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第102話 体調悪化
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早朝、オースター侯爵がジークルドを援護するため、出陣した。彼女を見送ったラダベルとアデルは、共に城まで戻った。セドリックや侍女たちは未だ働いているが、「さ、さすがにこれ以上夫人を働かせてしまったら、大将に殺されます……!」と必死の形相で訴えてきたセドリックに根負けし、ラダベルは大人しく城で過ごすこととなった。
見事に深緑に染め上げられたマーメイドラインのドレスを身に纏うラダベルは、眉目秀麗だ。黒髪は後頭部で纏め上げている。しかし、どことなく顔色が悪い。実は、起床した時から随分と体調がよろしくないのだ。頭痛は酷く、吐き気がする。目眩も酷い。辛うじて、オースター侯爵を見送ることはできたが、我慢をしている状態だ。
「ルドルガーが出陣してから二週間ほどが経ったが……オースターが陣営に加われば、ほぼ間違いなく勝てるな」
「そう、ですね」
腕を組みながら、胸を張ってそう言ったアデルに、ラダベルはなんとか相槌を打った。
「フン、我々の勝利だな」
アデルがウォーターブルーの瞳を輝かせて高らかに主張した。ラダベルは、なかなか反応ができない。やがて視界がぐにゃりと歪み始める。あぁ、どうしよう。立っているのも、意識を保っているのも、一苦労だ。歩くことすらままならなくなった彼女は、その場に立ち止まってしまう。異変を察知したアデルも立ち止まり、彼女を見遣る。
「おい、お前……。顔色が、」
「………………」
アデルの憂いを含んだ顔が見えたが最後、視界が暗転する。我慢の限界を迎えたラダベルがその場に足から崩れ落ちたのだ。
「おいっ!!!」
アデルがすぐさま駆け寄ってくる音がし、体を支えてくれる感覚がした。彼の名を呼ぶこともできぬまま、ラダベルは意識を飛ばしたのであった。
「ラダベル! おい!」
アデルの声にまったく反応しないラダベル。アデルは、彼女の体を抱きしめながら、周囲を見渡す。しかし近辺には、人ひとりの姿も窺えない。
「クソッ!」
アデルは皇子として不相応な言葉を吐き捨てて、ラダベルを軽々と横抱きする。仕方がないと自身に言い聞かせながらも、彼女に直接触れることができた事実に、大きな優越感を感じていた。しかし今は、喜んでいる場合ではない。ラダベルを助けることが大優先だ。
「誰かいないのか!?」
アデルは叫びながら、伯爵夫人が住まう宮まで全速力で駆け抜ける。そこまで来てようやく、ひとりの侍女の姿が見えた。常にラダベルの隣にいる侍女、セリーヌだった。
「お前っ!」
「第二皇子殿下…………お、奥様っ!?」
セリーヌは真っ先にラダベルに駆け寄った。
「途中で倒れやがった。今すぐこいつの部屋に案内しろ」
「か、かしこまりました」
セリーヌは頷き、ラダベルを抱えたアデルを案内し始める。ラダベルを抱き上げたアデルは、彼女の寝室に入る。途端、ラダベルの匂いがいっぱいに広がる。アデルはその香りに今にも気がおかしくなりそうになるが、なんとかそれを堪え、ラダベルをベッドに寝かせた。
「マクレーン先生を呼んできます」
「……頼んだ」
セリーヌは、アデルに深々と礼をして、寝室を出ていった。アデルはベッドの脇に置いてあった椅子に腰掛ける。顔色が悪いラダベルの手を握る。体温は、かなり高い。彼女の眉間には皺が寄っている。かなり辛そうだ。
オースター侯爵を見送る時から、体調が悪いのをひた隠しにして我慢していたのだろう。なぜ彼女の隣にいたのに、それに気がつけなかったのか。アデルは、自責の念に苛まれる。彼女の傍にいながら、体調の変化に気がつけなかった自分があまりにも不甲斐ないのだ。こんな自分など、ラダベルの傍にいる資格はないのかもしれない。アデルは、ラダベルの手を握る力を強くする。
「ラダベル……ごめん」
アデルはそう一言呟くと、身を屈めてラダベルの手を自身の額に押し当てた。彼女に触れることさえも許されないのかもしれない。だけど、だけど、許してほしい。どうか、許してほしい。
「ラダベル……僕は、お前が……」
