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第104話 夢の中であなたは
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「ラダベル」
心地の良い声音で、名を呼ばれる。ラダベルはゆっくりと目を開けた。
一面、花に包まれた世界。そして目の前には、ジークルドが立っていた。ラダベルが心の底から愛してやまない彼の姿が――。
「ジークルド様」
ラダベルがジークルドを呼ぶと、彼は完爾として笑い、両手を広げた。謎の力に引き寄せられるがまま、彼の胸元に飛び込んだ。大きな体がラダベルの体を優しく包み込んでくれる。その感覚が気持ちいい。ラダベルはジークルドの背中に腕を回した。久々に彼に抱きしめてもらえたことに至上の喜びを感じて、涙腺が緩む。
「なぜ、泣いているんだ、ラダベル」
ジークルドに問いかけられる。彼の大きな手がラダベルの後頭部を撫でた。
「久々にジークルド様にお会いできて……嬉しいのです……」
「ふっ……そうか」
ラダベルがそっと胸の内を明かすと、ジークルドの笑った声が聞こえる。彼の顔をおもむろに見上げる。するとジークルドは、酷く寂しそうな顔をしていた。口角は上がっているものの、眉尻は下がっている。なぜ、そんな切なそうな顔をするのか。
ジークルドにとって、自分はただの妻。愛してもいない、好きでもない、なんの価値もない、ただの妻。彼はなぜ悪評しかない自分を妻に迎えたのだろうか。都合の良い関係性が欲しかったのだろうか。それにしても、随分と趣味が悪い。彼ならば、もっと自身にふさわしい女性がいただろうに。お飾りの妻として選ぶのならば、もっとそれらしい女性がいただろうに。なぜ、わざわざラダベルだったのか。ジークルドには、愛する人がいる、はず。その人と一生結ばれないと悟り、自暴自棄になってラダベルと結婚したのか。
ラダベルは、口火を切る。
「ジークルド様。あなたに想い人がいるといるというのは本当ですか?」
ラダベルが問うと、ジークルドは静かに瞠目した。
「どうして、それを」
ジークルドの呟きに、ラダベルは震撼する。
本当だった。ジークルドに忘れられない人がいるというのは、事実だった。アデルの言ったことは嘘などではなかった。心のどこかでは疑っていた自分もいたが、ジークルドの反応から見て、全てが真実なのだと気づかされる。ラダベルは自己喪失の一歩手前まで陥る。震えながら、ジークルドから距離を取った。
「では、私のことは、どう想っていますか?」
ラダベルは自身の胸元で拳を握りながら、ジークルドを見上げる。しかし、彼は答えない。心にふつふつと不安が募る。
「愛して、くれていますか?」
今度は、はっきりとした言葉を告げてみる。首を縦に振ってくれるだけでいい。そう、頷いてくれるだけでいいんだ。そんなラダベルの悲痛な願いとは反対に、ジークルドは一向に頷いてくれやしない。そして、何かを言おうと口を開きかけた時、
「ジークルド」
ラダベルではない、女性がジークルドの名を呼んだ。ジークルドは振り返る。彼の視線の先には、彼を親しげに呼んだ女性がいた。女性にしては背が高く感じる。顔はよく見えないのにも拘わらず、絶世の美女だと確信できる。
「シア」
ジークルドが女性の名を呼び、彼女に駆け寄る。ラダベルは、行かないでという意思を込めて手を伸ばす。だが、その手はジークルドの背を掠めるだけで、届きはしない。
(ジークルド様は、私を選んではくれない)
ラダベルはそっと手を下ろした。彼女の目には、ジークルドとシアと呼ばれた女性が抱き合っている場面が映っていた。段々と視界が霞んでいく。
目が覚める。ふわふわと揺れ動く視界。気持ちが悪い感覚だ。ラダベルは自分が涙していることに気がつく。その涙を拭いながら、上体を起こした。
開かれたカーテン。窓から入り込むのは、眩いほどの夕日の光だった。その夕日に惹かれてベッドから下りようとするが、右手を拘束されて動けないことに気がつく。右手を見ると、そこには自身の手を握ってくれている人物がいた。迷い込んだ風で、金髪がなびく。絹のような美しい金髪を持つ人間は、ラダベルの記憶上ひとりしか存在しない。アデルだ。彼は疲れているのか、深く眠ってしまっている。人妻の部屋に入るとは何事か、と頭を叩いてやりたくなったが、すんでのところで思い留まる。アデルの手は、とてつもなく心地がよかった。
