【完結】死にたくないので婚約破棄したのですが、直後に辺境の軍人に嫁がされてしまいました 〜剣王と転生令嬢〜

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第96話 ジークルドの愛する人

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「ルドルガーがお前を好きになることはない」

 はっきりと告げられた言の葉。

「いいか、一生、だ」

 さらなる追い打ち。ラダベルは、分かりやすく狼狽えた。焦りから、乾いた笑いがこぼれる。馬鹿馬鹿しいと鼻で笑う。

「そんな、こと……」
「あるわけないと、なぜ言える。お前がルドルガーの何を知っている? 結婚直前に顔合わせしたばかりなのに、あの男とずっと一緒にいたわけではないのに、何を知っているとほざく?」

 アデルは腕を組みながら、ラダベルに尋ねる。
 所詮はアデルが言うことだ。信用はならない。だが、たった今彼が口にした言葉は、なぜだか腑に落ちた。彼の言う通り、一体ラダベルがジークルドの何を知っていると言うのだろうか。まだ会ってから、そして結婚してから数ヶ月しか経っていない。ふたつ景色を跨いだだけの短い期間、それだけしかジークルドと共に過ごしていないのだ。それなのにラダベルは、彼のことを心から知った気になっていた。しかし――。

「……だからなんだと言うのですか? ジークルド様が私のことを好きでなくとも、一向に構いません。私はあのお方の傍にいれるだけで、」
「それは本音か?」
「……え?」
「それは本音なのか、と聞いている」

 アデルは首を傾げる。本音なのか、と問う彼に対して、即答することができなかった。心の内を見透かされている。
 以前までは、ジークルドが自身のことを好きにならなくてもそれでいいと思っていた。彼の傍に、彼の妻として、彼を支えることができるなら、それで――。だが、日に日にジークルドの心を欲しがっている自分も確かに存在する。人間は、貪欲どんよくな醜い生き物だ。ひとつ手に入れば、もうひとつ。それも手に入ったならば、さらにもうひとつ。欲望に限りはない。ジークルドの傍にいることさえできればいいと願う反面、「それだけでいいの?」と問いかけてくる欲望の塊の自分もいるのだ。ラダベルが自分自身にほんの少しだけ恐れを抱いたところで、アデルが口を開いた。

「教えてやろうか? なぜ、あの男がお前を好きにならないのかを」

 アデルは腰を上げる。ラダベルのもとに、近寄ってくる。ラダベルは、彼の顔を見上げることができなかった。手や額、背中にじっとりと汗が滲む。アデルが彼女の背後に回り、髪を触る。毛先まで巻かれた艶やかな髪をゆっくりと持ち上げ、ちゅっとキスを落とした。そして、身を屈める。あわらになったラダベルの耳元に唇を寄せた。アデルの桜色の唇が開く。そして、甘い吐息を吐きながら、こう言った。


「ルドルガーに好きな女がいるからだ」


(あ)

 全身に衝撃が走る。雷に打たれたら、きっとこんな感じの衝撃だろう。呑気にそんなことを考えていると、寒気が襲ってくる。体が凍える。
 そうか、ジークルドには好きな人がいるのか。ラダベルではない、ほかの女性がいる。それを自覚してしまったラダベルは、途方もない絶望に支配された。

『俺の妻は、ラダベル、お前だけだ』
『愛人もいない。生涯作るつもりもない。分かったか?』

 あの日聞いたジークルドの胸の内は、嘘だったのだろうか。いいや、嘘ではないだろう。彼を信じるならば、ジークルドには愛人はいないはず。ならば、アデルが放った言葉は、どういうことなのか。そんなものは簡単だ。ジークルドに本当に好きな人がいるのだとしたら、彼はその想いを殺してラダベルと一緒になったというわけだ。なぜジークルドは、好きな人への想いを押し殺したのか。叶わなかったからなのか。それは分からないが、これだけは言える。ラダベルがジークルドを縛っている。その事実に気がついた瞬間、ラダベルの全身が震えた。

「僕の言葉を嘘だと決めつけるならそれでも構わない。真実だという証拠もなければ、嘘だという証拠もないわけだ」

 アデルの良い声がラダベルの脳内に直接反響する。
 アデルはラダベルとは違い、長いことジークルドと共に過ごしている。ふたりは、深い関係性にあるのだ。それなら、ジークルドが本当に愛する人が誰なのかを知っているはず。彼に愛される女性。それは一体、誰なのか。しかしながら、それを聞いたところで、どうするというのか。どうにも、できないくせに。
 ラダベルは己の無力さを実感し、強く唇を噛みしめた。アデルが彼女から距離を取る。

「脅すようなことは言って悪かった……。僕も今はどうか知らない。だが、ルドルガーに愛する女がいたことは事実だ。その女には夫がいるがな」

 煽るだけではないアデルの説明は、ジークルドに愛する人がいるという話にさらに信憑性しんぴょうせいを持たせる。
 ラダベルは安堵の溜息を吐く。なぜ、胸を撫で下ろしているのか。これでは、ジークルドの想いが一生報われなくても良いと思っているかのようだ。自身に嫌気が差したラダベルは、立ち上がる。

「第二皇子殿下、本日はお招きいただきありがとうございました。素敵な時間を過ごすことができました。では私はこれで」

 アデルから離れようとする。しかし腕を、取られてしまった。咄嗟に振り返る。

「宮まで送る」

 ラダベルはなぜかアデルの手を強く振り払うことができなかったのであった。
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