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第113話 雨、すれ違う心
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目覚める。瞼を押し上げると、薄暗い闇が見える。どこからか、雨の音が聞こえてくる。きっと外では、雨が降っているのだろう。
ジークルドはもう既にいないはず。彼は多忙な人だから。ラダベルがそう思い、右側に顔を向けると、なんとジークルドがいた。信じられないくらい目鼻立ちが整った顔が眼前に広がる。髪の毛は解いており、絹のような白銀色の髪が流れている。髪に指を差し込み、さらりと撫でる。指の隙間をすり抜けていくその感覚が気持ちいい。
「ジークルド様……」
ラダベルが寝起きの声を絞り出し、ジークルドを呼ぶが、まったく起きる気配はない。死んだように、という表現が最も適切なのではないかと思うほどに、完全に眠ってしまっていた。戦場は、随分と過酷だったのだろうか。
ラダベルはジークルドに対して「お疲れ様」という意味合いを込めて、彼の顔にキスを落としたのであった。その動作により、腰がずきんと痛む。咄嗟に腰を押さえる。少し、ほんの少し、身動ぎしただけなのに。
昨晩の情事は、これまでに体験したことがないくらいの激しさだった。半分記憶が飛んでいる気がするのだ。意識を飛ばしたあとも、頬や臀部を優しく叩かれて起こされ、体を揺さぶられ続けた。行き過ぎた快楽は、まさしく体に毒であった。あまりの疲労からか、体は尋常ではないほどに辛い。
一体、ジークルドに何があったのだろうか。昨日、彼が無事に帰還を遂げてから何やら様子がおかしいとは感じていたが、その原因に見当がつかない。南部の司令官サレオン公爵が亡くなったという話が影響しているのももちろんあるだろう。だが彼は、その前から少し変だった気がするのだ。ラダベルがいくら考えたところで、当事者であるジークルドではないのだから、分からぬことだ。ラダベルは深く溜息を吐いて、ジークルドの胸元に顔を埋める。
「ん……ぅ……」
ジークルドの口から甘い吐息が漏れる。ラダベルは彼を見上げた。色味の綺麗な唇が僅かに開いている。昨晩、ラダベルはこの唇に、酷く虐められたものだ。ろくな言葉こそ発さなかったものの、唇での愛撫は表現しがたい快感があった。もしかしたら、ジークルドに舐められていない部分は、ないかもしれない。
恥辱を受けた一晩の思い出を振り返っていると、ジークルドの長い睫毛が小刻みに震えているのが目に入った。美しいパープルダイヤモンド色の瞳が姿を現す。
「ラダ……ベル……」
ジークルドの掠れた寝起きの声に、ラダベルの体が歓喜に満ちる。ラダベルは、彼の頬を両手で包み込んだ。
「おはようございます、ジークルド様」
「…………っ!」
ジークルドは我に返り、身を引こうとする。しかしラダベルはそれを逃がさないとでも言いたげに、彼の首にすかさず腕を回した。逃げ場を失ったジークルドは、しばらく狼狽えていたものの、結局どうすることもできずそのままの体勢で落ち着いた。そしておずおずとラダベルの体を抱きしめた。
「すまない、ラダベル……。お前を酷く、抱いてしまった」
ジークルドは謝す。確かに昨晩の彼は、あまり多くを語らなかったし、雰囲気もいつもと違った。ところが彼がラダベルに触れる手は、これまで以上に甚だ優しかった。確かに行き過ぎた快楽を与えられはしたし、また同じ体験がしたいかと問われれば熟考の末、「体調が万全で気分も盛り上がっている時なら……」と明確ではない返答を出さざるを得ない。だがジークルドは、根っからの優しい男のだ。いくら怒っていても、それを殺し切ることはできないだろう。
「私は大丈夫ですよ。ジークルド様は、大丈夫ですか?」
「………………」
「辛くは、ありませんか?」
ラダベルが聞く。ジークルドは抱きしめる腕に力を入れて、彼女の頭に顔を埋めたのであった。
「ラダベル。……俺だけ、だと、そう言ってくれ」
「え?」
「俺しかいないと、お前の口で言ってほしい」
滅多に見ることのできない弱々しいジークルドに、ラダベルは戸惑う。どうしてしまったのか。
ジークルドには、ラダベルだけではない。というよりも、ラダベルのことは眼中にないはずだ。彼の頭の中を占めるのは、彼女ではなく、ほかの女性なのだから。それを改めて自覚してしまい、ラダベルは唇を噛みしめた。そして無理に笑顔を浮かべて、ジークルドと目を合わせた。