心地の良い声音で、名を呼ばれる。ラダベルはゆっくりと目を開けた。
一面、花に包まれた世界。そして目の前には、ジークルドが立っていた。ラダベルが心の底から愛してやまない彼の姿が――。
「ジークルド様」
ラダベルがジークルドを呼ぶと、彼は完爾として笑い、両手を広げた。謎の力に引き寄せられるがまま、彼の胸元に飛び込んだ。大きな体がラダベルの体を優しく包み込んでくれる。その感覚が気持ちいい。ラダベルはジークルドの背中に腕を回した。久々に彼に抱きしめてもらえたことに至上の喜びを感じて、涙腺が緩む。
「なぜ、泣いているんだ、ラダベル」
ジークルドに問いかけられる。彼の大きな手がラダベルの後頭部を撫でた。
「久々にジークルド様にお会いできて……嬉しいのです……」
「ふっ……そうか」
ラダベルがそっと胸の内を明かすと、ジークルドの笑った声が聞こえる。彼の顔をおもむろに見上げる。するとジークルドは、酷く寂しそうな顔をしていた。口角は上がっているものの、眉尻は下がっている。なぜ、そんな切なそうな顔をするのか。
ジークルドにとって、自分はただの妻。愛してもいない、好きでもない、なんの価値もない、ただの妻。彼はなぜ悪評しかない自分を妻に迎えたのだろうか。都合の良い関係性が欲しかったのだろうか。それにしても、随分と趣味が悪い。彼ならば、もっと自身にふさわしい女性がいただろうに。お飾りの妻として選ぶのならば、もっとそれらしい女性がいただろうに。なぜ、わざわざラダベルだったのか。ジークルドには、愛する人がいる、はず。その人と一生結ばれないと悟り、自暴自棄になってラダベルと結婚したのか。
ラダベルは、口火を切る。
「ジークルド様。あなたに想い人がいるといるというのは本当ですか?」
ラダベルが問うと、ジークルドは静かに瞠目した。
「どうして、それを」
ジークルドの呟きに、ラダベルは震撼する。
本当だった。ジークルドに忘れられない人がいるというのは、事実だった。アデルの言ったことは嘘などではなかった。心のどこかでは疑っていた自分もいたが、ジークルドの反応から見て、全てが真実なのだと気づかされる。ラダベルは自己喪失の一歩手前まで陥る。震えながら、ジークルドから距離を取った。
「では、私のことは、どう想っていますか?」
ラダベルは自身の胸元で拳を握りながら、ジークルドを見上げる。しかし、彼は答えない。心にふつふつと不安が募る。
「愛して、くれていますか?」
今度は、はっきりとした言葉を告げてみる。首を縦に振ってくれるだけでいい。そう、頷いてくれるだけでいいんだ。そんなラダベルの悲痛な願いとは反対に、ジークルドは一向に頷いてくれやしない。そして、何かを言おうと口を開きかけた時、
「ジークルド」
ラダベルではない、女性がジークルドの名を呼んだ。ジークルドは振り返る。彼の視線の先には、彼を親しげに呼んだ女性がいた。女性にしては背が高く感じる。顔はよく見えないのにも拘わらず、絶世の美女だと確信できる。
「シア」
ジークルドが女性の名を呼び、彼女に駆け寄る。ラダベルは、行かないでという意思を込めて手を伸ばす。だが、その手はジークルドの背を掠めるだけで、届きはしない。
(ジークルド様は、私を選んではくれない)
ラダベルはそっと手を下ろした。彼女の目には、ジークルドとシアと呼ばれた女性が抱き合っている場面が映っていた。段々と視界が霞んでいく。
目が覚める。ふわふわと揺れ動く視界。気持ちが悪い感覚だ。ラダベルは自分が涙していることに気がつく。その涙を拭いながら、上体を起こした。
開かれたカーテン。窓から入り込むのは、眩いほどの夕日の光だった。その夕日に惹かれてベッドから下りようとするが、右手を拘束されて動けないことに気がつく。右手を見ると、そこには自身の手を握ってくれている人物がいた。迷い込んだ風で、金髪がなびく。絹のような美しい金髪を持つ人間は、ラダベルの記憶上ひとりしか存在しない。アデルだ。彼は疲れているのか、深く眠ってしまっている。人妻の部屋に入るとは何事か、と頭を叩いてやりたくなったが、すんでのところで思い留まる。アデルの手は、とてつもなく心地がよかった。
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