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第95話 アデルの本音に触れて
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紅茶の水面に映るのは、動揺しきったラダベルの顔だ。目の前には、彼女の返事を今か今かと待ち望んでいるアデルがいる。どこを見つめても地獄の風景が広がっている。大好きなガゼボがトラウマの場所になりそうだ。
ラダベルは大きく息を吐いて激しく高鳴る心臓を落ち着かせて、カップをソーサーに戻した。
「あなた様のお気持ちがずっと変わっていないのであれば、婚約者である私が悪女だと侮辱を受けている際、なぜ助けてくださらなかったのですか?」
ラダベルは質問する。思わぬ方向からの問いに、アデルは瞠目した。答えを探しているらしく、黙りこくる。なかなか返事はない。
(ほら、答えられないでしょう)
ラダベルは呆れた、と肩を落とす。
彼女が悪女であったことは事実だ。アデルは、貴族から大層人気がある。ラダベルは、そんな彼に近づく女性共、時には男性を蹴散らしてきた。アデルは基本、来るもの拒まず、去るもの追わずの主義を掲げている。そんな彼の代わりに、ラダベルが数多くの貴族たちを追い払ってきた。
婚約者であった頃のアデルに暴行されただとか、そんな覚えはない。ただ、空気のように扱われていたのは事実だし、ラダベルが戒められていても助け舟をまったく出さなかったのも事実なのだ。そんな過去が存在する上で、どうアデルを信じろと言うのか。ほかの貴族令嬢や以前のラダベルであれば、アデルの言葉は愉悦に感じるはず。しかし今のラダベルは、アデルにだけ警戒心が強い。そう簡単には、信じてやることなどできやしない。
「それ、は……その……」
「答えられないのなら無理はなさらなくても大丈夫ですよ」
「っ、答えられる!!!」
アデルは今にも立ち上がりそうな勢いで叫んだ。ラダベルは、彼を静観する。
「……所詮は噂だ。お前も気にしている様子はなかった。僕が止めなくても、問題はなかったはずだ。それに、僕も良い気になっていた」
「……良い気?」
アデルは俯き気味になる。テーブルの下で指先を合わせているのか、若干腕が揺れている。同時に、視線も定まらず動いている。
「お前が僕に、依存してくれるから」
アデルが発した一言に、ラダベルは一驚を喫する。何を言っているんだこの男は、と。アデルの表情を見る限り、嘘を言っているわけではなさそうだ。
つまりアデルは、ラダベルに依存されることに心地良さを覚えていたという。そのため、ラダベルの理不尽な噂が流れようともあえてそれを放っていた。ラダベルが嫉妬心をあらわにしてくれることと、ますます自身に依存してくれることに喜悦を感じていたのだ。驚愕の事実に、ラダベルは恐れを抱く。
「変人だと嘲笑えばいい。怒ってもいい。僕は……弁解はしない」
アデルはそう言って、息を吐いた。ラダベルは彼の様子を目の当たりにして、なんと声をかけていいのか分からず、頭を抱えたくなった。
嘲笑えばいい、怒ってもいいなどと言われてしまえば、怒る気力もなくなる。恨んでいるわけではない。今さら言及したところで、過去は変わらない。それに今では、ラダベルの噂は払拭されつつあるのだから。
ラダベルは、肩にかかった髪束をさらりと背中へ流す。
「私に依存されることを望んでいたのですね……」
ラダベルが呟く。なぜ、依存されることを望んでいたのか。優越感に浸りたかっただけだろうが……なぜか、女の勘だが、これ以上は聞かないほうがいい気がした。アデルもそのほうが助かるだろう。
ラダベルは再度、紅茶を飲んだ。乾いた喉を潤す。アデルは彼女の顔色を密かに窺っている。ラダベルは悩んだすえ、話を逸らすことにした。
「レイティーン帝国軍は勝利できるでしょうか?」
あからさまに話を逸らしたラダベルに、アデルは少しだけ不機嫌になる。言及されないことにありがたさを覚えると思っていたが、そうでもなかったのか。ラダベルは、彼の分かりやすい表情の変化からそう読み取った。アデルもわざわざ話を戻すことはしなかった。自身が淹れた紅茶を飲んだ。
「負けるつもりで戦争をする者などいないだろう。我が軍は必ず勝利する。どんな劣勢であったとしても、だ」
アデルの声色は力強かった。若くして、レイティーン帝国軍の総司令官という立場についただけはある。アデルに「勝てる」と言われたら、本当に勝ててしまう錯覚に陥るほどだ。
「ジークルドはお前が思っているよりも、ずっと強い」
アデルの言葉にラダベルがおもむろに顔を上げる。その瞳に、美しい生気が宿った。
「そう、ですか」
胸に手を当てて呟く彼女の顔は、尋常ではないくらいに美しかった。それを見たアデルの顔から表情が消える。
「本当に、お前は、ルドルガー大将を好いているのだな」
ラダベルはアデルの顔を注視する。ウォーターブルーの目に映るのは、悔しげな感情であった。
「はい、お慕いしております」
別に隠す意味はない、とラダベルは告げる。
「残念だったな、ラダベル」