「私には、ジークルド様だけですよ。心配しなくても、あなただけです」
ラダベルの言葉に、ジークルドは何も言わなかったのであった。
ジークルドはもう既にいないはず。彼は多忙な人だから。ラダベルがそう思い、右側に顔を向けると、なんとジークルドがいた。信じられないくらい目鼻立ちが整った顔が眼前に広がる。髪の毛は解いており、絹のような白銀色の髪が流れている。髪に指を差し込み、さらりと撫でる。指の隙間をすり抜けていくその感覚が気持ちいい。
「ジークルド様……」
ラダベルが寝起きの声を絞り出し、ジークルドを呼ぶが、まったく起きる気配はない。死んだように、という表現が最も適切なのではないかと思うほどに、完全に眠ってしまっていた。戦場は、随分と過酷だったのだろうか。
ラダベルはジークルドに対して「お疲れ様」という意味合いを込めて、彼の顔にキスを落としたのであった。その動作により、腰がずきんと痛む。咄嗟に腰を押さえる。少し、ほんの少し、身動ぎしただけなのに。
昨晩の情事は、これまでに体験したことがないくらいの激しさだった。半分記憶が飛んでいる気がするのだ。意識を飛ばしたあとも、頬や臀部を優しく叩かれて起こされ、体を揺さぶられ続けた。行き過ぎた快楽は、まさしく体に毒であった。あまりの疲労からか、体は尋常ではないほどに辛い。
一体、ジークルドに何があったのだろうか。昨日、彼が無事に帰還を遂げてから何やら様子がおかしいとは感じていたが、その原因に見当がつかない。南部の司令官サレオン公爵が亡くなったという話が影響しているのももちろんあるだろう。だが彼は、その前から少し変だった気がするのだ。ラダベルがいくら考えたところで、当事者であるジークルドではないのだから、分からぬことだ。ラダベルは深く溜息を吐いて、ジークルドの胸元に顔を埋める。
「ん……ぅ……」
ジークルドの口から甘い吐息が漏れる。ラダベルは彼を見上げた。色味の綺麗な唇が僅かに開いている。昨晩、ラダベルはこの唇に、酷く虐められたものだ。ろくな言葉こそ発さなかったものの、唇での愛撫は表現しがたい快感があった。もしかしたら、ジークルドに舐められていない部分は、ないかもしれない。
恥辱を受けた一晩の思い出を振り返っていると、ジークルドの長い睫毛が小刻みに震えているのが目に入った。美しいパープルダイヤモンド色の瞳が姿を現す。
「ラダ……ベル……」
ジークルドの掠れた寝起きの声に、ラダベルの体が歓喜に満ちる。ラダベルは、彼の頬を両手で包み込んだ。
「おはようございます、ジークルド様」
「…………っ!」
ジークルドは我に返り、身を引こうとする。しかしラダベルはそれを逃がさないとでも言いたげに、彼の首にすかさず腕を回した。逃げ場を失ったジークルドは、しばらく狼狽えていたものの、結局どうすることもできずそのままの体勢で落ち着いた。そしておずおずとラダベルの体を抱きしめた。
「すまない、ラダベル……。お前を酷く、抱いてしまった」
ジークルドは謝す。確かに昨晩の彼は、あまり多くを語らなかったし、雰囲気もいつもと違った。ところが彼がラダベルに触れる手は、これまで以上に甚だ優しかった。確かに行き過ぎた快楽を与えられはしたし、また同じ体験がしたいかと問われれば熟考の末、「体調が万全で気分も盛り上がっている時なら……」と明確ではない返答を出さざるを得ない。だがジークルドは、根っからの優しい男のだ。いくら怒っていても、それを殺し切ることはできないだろう。
「私は大丈夫ですよ。ジークルド様は、大丈夫ですか?」
「………………」
「辛くは、ありませんか?」
ラダベルが聞く。ジークルドは抱きしめる腕に力を入れて、彼女の頭に顔を埋めたのであった。
「ラダベル。……俺だけ、だと、そう言ってくれ」
「え?」
「俺しかいないと、お前の口で言ってほしい」
滅多に見ることのできない弱々しいジークルドに、ラダベルは戸惑う。どうしてしまったのか。
ジークルドには、ラダベルだけではない。というよりも、ラダベルのことは眼中にないはずだ。彼の頭の中を占めるのは、彼女ではなく、ほかの女性なのだから。それを改めて自覚してしまい、ラダベルは唇を噛みしめた。そして無理に笑顔を浮かべて、ジークルドと目を合わせた。
「私には、ジークルド様だけですよ。心配しなくても、あなただけです」
ラダベルの言葉に、ジークルドは何も言わなかったのであった。
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