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第93話 招待状
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ティオーレ公爵とラディオルを送った帰り道。ラダベルは、宮の中を颯爽と歩く。セリーヌと共に廊下を歩いていると、正面からやって来た人物に目を奪われる。側近を大勢連れたアデルと対面した。しかしラダベルは、立ち止まらず、スルーしようとする。その姿に、アデルは目を光らせた。
「待て、ラダベル」
案の定呼び止められたラダベルは、大人しく足を止める。振り返りはしない。あくまで耳を傾けるだけ。背後にアデルの熱い視線を感じ取る。
「なんでしょうか」
「……これを、お前に」
アデルが距離を詰めてくる。彼の気配を感じてしまう。
(これって何よ……)
ラダベルは、アデルが言う「これ」が気になって仕方がない。振り向かなければそれを見ることはできないが、それをしたくはなかった。なぜか、負けだと感じてしまうから。
(絶対に振り向かない、絶対……………に、)
トン、と背中にあたる硬い何か。それはアデルのたくましい胸板であった。ラダベルの全身が震え上がる。恐怖か、気持ち悪さか、そのどちらでもなかった。ラダベルの胸は、激しく高鳴っていたのだ。彼女は想い人のジークルドではない、かつての婚約者のアデルに対して緊張してしまっていた。
胸の高鳴りにどう反応していいか分からず、ラダベルはひとり呆然としていた。卒然と、目の前にひらりと舞う封筒。クリーム色の上品さが滲み出ている封筒だ。彼女はおもむろにそれを手に取る。指の腹にさらりと馴染む触り心地は気持ちがいい。
「招待状だ」
招待状と言われ、ラダベルは首を傾げた。なんの招待状か、と。彼女は思索する。真面目に考えるラダベルの背後、アデルは彼女の髪に触れようとしていた。形の良い唇を近づけ、青みがかった美しい黒髪にキスを落とそうとする。しかしその直前で、思い留まった。手袋に包まれた手をギュッと握る。俯いたアデルの顔は、赤く染まり、水色の目には愛しさと悔しさが滲んでいた。彼はラダベルから離れ、言葉を失って立ち竦む彼女を置いて、踵を巡らす。
ひとり取り残されたラダベルは手紙を見つめたあと、ようやく振り返る。段々と遠くなるアデルの背中が見えた。彼の背中を名残惜しく注視する。
「セリーヌ、行きましょう」
「は、はい……!」
佇むこと数秒、ラダベルはアデルに背を向けて、歩き出したのであった。
伯爵夫人が住まう宮にある自室に戻ってきたラダベルは、アデルから授かった招待状の封筒をレターオープナーで開く。そこには、アデルの美しい字でこう記してあった。
『ラダベル・ラグナ・イルミニア・ルドルガー伯爵夫人。明日の14時。湖のガゼボにてお茶会を開く。そこに貴殿を招待する』
簡素な手紙。しかし、アデルの目的はよく分かった。アデル主催のお茶会に、ほかでもないラダベルを招待したいのだ。お茶会の舞台は、湖のガゼボ。庭園にある湖の中心に佇む神聖なガゼボである。ラダベルのお気に入りの場所でもあるのだ。そこでお茶会を開催するとは……。ラダベルは、大きな溜息を吐いた。
ジークルドが戦争をしている最中に、お茶会をするなんて。アデルは、随分と呑気なことだ。それもまたラダベルは気に入らなかった。しかし、アデル自身は戦争に行く気満々だったが、それを止めたのはジークルドである。ジークルドの決定に異議を唱えることはしないし、今回ばかりはアデルは何も悪くはない。アデルが東部に滞在しているのと、そうでないのとは戦力や抑止力に大きな差があるのだから。
ラダベルはアデルへの怒りを抑え込み、招待状に再び目を落とした。
「一体、どんなつもりでこれを書いたの?」
ラダベルは大息を吐く。アデルはなんのつもりでお茶会を開催して、そこにラダベルを招待するのだろうか。彼の目的は理解できたが、そこに秘められた思惑がまったく分からない。別に招待状をもらったからと言って、行く必要性はない。そうだ、無視してやればいいのだ。
