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第101話 歓迎会……?

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 オースター侯爵が戦争に向かってから、さらに数日が経った頃。アデル率いる少数の軍隊とオースター侯爵率いる北部軍が見事戦争に勝利し、帰還を果たした。
 軍人たちは、酷使した体を軍施設で休める中、ラダベルはアデルとオースター侯爵を客人用の宮に案内し、食卓の間にて歓迎していた。レイティーン帝国軍総司令官並びに第二皇子アデル、そして極北部の司令官エリザベート。軍のトップたちに囲まれ、ラダベルは酷く萎縮していた。

「非常に美味なワインだな」
「光栄です」

 オースター侯爵の褒め言葉に、ラダベルが引き攣った笑顔となりながら答える。息が詰まりそうな空気に、彼女はなんとか震えを堪えた。

「さすがはルドルガー大将の奥方だ。あの朴念仁ぼくねんじんの伴侶としてはもったいないほどだな」

 オースター侯爵が人の悪い笑みを浮かべ、ラダベルを注視する。美人が凄むとこうも恐ろしいのか、とラダベルは内心たじろぐ。

「逆ですよ、オースター侯爵。私のような者こそ、ジークルド様にふさわしくありません」

 ラダベルが謙虚けんきょに告げると、オースター侯爵は一驚を喫する。直後、アデルに目を向ける。アデルは何か言いたげな表情をしたが、ぐっとそれを堪え、目を逸らした。オースター侯爵は短く溜息を吐き、そのラベンダーグレイの瞳にラダベルを映した。

「ティオーレ公爵家の令嬢は、噂に聞いた悪女とは随分と違うな。改心したという話も聞いていたが……それは事実か」

 オースター侯爵は、くるりとワイングラスを回しながら問いかける。ワイングラスの中、血のように真っ赤なワインが華麗にダンスを踊る。
 ラダベルは短い笑いをこぼした。

「事実でございます。私はもう、悪女ではありません。慎ましく生きようと決めたのです」
「ほう? なぜ?」

 赤いワインがオースター侯爵の美しい唇に、じんわりと滲む。

「私は、ジークルド様のもとに嫁いで、変わったのです。ジークルド様は、私の傷ついた心を癒してくださいました。ですから私も、ジークルド様にふさわしい人間になりたいと決意したのです。まだ……まったく誇らしい人間にはなれていませんが……」

 ラダベルは自嘲気味に笑う。彼女の話を聞いたオースター侯爵は、無言で彼女を見つめる。澄んだ美しい瞳に吸い込まれそうになるが、ラダベルは臆することなく彼女の目を真っ向から見つめ返した。

「ルドルガー伯爵夫人は総司令官の元婚約者だったが……総司令官のことはもう諦めたのか?」

 オースター侯爵は、意地悪な質問を投げかけた。ラダベルの顔貌がんぼうから、笑顔が消え去る。

「諦める、と言えばそうなのかもしれません。しかし私はもう、第二皇子殿下を好きなわけではありません」

 ラダベルが素直に、胸の内を明かす。オースター侯爵は目を見開いた。数秒の沈黙のあと、彼女はグラスに少しだけ残ったワインを全て飲み干した。そして空となったワイングラスを食卓の上に置く。重苦しい空気を払拭するべく、彼女はアデルに矛先を向ける。

「総司令官は可哀想な男ですね」
「バ、バカにするな!」

 オースター侯爵の煽りに、アデルは顔を真っ赤にして憤慨する。

「ルドルガー伯爵夫人の気持ちは分かった。長年結婚も恋愛もしなかったあの男が、レイティーン帝国屈指の悪女を妻に迎えると知った時は、さすがの私も度肝を抜かれたが……ルドルガー大将の判断は間違っていなかったのかもしれない」

 オースター侯爵は、本音を漏らす。良くも悪くも朴直ぼくちょくな彼女の言葉を受け入れるように、ラダベルは瞳を閉じた。
 オースター侯爵の気持ちは限りなく理解できる。ラダベルだって、予想していなかったことだからだ。アデルと婚約破棄をした矢先、ティオーレ公爵に「優良物件があるから」と無理やり嫁がされたのだから。まさに、青天せいてん霹靂へきれき。ジークルドと結婚した今となっては、喜ばしいことであるが。
 オースター侯爵は、目を閉じて物思いに耽るラダベルを見て爽やかに小さく笑った。

「総司令官。明日の早朝、私は軍を率いてルドルガー大将の援軍として出陣します。よろしいですね?」
「異論はない。さっさと戦争を終結させるためには、それが最適だ。僕はここに引き続き滞在する」

 オースター侯爵は首肯する。

「南部にも他国が攻め入ったと聞きましたが」
「既に本部所属の軍を少数派遣している。問題はない」

 アデルは頷いた。さすがはレイティーン帝国軍のトップだ。起こりうる未来を想定して、手を打つことに関しては、右に出る者はいないのではないだろうか。ラダベルはアデルを尊敬の眼差しで見つめた。

「なんだ、ラダベル。僕に惚れ直したか?」
「戯言を」
「………………」

 ラダベルの鋭い返しにアデルは密かにショックを受けた。寸劇とも言えるふたりの掛け合いを前にして、オースター侯爵は何かを考え込んでいたのであった。
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