるところを見たけども……とってもお似合いだったわね」
「そうね……。私たちサレオン公爵家の一族もどうなるか不安だったけれど、ご当主様の従兄弟様が家を継ぐ予定だと聞いてひと安心だわ。サレオン公爵夫人も、肩身の狭い思いをされていたのでしょう。噂では、サレオン公爵夫人は元々、ルドルガー伯爵のことを愛していたらしいわ」
「あら、なぜご当主様と結婚をなさったのかしら」
「サレオン公爵夫人の生家オースター侯爵家は厳しいお家だったらしいわ。何より先代侯爵が……なかなかおふたりの仲を認めなくて揉めていたと聞いたわよ? お家の事情やら、ご当主様の思惑やら……様々な障害があったのではなくて?」
噂話を聞いたラダベルは、そっと下を向く。
ジークルドとアナスタシアは、はるか昔から想い合っていた。
邪魔者はアナスタシアではなくラダベルだ――。
ラダベルはそれを自覚して、涙を堪えると、馬車に乗り込んだ。馬車は、南部の駅に向けて出発する。
サレオン公爵城にやって来る際は、南部の駅から城まで、ジークルドが走らせる馬に共に乗ったのだが、帰りは違う。幸いにも、サレオン公爵家が手配した馬車を借りることができたのだ。
今はとにかく、ジークルドと共にいたくなかった。平常心で笑みを浮かべる自信がないからだ。今だって、きっと醜い顔をしている。心も清らかで見た目も麗しいジークルドの隣にいるには、自分は薄汚れている。考え方も行動も、全てが子供、幼稚だ。それはラダベル自身が最も理解している。実際今も、彼に何も言わずしてひとり馬車に乗り込んでしまったのだから。本当にどうしようもないほど、軽率で子供で馬鹿な自分に、ラダベルは呆れ果ててしまったのであった。
今度こそ、離婚を言い渡されるかもしれない。
今度こそ、勘違いでは終わらない。
『自由奔放で、己のことしか考えられない幼い思考のお前には、もう付き合っていられない』
心底呆れた顔で、ジークルドは言うのだろう。でも彼は、優しいから。そんな時でさえ、どこか申し訳なさそうな気持ちを瞳の奥に映すのだろう。
そんなジークルドを思い浮かべたラダベルは、短い笑いをこぼした。いっそのこと、怒鳴り散らかして、殴るくらいしてくれたなら、未練も何もなくさっぱり終わらせることができそうなのに。
絶対にありえないジークルドの姿を脳内で再生しながら、窓の外に目を向けた。
アナスタシアとジークルドの間には、切っても切れない縁があった。それを邪魔したのは、ほかでもないラダベルだ。ふたりは邪魔者であるラダベルを他所に、再び強い絆で結ばれるのだろう。
「ジークルド様とサレオン公爵夫人が愛し合っているのなら、私はいらないわね」
ぽつりと呟く。それを聞く者は、ここにはいない。
この先、どうしたらいいのか。カオスな状態の心のまま、ラダベルは決断を下さなければならない。離婚を言い渡されるのは、心が死んでしまいそうだ。それならば、自分から出ていってやったほうが得策ではないのか。悔しさからか、唇を噛みしめる。
アデルと結婚するのか。
実家であるティオーレ公爵家に帰るのか。
どちらもありえない。アデルと結婚すれば、死ぬ運命からは逃れられないだろうし、ティオーレ公爵家には帰りたいとも思わない。
「ひとりでなんとか、暮らしていくしかないみたい……。でも、案外それも、楽しいのかもしれないわ」
ラダベルは無理に自身に言い聞かせる。彼女の目は、虚ろ。黄金の輝きは、失われていた。
今後の南部の統治に関してサレオン公爵家と話し合いを重ね、それが終わり次第すぐさま皇都に戻り皇帝へと報告するというアデルと別れ、傷心の実妹アナスタシアのケアをするというオースター侯爵とも別れた。ジークルドの姿は見当たらなかったため、恐らくアナスタシアと一緒にいるのだろう。そう結論づけたラダベルは、ひとり馬車に乗り込もうとしていた。さっさと、極東の城に帰りたかったのだ。