ラダベルは招待状をテーブルの上に置いて、腕を組むと拗ねた子供のように顔を背ける。しかし、招待状が気になって気になって仕方がない。
「あ~もうっ!!!」
部屋中に、ラダベルの切羽詰まった叫び声が響いたのであった。
「待て、ラダベル」
案の定呼び止められたラダベルは、大人しく足を止める。振り返りはしない。あくまで耳を傾けるだけ。背後にアデルの熱い視線を感じ取る。
「なんでしょうか」
「……これを、お前に」
アデルが距離を詰めてくる。彼の気配を感じてしまう。
(これって何よ……)
ラダベルは、アデルが言う「これ」が気になって仕方がない。振り向かなければそれを見ることはできないが、それをしたくはなかった。なぜか、負けだと感じてしまうから。
(絶対に振り向かない、絶対……………に、)
トン、と背中にあたる硬い何か。それはアデルのたくましい胸板であった。ラダベルの全身が震え上がる。恐怖か、気持ち悪さか、そのどちらでもなかった。ラダベルの胸は、激しく高鳴っていたのだ。彼女は想い人のジークルドではない、かつての婚約者のアデルに対して緊張してしまっていた。
胸の高鳴りにどう反応していいか分からず、ラダベルはひとり呆然としていた。卒然と、目の前にひらりと舞う封筒。クリーム色の上品さが滲み出ている封筒だ。彼女はおもむろにそれを手に取る。指の腹にさらりと馴染む触り心地は気持ちがいい。
「招待状だ」
招待状と言われ、ラダベルは首を傾げた。なんの招待状か、と。彼女は思索する。真面目に考えるラダベルの背後、アデルは彼女の髪に触れようとしていた。形の良い唇を近づけ、青みがかった美しい黒髪にキスを落とそうとする。しかしその直前で、思い留まった。手袋に包まれた手をギュッと握る。俯いたアデルの顔は、赤く染まり、水色の目には愛しさと悔しさが滲んでいた。彼はラダベルから離れ、言葉を失って立ち竦む彼女を置いて、踵を巡らす。
ひとり取り残されたラダベルは手紙を見つめたあと、ようやく振り返る。段々と遠くなるアデルの背中が見えた。彼の背中を名残惜しく注視する。
「セリーヌ、行きましょう」
「は、はい……!」
佇むこと数秒、ラダベルはアデルに背を向けて、歩き出したのであった。
伯爵夫人が住まう宮にある自室に戻ってきたラダベルは、アデルから授かった招待状の封筒をレターオープナーで開く。そこには、アデルの美しい字でこう記してあった。
『ラダベル・ラグナ・イルミニア・ルドルガー伯爵夫人。明日の14時。湖のガゼボにてお茶会を開く。そこに貴殿を招待する』
簡素な手紙。しかし、アデルの目的はよく分かった。アデル主催のお茶会に、ほかでもないラダベルを招待したいのだ。お茶会の舞台は、湖のガゼボ。庭園にある湖の中心に佇む神聖なガゼボである。ラダベルのお気に入りの場所でもあるのだ。そこでお茶会を開催するとは……。ラダベルは、大きな溜息を吐いた。
ジークルドが戦争をしている最中に、お茶会をするなんて。アデルは、随分と呑気なことだ。それもまたラダベルは気に入らなかった。しかし、アデル自身は戦争に行く気満々だったが、それを止めたのはジークルドである。ジークルドの決定に異議を唱えることはしないし、今回ばかりはアデルは何も悪くはない。アデルが東部に滞在しているのと、そうでないのとは戦力や抑止力に大きな差があるのだから。
ラダベルはアデルへの怒りを抑え込み、招待状に再び目を落とした。
「一体、どんなつもりでこれを書いたの?」
ラダベルは大息を吐く。アデルはなんのつもりでお茶会を開催して、そこにラダベルを招待するのだろうか。彼の目的は理解できたが、そこに秘められた思惑がまったく分からない。別に招待状をもらったからと言って、行く必要性はない。そうだ、無視してやればいいのだ。
ラダベルは招待状をテーブルの上に置いて、腕を組むと拗ねた子供のように顔を背ける。しかし、招待状が気になって気になって仕方がない。
「あ~もうっ!!!」
部屋中に、ラダベルの切羽詰まった叫び声が響いたのであった。
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