【完結】死にたくないので婚約破棄したのですが、直後に辺境の軍人に嫁がされてしまいました 〜剣王と転生令嬢〜

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第115話 夜が明けるのを祈って

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 豪華列車の中、ラダベルとジークルド、アデル、オースター侯爵は、四人で食卓を囲んでいた。完璧な作法で食事を取る四人。列車内の食事は、想像していたよりもだいぶ豪勢だった。ラダベルが極東に嫁ぎに行った時に乗車した列車も豪華だったが、今乗っている列車は桁違いだ。屋敷となんら変わりのない造りや、列車だと思わせない車内の静けさ。レイティーン帝国の鉄道文明の発展の賜だろう。ラダベルは美味な食事を楽しむ。美味しいと、眠たいという気持ちで錯乱する頭をなんとか働かせた。

「今言った工程で、最新の武器が開発されている。完成には少なくともあと一年は要するがな」

 眠気と戦いながら食事をするラダベルの傍ら、アデルら軍人たちは、戦争の要となる武器の開発について意見を交換していた。

「私が生きているうちに完成させてください」
「馬鹿言え。お前は死なんだろう」
「そんなことは分からないでしょう。実際、サレオン大将もそうでしたし」

 オースター侯爵の言葉に、先程まで盛り上がっていた場は一瞬にして静まり返った。アデルは俯き、唇を噛みしめる。

「僕がわざわざ援軍を送っておいて……そのザマか、サレオン……」

 既にこの世界にはいない故人に対して、アデルは悔しげに呟いた。
 彼は、腹心をひとり失ってしまったということになる。彼からすれば、物凄く辛いだろう。神は残酷にも、絶対なる南の覇者を連れ去ってしまったが、これもまた、軍人として生きるが故の運命なのである。どう足掻いても取り戻せない、だ。容易に受け入れることはできないだろうが、仕方がないのも事実なのだ。

「あいつは……大丈夫だろうか」

 アデルの独り言に、ラダベルは顔を上げた。彼の言う「あいつ」とは、一体誰のことだろうか。亡くなったサレオン公爵のことか? と首を傾げた時、オースター侯爵が口を開いた。

のことを言っているのでしたら、心配は不要と」

 オースター侯爵が発した「妹」という言葉に、ラダベルは訝しむ。
 なぜサレオン公爵の話に、オースター侯爵の妹が出てくるのだろうか。ひとり置いてきぼりにされるラダベルは、アデルとオースター侯爵を交互に見た。

「ルドルガー伯爵夫人は、ご存じないか? 私の妹はサレオン公爵の妻だ」
「そ、そう、だったのですね」

 ラダベルは、吃りながら返事する。
 サレオン公爵の歳若い妻とは、オースター侯爵の妹君のことだったのだ。記憶にも、あまり残っていない。言われたら、そんな話もあったような……と思い出す程度だ。以前のラダベルも、サレオン公爵夫妻にそこまで興味はなかったのだろう。
 
「だがしかし、妹とサレオン公爵は恋愛結婚ではないからな」

 オースター侯爵はサラッとそう言ったのち、ワインを口に含んだ。ラダベルの隣に座っていたジークルドが僅かに動揺を示す。すぐに何事もなかったかのように食事を再開したが、ラダベルは彼の動揺を決して見逃さなかった。

「サレオン公爵の死に対しては、そこまで妹も病んではいないだろうが……。まぁ会ってみないと分からないな」

 オースター侯爵は軽く肩を竦める。ラダベルは横目でジークルドに視線を送った。何やら様子がおかしい彼に、不信感を抱く。

「気遣ってやることに越したことはないだろう。お前の妹も、元は軍人だからな」

 アデルの言葉に、オースター侯爵は首肯した。目の前で繰り広げられる会話についていけず、ラダベルは呆然とし続ける。そんな彼女をよそに、ジークルドが突如として口を開く。

「この話はやめましょう」

 空気を一刀両断するジークルドの声音に、二度目の静寂が訪れる。アデルは彼を静かに睨みつけた。
 ラダベルの胸の中を渦巻く不安は、さらに激化していく。嫌な予感がしているのに、原因は分からず、その予感に名前もつけることはできなかった。
 まるで鉄のように重い空気感は、最後まで改善することはなく、食事を終えた四人はそのまま各々おのおのの寝室に戻ったのであった。


 ジークルドとラダベルの寝室にて。寝間着に着替えたふたりは、男女ふたりが余裕を持って横たわることができるベッドで眠っていた。眠っているのは、ジークルドだけであるが。彼はラダベルを背後から抱きしめて、規則正しい寝息を立てていた。ちょっとやそっとでは起きないくらい、深く眠っているようであった。それに比べ、ラダベルは相変わらず眠れなかった。ジークルドの手を口元に引き寄せて、ちゅっとキスをする。
 ラダベルには、彼しかいない。彼しか、いないのだ。いつかは壊れるかもしれないこの関係に、恐怖を抱き、夜が明けるのをただひたすらに祈った。
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