【完結】死にたくないので婚約破棄したのですが、直後に辺境の軍人に嫁がされてしまいました 〜剣王と転生令嬢〜

I.Y

文字の大きさ
上 下
111 / 158

第111話 不可解な様子

しおりを挟む
 分かりやすく動揺してしまったラダベルは、もはや悟りを開いたかのような顔をしていた。そしてジークルドの顔を怖々と見上げる。大丈夫、バレていないはず。アデルと至近距離で見つめ合っていたことは、ジークルドには見えていないはずなのだから。自身に言い聞かせながら、腹を括ってジークルドの顔を見る。刹那、ラダベルは瞠目した。
 ジークルドは、険相けんそうな顔をしていた。遠い距離だったというのに、ジークルドには見えていたのか。ラダベルとアデルが至近距離で会話していた姿が。随分と、目がいいらしい。
 ラダベルはどんな顔をしていいのか、どんな言葉をかけたらいいのか分からず、黙然として俯いてしまった。無事で何よりだと、そう言わなければならないのに、ジークルドが帰ってくるこの瞬間をほかの誰よりも待ちわびていたのに、なぜ、言葉が出ないのか。口内はまるで砂漠さばくの如く乾いてしまっている。
 黙り込むラダベルを気遣ったアデルが口を開く。

「英雄の帰還だな、ルドルガー、オースター」

 ラダベルは口を閉じたまま、アデルに心から感謝した。たまには気が利くじゃないか、と。

「ただいま戻りました。元帥、俺がいない間、東部を守ってくださったこと、心よりお礼申し上げます」
「ふん、別にお前のためじゃない。ラダベルのためだ」

 前言撤回ぜんげんてっかい。やはり気の利かない男だ。アデルに対して余計なことを言うな、という意味合いを込めて睨む。彼はラダベルからの視線に、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。好戦的な彼に、ラダベルの堪忍袋の緒が今にも切れそうになる。喧嘩を打っているらしい彼に、ガンを飛ばうとするも、ジークルドとオースター侯爵がいることに気がつく。軽く咳払いして誤魔化し、アデルから目を逸らしたのであった。そんなラダベルを、ジークルドがどんな目で見つめているのかも知らずして――。

「兵たちも疲れているだろう。さっさと休ませよう」

 重苦しい空気を打ち破ったのは、オースター侯爵であった。ジークルドは頷き背後の軍人たちに即座に指示を出すと、それぞれの軍隊は順に軍施設に入っていく。その中にいたひとりの軍人、エリアスと目が合った。エリアスはあからさまに眉間に皺を寄せた。ところどころ怪我をしているが、見る限り大きな怪我をしているわけではなさそうだ。それを確認したラダベルは、莞爾として笑う。エリアスもいたずらっ子のように笑った。幼い少年を彷彿とさせる笑顔に、ラダベルは夢中になった。傍ら、ジークルドはふたりの微笑ましい光景を密かに見ていたのであった。


 ラダベル、ジークルド、アデル、オースター侯爵の四人は、客間に集結していた。夕方前の時間帯。太陽が空一面を赤く染め始めた頃、外では心地の良い風がなびく。

「以上が、報告です」

 ジークルドが、ヴォレン王国軍とアレシオン教国軍との戦争の内容を事細かに説明し終えた。

「まだまだ訓練の足りん輩はいるが……かなりの兵力差がありながらも二ヶ月で終戦させたとは、上出来だな」

 アデルは紅茶を飲みながら呟く。
 ジークルドとオースター侯爵の活躍ぶりは、凄まじかった。此度の戦争により、ヴォレン王国は解体され、レイティーン帝国直下の領土となる。同時に、老若男女関係なく戦争に駆り出されたアレシオン教国も、信仰者のいちじるしい減少により滅亡してしまった。
 戦勝国であるレイティーン帝国軍は、ヴォレン王族、その側近、アレシオン教国の教祖と幹部らを極刑することを定めたらしい。

「同時期に発生した南部の戦争も、サレオンの活躍によりそろそろ終結することだろう」

 アデルは腕を組み、そう言った。ジークルドはろくに返事をしないまま、心ここに在らずという状態であった。なんだか、先程から様子がおかしい。客間にやって来る直前、ふたりの侍女により何かしらの報告を受けていた。話し声はまったく聞こえなかったが、既におかしかった彼の様子が、その時からさらに悪化したのだ。何事もないフリをしているが、ラダベルの目は欺けない。一体、侍女たちから何を聞いたのだろうか。彼女が思考を巡らせたと同時に、部屋の扉が激しくノックされる。

「……入れ」

 何も言わないジークルドの代わりに、アデルが許可を出した。

「失礼します!」

 入室した人物は、ジークルドの側近であるウィルであった。顔色が酷く悪い。ジークルドもウィルも、大丈夫だろうか。
 ウィルが青くなった唇をゆっくりと開く。

「南部司令官サレオン公爵が……」

 ウィルのライトブルーの瞳が激しく左右に揺れる。


「戦死されました」


 空間に衝撃が走る。
 歯車が、ひとつ、またひとつ、狂っていく。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜

青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ 孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。 そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。 これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。 小説家になろう様からの転載です!

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

愚かな者たちは国を滅ぼす【完結】

春の小径
ファンタジー
婚約破棄から始まる国の崩壊 『知らなかったから許される』なんて思わないでください。 それ自体、罪ですよ。 ⭐︎他社でも公開します

ぽっちゃり令嬢の異世界カフェ巡り~太っているからと婚約破棄されましたが番のモフモフ獣人がいるので貴方のことはどうでもいいです~

翡翠蓮
ファンタジー
幼い頃から王太子殿下の婚約者であることが決められ、厳しい教育を施されていたアイリス。王太子のアルヴィーンに初めて会ったとき、この世界が自分の読んでいた恋愛小説の中で、自分は主人公をいじめる悪役令嬢だということに気づく。自分が追放されないようにアルヴィーンと愛を育もうとするが、殿下のことを好きになれず、さらに自宅の料理長が作る料理が大量で、残さず食べろと両親に言われているうちにぶくぶくと太ってしまう。その上、両親はアルヴィーン以外の情報をアイリスに入れてほしくないがために、アイリスが学園以外の外を歩くことを禁止していた。そして十八歳の冬、小説と同じ時期に婚約破棄される。婚約破棄の理由は、アルヴィーンの『運命の番』である兎獣人、ミリアと出会ったから、そして……豚のように太っているから。「豚のような女と婚約するつもりはない」そう言われ学園を追い出され家も追い出されたが、アイリスは内心大喜びだった。これで……一人で外に出ることができて、異世界のカフェを巡ることができる!?しかも、泣きながらやっていた王太子妃教育もない!?カフェ巡りを繰り返しているうちに、『運命の番』である狼獣人の騎士団副団長に出会って……

処理中です...