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第112話 壊れる
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ウィルの報告に場は、凍りつく。ラダベルも、ジークルドも、アデルも、オースター侯爵も仰天したまま、絶句してしまった。
「戦争には勝利しましたが、代わりに……サレオン公爵が……戦死を……」
語尾にかけて声が小さくなる。ウィルは震える声で告げた。
南部で戦争が起こった。その戦争にて勝利を収めることができたが、代償として極南部の司令官サレオン公爵が戦死したのだ。勝利の代償があまりにも膨大だった。
「そんな、バカな……。貴様、何を言っている」
アデルはウィルに今にも掴みかかりそうな勢いで問いかける。
「俺にも何がなんだか……」
ウィルは額を押さえて、下を向く。動揺のあまり、アデルへの敬意を払う余裕もないらしい。彼だけではない。この場の全員誰もが、状況を理解することができていなかった。
バーレント・ベン・ラ・サレオン。サレオン公爵家当主。レイティーン帝国軍極南部司令官。階級はジークルドとオースター侯爵と同じ大将。年齢は、37歳だ。ラダベルの記憶によれば、ブロンズグレイの髪にコスモス色の瞳を持ったなかなかの美丈夫であった気がする。
「あの男が死んだか」
オースター侯爵は、溜息混じりに呟いた。堂々と足を組み直し、頬杖をつく。取り乱さない彼女を目の当たりにして、ラダベルはほんの少しだけ冷静さを取り戻した。
「ウィル、それは本当なんだな?」
「はい。極南部の軍からの緊急の伝令です。嘘偽りは、ない、かと……」
「そうか……」
先程まで驚いて、ものも言えなかったジークルドも、我に返る。
誰も涙を流してはいないが、雰囲気はラダベルが今まで感じたことがないくらいに重苦しかったのであった。
戦争の報告が終わったその夜。ラダベルはジークルドの寝室にいた。ジークルドは今、入浴中である。彼が入浴を終えるのをベッドで大人しく待つ。
サレオン公爵が、死んだ。その事実に、ラダベルは未だ戦慄している。サレオン公爵には、まだ歳の若い妻がいた。ふたりの間に子はいなかったはずだ。サレオン公爵家の血を引く身内の軍人が司令官の座に座り、極南部を統治するのか。それとも、爵位、実力、軍の階級共に素晴らしい軍人を新たな司令官とし、統治者とするのか。アデルをはじめとした軍のトップたち、皇帝、貴族界の中枢たちはこれから協議しなければならない問題が山積みだろう。
もし、ラダベルもサレオン公爵の妻のように、未亡人になってしまったら、どうしようか。ジークルドの実力を疑っているわけではない。だが、彼は死と隣り合わせの戦場で剣を振るう軍人だ。万が一がないとは言いきれない。もし、彼を失ってしまったら、ラダベルはきっと正気ではいられない。軍人の妻として覚悟していたとしても、彼の死を一生引きずるだろう。胸が張り裂けそうな思いで代わり映えのない毎日を繰り返し、彼のいない絶望的な日々を過ごす。そんな日常に、耐えられるわけがない。それならば、ジークルドの傍にいられずとも、どこかで彼が生きていてくれていたほうが、心も救われる。死だけは、簡単に享受できない。
ラダベルがありえるかもしれない未来に恐れたその時、ジークルドが浴室から出てくる。腰に無造作にバスタオルを巻いただけの彼は、足元に水滴を落としながら、ベッドに座るラダベルに近づいてくる。
「ジークルド様?」
ジークルドを見上げる。ベッド脇でほんのりと光る灯火に照らされるのは、鍛え上げられた肉体美。我が物顔で流れ落ちていく雫たち。魅惑的な光景だが、彼が纏うオーラに圧倒され、ラダベルはごくりと息を呑んだ。
(なんか、怖い)
神秘的で色っぽいのに、言語化できない謎の恐怖感に見舞われる。いつもの優しいジークルドではない気がした。手足が小刻みに震えている。せっかくお湯で温めた足先から、じっとりと冷たくなっていく。とうとう恐怖に耐えきれなくなったラダベルは、逃げ出そうと立ち上がる。ジークルドの傍を通り過ぎようとした瞬刻、腕を引かれて、無理やりベッドに押し倒された。眼前に広がるジークルドの美顔。惚けている間に、唇を奪われる。触れ合う温もり。蕩けてしまいそうなほどに熱いのに、怖い。ラダベルは彼からの乱暴なキスに抗えず、されるがままとなった。
ジークルドのたくましい手がラダベルの柔い体をまさぐり始める。痛いのに、気持ちがいい。気持ちいいのに、痛い。矛盾する感情がラダベルの胸中を渦巻く。彼をここで拒んでしまったら、何かが崩れ去ってしまうような錯覚に陥った。