「………………何が、ですか?」
「ルドルガーがお前を好きになることはない」
アデルの思いもよらぬ言葉の刃は、ラダベルの心臓に深く突き刺さった。
ラダベルは大きく息を吐いて激しく高鳴る心臓を落ち着かせて、カップをソーサーに戻した。
「あなた様のお気持ちがずっと変わっていないのであれば、婚約者である私が悪女だと侮辱を受けている際、なぜ助けてくださらなかったのですか?」
ラダベルは質問する。思わぬ方向からの問いに、アデルは瞠目した。答えを探しているらしく、黙りこくる。なかなか返事はない。
(ほら、答えられないでしょう)
ラダベルは呆れた、と肩を落とす。
彼女が悪女であったことは事実だ。アデルは、貴族から大層人気がある。ラダベルは、そんな彼に近づく女性共、時には男性を蹴散らしてきた。アデルは基本、来るもの拒まず、去るもの追わずの主義を掲げている。そんな彼の代わりに、ラダベルが数多くの貴族たちを追い払ってきた。
婚約者であった頃のアデルに暴行されただとか、そんな覚えはない。ただ、空気のように扱われていたのは事実だし、ラダベルが戒められていても助け舟をまったく出さなかったのも事実なのだ。そんな過去が存在する上で、どうアデルを信じろと言うのか。ほかの貴族令嬢や以前のラダベルであれば、アデルの言葉は愉悦に感じるはず。しかし今のラダベルは、アデルにだけ警戒心が強い。そう簡単には、信じてやることなどできやしない。
「それ、は……その……」
「答えられないのなら無理はなさらなくても大丈夫ですよ」
「っ、答えられる!!!」
アデルは今にも立ち上がりそうな勢いで叫んだ。ラダベルは、彼を静観する。
「……所詮は噂だ。お前も気にしている様子はなかった。僕が止めなくても、問題はなかったはずだ。それに、僕も良い気になっていた」
「……良い気?」
アデルは俯き気味になる。テーブルの下で指先を合わせているのか、若干腕が揺れている。同時に、視線も定まらず動いている。
「お前が僕に、依存してくれるから」
アデルが発した一言に、ラダベルは一驚を喫する。何を言っているんだこの男は、と。アデルの表情を見る限り、嘘を言っているわけではなさそうだ。
つまりアデルは、ラダベルに依存されることに心地良さを覚えていたという。そのため、ラダベルの理不尽な噂が流れようともあえてそれを放っていた。ラダベルが嫉妬心をあらわにしてくれることと、ますます自身に依存してくれることに喜悦を感じていたのだ。驚愕の事実に、ラダベルは恐れを抱く。
「変人だと嘲笑えばいい。怒ってもいい。僕は……弁解はしない」
アデルはそう言って、息を吐いた。ラダベルは彼の様子を目の当たりにして、なんと声をかけていいのか分からず、頭を抱えたくなった。
嘲笑えばいい、怒ってもいいなどと言われてしまえば、怒る気力もなくなる。恨んでいるわけではない。今さら言及したところで、過去は変わらない。それに今では、ラダベルの噂は払拭されつつあるのだから。
ラダベルは、肩にかかった髪束をさらりと背中へ流す。
「私に依存されることを望んでいたのですね……」
ラダベルが呟く。なぜ、依存されることを望んでいたのか。優越感に浸りたかっただけだろうが……なぜか、女の勘だが、これ以上は聞かないほうがいい気がした。アデルもそのほうが助かるだろう。
ラダベルは再度、紅茶を飲んだ。乾いた喉を潤す。アデルは彼女の顔色を密かに窺っている。ラダベルは悩んだすえ、話を逸らすことにした。
「レイティーン帝国軍は勝利できるでしょうか?」
あからさまに話を逸らしたラダベルに、アデルは少しだけ不機嫌になる。言及されないことにありがたさを覚えると思っていたが、そうでもなかったのか。ラダベルは、彼の分かりやすい表情の変化からそう読み取った。アデルもわざわざ話を戻すことはしなかった。自身が淹れた紅茶を飲んだ。
「負けるつもりで戦争をする者などいないだろう。我が軍は必ず勝利する。どんな劣勢であったとしても、だ」
アデルの声色は力強かった。若くして、レイティーン帝国軍の総司令官という立場についただけはある。アデルに「勝てる」と言われたら、本当に勝ててしまう錯覚に陥るほどだ。
「ジークルドはお前が思っているよりも、ずっと強い」
アデルの言葉にラダベルがおもむろに顔を上げる。その瞳に、美しい生気が宿った。
「そう、ですか」
胸に手を当てて呟く彼女の顔は、尋常ではないくらいに美しかった。それを見たアデルの顔から表情が消える。
「本当に、お前は、ルドルガー大将を好いているのだな」
ラダベルはアデルの顔を注視する。ウォーターブルーの目に映るのは、悔しげな感情であった。
「はい、お慕いしております」
別に隠す意味はない、とラダベルは告げる。
「残念だったな、ラダベル」
「………………何が、ですか?」
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アデルの思いもよらぬ言葉の刃は、ラダベルの心臓に深く突き刺さった。
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