【完結】死にたくないので婚約破棄したのですが、直後に辺境の軍人に嫁がされてしまいました 〜剣王と転生令嬢〜

I.Y

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第94話 お茶会での光景

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 次の日の朝、14時。秋の涼やかな風が吹く時間帯。まだまだ真冬には程遠いものの、太陽の光が随分と心地よく感じる季節となった。
 アデルに謎のお茶会に招待されたラダベルは、彼との約束の場所であるガゼボに向かっていた。薄い緑色のエンパイアラインのドレス。レース状になったオーバースカートが美しい。肌は極力見せない上品なデザインだ。長い黒髪は巻いている。宝石が施されたヘッドドレスで彩っていた。一応はお茶会のため、洒落た格好はしなければならない。最低限のドレスコードだ。
 ラダベルはセリーヌと共に、ガゼボへの道を行く。秋の花々に囲まれた道を歩き続け、入り組んだ庭園を抜けた先に見えたのは、太陽の光を一心に浴びる湖であった。その中心に佇む神聖な雰囲気を漂わせるガゼボが姿を現す。

「セリーヌ、ここまでで大丈夫よ」
「はい、行ってらっしゃいませ、奥様」

 セリーヌは優雅に一礼した。ラダベルは彼女に背を向けて、まっすぐと背筋を伸ばし歩を進める。陽の光が織り成す道を華麗に歩く。ガゼボには、既にアデルの姿が見える。日陰の下、絹のように光り輝く金髪が揺れている。それに見惚れる心を殺しきり、ガゼボに向かうための橋を渡り始めた。アデルは彼女の気配を感じ取り、顔を上げる。射し込んだ光にウォーターブルーの瞳が燦然と煌めく。

「ラダベル……!」

 アデルは、席を立ち上がる。自身の慌てように恥ずかしくなったのか、空咳からせきをする。気を取り直し、ラダベルのもとに歩み寄ってくると、そっと手を差し出した。エスコートのつもりか、とアデルの顔を見上げると、彼は分かりやすく赤面していた。吹き出物ひとつとしてない頬は、見事に赤く熟れていて随分と美味しそうだ。淡い桃色の唇には前歯が食い込んでいる。蜜がじゅわりと溢れ出るかのように潤っていた。水色の双眸の光は、左右に小刻みに揺れ動く。彼の表情に、ラダベルは生唾を呑み込む。彼の美貌に釘づけとなった。気づいたら、彼の手に自身の手を重ねてしまっていた。手袋越しとは言え、無意識のうちにアデルに触れてしまった事実に、ラダベルは動揺をあわらにした。対してアデルは、嬉しそうだ。

「よくぞ来てくれた」

 アデルは微笑みを浮かべる。その笑顔があまりにも美しくて、眩しくて、ラダベルは魅了された。まさか彼女が自身に見惚れているとは思わないアデルは、呆然と佇む彼女を欣喜雀躍きんきじゃくやくとしながらエスコートする。ラダベルは促されるがまま、椅子に座った。
 テーブルの上には、高級菓子がずらりと並んでいる。その光景に目を奪われていると、アデルが自ら紅茶を淹れ始める。ティーポットやティーカップまでもが一級品で揃えられている。全て、アデルが用意した物なのだろうか。一級品のティーカップに一級品の紅茶を注ぐ、超一級品の男。まるで、絵画に出てくるかのような眩い光景。ラダベルは感慨深い心情となった。

(ラダベル、あなたはこの光景を何回、夢に見たの?)

 かつてのラダベル、過去の自分に問いかける。心が揺れ、目頭が熱くなる。今のラダベルの感情ではない、はず。アデルを好きだった頃の自分は、この光景を見ることを渇望かつぼうしていたのだろう。いつか、アデルとふたりきりで穏やかな茶会を開くことを――。

「ラダベル……? どうした」

 アデルに問いかけられ、ラダベルは我に返る。涙が溢れてしまう前に、自我を取り戻せてよかったと彼女は安堵した。

「婚約者であった頃は、一度も私にお茶を淹れるなどしてくださらなかったでしょう? 婚約破棄してから二度もお茶を淹れてくださっているなんて驚いたのてす」

 ラダベルは瞳を伏せながら、容赦なく毒を吐く。アデルは一瞬、動揺を見せた。

「……………………ってやる……」

 アデルのか細い声が聞こえて、ラダベルは目を開く。目元は前髪で隠れてしまっていて、まったく見えない。

「なんと仰ったのですか?」

 ラダベルは再び質問する。アデルの発した声があまりにも小さくて、ほんの少ししか聞き取ることができなかった。
 アデルがもじもじと身を捩ること数秒。ようやく腹を決めたのか、ガバッと勢いよく顔を上げた。

「これから何度だってやってやる! 僕が何度だって、お前のためだけに茶を淹れてやる……! それだけじゃない、お前が望むのであれば、僕はどんなことだって……できるんだ」

 アデルの宣言に対して、ラダベルは驚きに目を見張る。それは本音か、それとも嘘か。アデルが一体何を考えているのか、彼女には分からない。今も、昔も。だが明らかに、何かが変化を遂げている。アデルがラダベルに向ける感情も、ふたりの間に築かれる関係性も。
 ラダベルは怖かった。別に変わらなくていい。ラダベルはジークルドと共に生きる。アデルのことは過去へと置き去りにしていくのだから。交わることのない、平行線。奇跡のような悲劇ひげきが起きて、途中で屈曲してしまうなんて、ありえない。

「嘘じゃない。この気持ちはずっと変わっていない」

 アデルの鋭い眼光がラダベルの心を貫く。

(今もって、何よ……)

 信じがたい。そんな簡単に信じられるものか。
 ラダベルは震える手でカップを手に取る。アデルが淹れてくれた紅茶は、あまりにも美味しかった。
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