刹那、すぐ傍で話し声が聞こえてくる。ラダベルは足を止め、聞き耳を立てた。
「サレオン公爵夫人とルドルガー伯爵が一緒にいるところを見たけども……とってもお似合いだったわね」
「そうね……。私たちサレオン公爵家の一族もどうなるか不安だったけれど、ご当主様の従兄弟様が家を継ぐ予定だと聞いてひと安心だわ。サレオン公爵夫人も、肩身の狭い思いをされていたのでしょう。噂では、サレオン公爵夫人は元々、ルドルガー伯爵のことを愛していたらしいわ」
「あら、なぜご当主様と結婚をなさったのかしら」
「サレオン公爵夫人の生家オースター侯爵家は厳しいお家だったらしいわ。何より先代侯爵が……なかなかおふたりの仲を認めなくて揉めていたと聞いたわよ? お家の事情やら、ご当主様の思惑やら……様々な障害があったのではなくて?」
噂話を聞いたラダベルは、そっと下を向く。
ジークルドとアナスタシアは、はるか昔から想い合っていた。
邪魔者はアナスタシアではなくラダベルだ――。
ラダベルはそれを自覚して、涙を堪えると、馬車に乗り込んだ。馬車は、南部の駅に向けて出発する。
サレオン公爵城にやって来る際は、南部の駅から城まで、ジークルドが走らせる馬に共に乗ったのだが、帰りは違う。幸いにも、サレオン公爵家が手配した馬車を借りることができたのだ。
今はとにかく、ジークルドと共にいたくなかった。平常心で笑みを浮かべる自信がないからだ。今だって、きっと醜い顔をしている。心も清らかで見た目も麗しいジークルドの隣にいるには、自分は薄汚れている。考え方も行動も、全てが子供、幼稚だ。それはラダベル自身が最も理解している。実際今も、彼に何も言わずしてひとり馬車に乗り込んでしまったのだから。本当にどうしようもないほど、軽率で子供で馬鹿な自分に、ラダベルは呆れ果ててしまったのであった。
今度こそ、離婚を言い渡されるかもしれない。
今度こそ、勘違いでは終わらない。
『自由奔放で、己のことしか考えられない幼い思考のお前には、もう付き合っていられない』
心底呆れた顔で、ジークルドは言うのだろう。でも彼は、優しいから。そんな時でさえ、どこか申し訳なさそうな気持ちを瞳の奥に映すのだろう。
そんなジークルドを思い浮かべたラダベルは、短い笑いをこぼした。いっそのこと、怒鳴り散らかして、殴るくらいしてくれたなら、未練も何もなくさっぱり終わらせることができそうなのに。
絶対にありえないジークルドの姿を脳内で再生しながら、窓の外に目を向けた。
アナスタシアとジークルドの間には、切っても切れない縁があった。それを邪魔したのは、ほかでもないラダベルだ。ふたりは邪魔者であるラダベルを他所に、再び強い絆で結ばれるのだろう。
「ジークルド様とサレオン公爵夫人が愛し合っているのなら、私はいらないわね」
ぽつりと呟く。それを聞く者は、ここにはいない。
この先、どうしたらいいのか。カオスな状態の心のまま、ラダベルは決断を下さなければならない。離婚を言い渡されるのは、心が死んでしまいそうだ。それならば、自分から出ていってやったほうが得策ではないのか。悔しさからか、唇を噛みしめる。
アデルと結婚するのか。
実家であるティオーレ公爵家に帰るのか。
どちらもありえない。アデルと結婚すれば、死ぬ運命からは逃れられないだろうし、ティオーレ公爵家には帰りたいとも思わない。
「ひとりでなんとか、暮らしていくしかないみたい……。でも、案外それも、楽しいのかもしれないわ」
ラダベルは無理に自身に言い聞かせる。彼女の目は、虚ろ。黄金の輝きは、失われていた。
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