か細い声が漏れ出した。その先を紡ぐことは叶わなかった。ラダベルには、いつか伝えたい。伝えることは、できるのだろうか。彼女にはジークルドという夫がいる。ラダベルは、ジークルドを愛しているのだ。かつては自分に向けてくれていた尊い思いを、今ではジークルドに向けている。それがどれだけ腹立たしく、悲しいことか、きっとラダベルには分からないだろう――。
見事に深緑に染め上げられたマーメイドラインのドレスを身に纏うラダベルは、眉目秀麗だ。黒髪は後頭部で纏め上げている。しかし、どことなく顔色が悪い。実は、起床した時から随分と体調がよろしくないのだ。頭痛は酷く、吐き気がする。目眩も酷い。辛うじて、オースター侯爵を見送ることはできたが、我慢をしている状態だ。
「ルドルガーが出陣してから二週間ほどが経ったが……オースターが陣営に加われば、ほぼ間違いなく勝てるな」
「そう、ですね」
腕を組みながら、胸を張ってそう言ったアデルに、ラダベルはなんとか相槌を打った。
「フン、我々の勝利だな」
アデルがウォーターブルーの瞳を輝かせて高らかに主張した。ラダベルは、なかなか反応ができない。やがて視界がぐにゃりと歪み始める。あぁ、どうしよう。立っているのも、意識を保っているのも、一苦労だ。歩くことすらままならなくなった彼女は、その場に立ち止まってしまう。異変を察知したアデルも立ち止まり、彼女を見遣る。
「おい、お前……。顔色が、」
「………………」
アデルの憂いを含んだ顔が見えたが最後、視界が暗転する。我慢の限界を迎えたラダベルがその場に足から崩れ落ちたのだ。
「おいっ!!!」
アデルがすぐさま駆け寄ってくる音がし、体を支えてくれる感覚がした。彼の名を呼ぶこともできぬまま、ラダベルは意識を飛ばしたのであった。
「ラダベル! おい!」
アデルの声にまったく反応しないラダベル。アデルは、彼女の体を抱きしめながら、周囲を見渡す。しかし近辺には、人ひとりの姿も窺えない。
「クソッ!」
アデルは皇子として不相応な言葉を吐き捨てて、ラダベルを軽々と横抱きする。仕方がないと自身に言い聞かせながらも、彼女に直接触れることができた事実に、大きな優越感を感じていた。しかし今は、喜んでいる場合ではない。ラダベルを助けることが大優先だ。
「誰かいないのか!?」
アデルは叫びながら、伯爵夫人が住まう宮まで全速力で駆け抜ける。そこまで来てようやく、ひとりの侍女の姿が見えた。常にラダベルの隣にいる侍女、セリーヌだった。
「お前っ!」
「第二皇子殿下…………お、奥様っ!?」
セリーヌは真っ先にラダベルに駆け寄った。
「途中で倒れやがった。今すぐこいつの部屋に案内しろ」
「か、かしこまりました」
セリーヌは頷き、ラダベルを抱えたアデルを案内し始める。ラダベルを抱き上げたアデルは、彼女の寝室に入る。途端、ラダベルの匂いがいっぱいに広がる。アデルはその香りに今にも気がおかしくなりそうになるが、なんとかそれを堪え、ラダベルをベッドに寝かせた。
「マクレーン先生を呼んできます」
「……頼んだ」
セリーヌは、アデルに深々と礼をして、寝室を出ていった。アデルはベッドの脇に置いてあった椅子に腰掛ける。顔色が悪いラダベルの手を握る。体温は、かなり高い。彼女の眉間には皺が寄っている。かなり辛そうだ。
オースター侯爵を見送る時から、体調が悪いのをひた隠しにして我慢していたのだろう。なぜ彼女の隣にいたのに、それに気がつけなかったのか。アデルは、自責の念に苛まれる。彼女の傍にいながら、体調の変化に気がつけなかった自分があまりにも不甲斐ないのだ。こんな自分など、ラダベルの傍にいる資格はないのかもしれない。アデルは、ラダベルの手を握る力を強くする。
「ラダベル……ごめん」
アデルはそう一言呟くと、身を屈めてラダベルの手を自身の額に押し当てた。彼女に触れることさえも許されないのかもしれない。だけど、だけど、許してほしい。どうか、許してほしい。
「ラダベル……僕は、お前が……」
か細い声が漏れ出した。その先を紡ぐことは叶わなかった。ラダベルには、いつか伝えたい。伝えることは、できるのだろうか。彼女にはジークルドという夫がいる。ラダベルは、ジークルドを愛しているのだ。かつては自分に向けてくれていた尊い思いを、今ではジークルドに向けている。それがどれだけ腹立たしく、悲しいことか、きっとラダベルには分からないだろう――。
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