情事中、ジークルドは何ひとつして話さなかった。どこかで、何かが、壊れていく音がする。
「戦争には勝利しましたが、代わりに……サレオン公爵が……戦死を……」
語尾にかけて声が小さくなる。ウィルは震える声で告げた。
南部で戦争が起こった。その戦争にて勝利を収めることができたが、代償として極南部の司令官サレオン公爵が戦死したのだ。勝利の代償があまりにも膨大だった。
「そんな、バカな……。貴様、何を言っている」
アデルはウィルに今にも掴みかかりそうな勢いで問いかける。
「俺にも何がなんだか……」
ウィルは額を押さえて、下を向く。動揺のあまり、アデルへの敬意を払う余裕もないらしい。彼だけではない。この場の全員誰もが、状況を理解することができていなかった。
バーレント・ベン・ラ・サレオン。サレオン公爵家当主。レイティーン帝国軍極南部司令官。階級はジークルドとオースター侯爵と同じ大将。年齢は、37歳だ。ラダベルの記憶によれば、ブロンズグレイの髪にコスモス色の瞳を持ったなかなかの美丈夫であった気がする。
「あの男が死んだか」
オースター侯爵は、溜息混じりに呟いた。堂々と足を組み直し、頬杖をつく。取り乱さない彼女を目の当たりにして、ラダベルはほんの少しだけ冷静さを取り戻した。
「ウィル、それは本当なんだな?」
「はい。極南部の軍からの緊急の伝令です。嘘偽りは、ない、かと……」
「そうか……」
先程まで驚いて、ものも言えなかったジークルドも、我に返る。
誰も涙を流してはいないが、雰囲気はラダベルが今まで感じたことがないくらいに重苦しかったのであった。
戦争の報告が終わったその夜。ラダベルはジークルドの寝室にいた。ジークルドは今、入浴中である。彼が入浴を終えるのをベッドで大人しく待つ。
サレオン公爵が、死んだ。その事実に、ラダベルは未だ戦慄している。サレオン公爵には、まだ歳の若い妻がいた。ふたりの間に子はいなかったはずだ。サレオン公爵家の血を引く身内の軍人が司令官の座に座り、極南部を統治するのか。それとも、爵位、実力、軍の階級共に素晴らしい軍人を新たな司令官とし、統治者とするのか。アデルをはじめとした軍のトップたち、皇帝、貴族界の中枢たちはこれから協議しなければならない問題が山積みだろう。
もし、ラダベルもサレオン公爵の妻のように、未亡人になってしまったら、どうしようか。ジークルドの実力を疑っているわけではない。だが、彼は死と隣り合わせの戦場で剣を振るう軍人だ。万が一がないとは言いきれない。もし、彼を失ってしまったら、ラダベルはきっと正気ではいられない。軍人の妻として覚悟していたとしても、彼の死を一生引きずるだろう。胸が張り裂けそうな思いで代わり映えのない毎日を繰り返し、彼のいない絶望的な日々を過ごす。そんな日常に、耐えられるわけがない。それならば、ジークルドの傍にいられずとも、どこかで彼が生きていてくれていたほうが、心も救われる。死だけは、簡単に享受できない。
ラダベルがありえるかもしれない未来に恐れたその時、ジークルドが浴室から出てくる。腰に無造作にバスタオルを巻いただけの彼は、足元に水滴を落としながら、ベッドに座るラダベルに近づいてくる。
「ジークルド様?」
ジークルドを見上げる。ベッド脇でほんのりと光る灯火に照らされるのは、鍛え上げられた肉体美。我が物顔で流れ落ちていく雫たち。魅惑的な光景だが、彼が纏うオーラに圧倒され、ラダベルはごくりと息を呑んだ。
(なんか、怖い)
神秘的で色っぽいのに、言語化できない謎の恐怖感に見舞われる。いつもの優しいジークルドではない気がした。手足が小刻みに震えている。せっかくお湯で温めた足先から、じっとりと冷たくなっていく。とうとう恐怖に耐えきれなくなったラダベルは、逃げ出そうと立ち上がる。ジークルドの傍を通り過ぎようとした瞬刻、腕を引かれて、無理やりベッドに押し倒された。眼前に広がるジークルドの美顔。惚けている間に、唇を奪われる。触れ合う温もり。蕩けてしまいそうなほどに熱いのに、怖い。ラダベルは彼からの乱暴なキスに抗えず、されるがままとなった。
ジークルドのたくましい手がラダベルの柔い体をまさぐり始める。痛いのに、気持ちがいい。気持ちいいのに、痛い。矛盾する感情がラダベルの胸中を渦巻く。彼をここで拒んでしまったら、何かが崩れ去ってしまうような錯覚に陥った。
情事中、ジークルドは何ひとつして話さなかった。どこかで、何かが、壊れていく音がする。
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