【完結】死にたくないので婚約破棄したのですが、直後に辺境の軍人に嫁がされてしまいました 〜剣王と転生令嬢〜

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第92話 さっさと帰ってください

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 ラダベルとセリーヌは庭園を去った。

「案外、簡単に退いたわね」
「そう、ですね……。チェスター伯爵令嬢も何か思うところがあったのでしょう」

 セリーヌは、カトリーナに同情心を寄せた。ラダベルは彼女の言葉に頷く。
 カトリーナは、意外にも聡明な女性であったらしい。物語のカトリーナが一体どんな女性であったかは明確には記憶に残っていないが、ラダベルの認識と、実際の現実とでは乖離かいりが起きているのかもしれない。
 ラダベルは自らの恋心が完璧には報われないと分かっていてもなお、アデルに執着し続けた。しかしカトリーナは、脈がないと分かるとアデルへの恋を諦めた。否、諦めたわけではないのかもしれない。長年の恋心、深い恋心は、そう簡単に捨て去ることはできないはずだから。だが彼女は、確実に前に進むだろう。アデルを諦める、恋を捨てるわけではないにしても、確実に前進することを望むはず。だからこそ、ラダベルに謝罪したのだ。これから先、アデルともう一度向き合うのか、それとも彼を忘れほかの恋に進むのか、それを決めるのはカトリーナ自身である。彼女がしたことを許すわけではないが、同じ人間に恋した者として、彼女の幸せを祈るくらいは、いいだろう。

(物語ではヒロインのチェスター伯爵令嬢とその相手の第二皇子殿下は結ばれるはずなのに。おかしなことが起こっているものね。もしかしたら、私が第二皇子殿下と婚約破棄をして、死ぬ未来を回避したから、物語の内容も変わっているっていうこと?)

 ラダベルは、ひとり考える。ラダベルとして転生を果たした結果、物語の内容も変化してしまったのかもしれない。彼女は脇役とは言え、それなりに大事な立ち位置、物語最大の悪女という役だ。そんな彼女が自らの役目を放棄して、順風満帆じゅんぷうまんぱんな人生を歩むために改心したともなれば、物語のスパイスもなくなり、内容も大きく変化してしまうだろう。

(まぁ、だから何って話なのだけど。私からしたらどうでもいいわ)

 ラダベルは前を見据える。そう、彼女にとってはどうでもいいこと。
 この世界に転生した彼女からすれば、ここは物語の世界ではなく、現実の世界なのだ。悪女として奮闘《ふんとう》する義理もない。それに、自ら大きく未来を変えたことによって、ジークルドという大好きな人に出会えたのだ。これ以上に喜ばしいことはない。物語がどうなろうとどうでもいいが、ラダベルはジークルドと共に生きたいと願うのであった。
 その時、突如現れた侍女に声をかけられる。

「奥様!」
「どうしたの?」

 ラダベルは立ち止まる。侍女は荒い息を整えて、顔を上げた。

「ティオーレ公爵様と次期公爵様がご帰還されます」
「……今行くわ」

 ラダベルの口元には、笑みが浮かんでいた。


 ティオーレ公爵とラディオルがいる場所、城門へとやって来たラダベル。ふたりは今すぐにも馬車に乗り込もうとしていた。

「お父様、ラディオル」

 ラダベルが声をかけると、ふたりは振り向く。

「ようやくお帰りになられるのですね。つかの間の休暇は楽しく過ごせましたでしょうか?」

 ラダベルはまったくもって悪気などありません、とでも言いたげに微笑した。

「……世話になった」

 ティオーレ公爵は珍しくそんなことを口にした。以前よりも随分と素直になったし、ラダベルに優しくなった。悪女ではなくても、悪女でもあったとしても、ラダベルはティオーレ公爵の子だというのに。彼女は、ティオーレ公爵に不信感しか抱けなかった。

「早く馬車に乗ってください」

 ラダベルは不信感をあらわにしながら、ティオーレ公爵とラディオルを促す。促されるがまま、ティオーレ公爵は馬車に乗り込む。ラディオルはラダベルに向けて激しく舌打ちをかましたあと、馬車に乗り込もうとする。しかし彼は突如立ち止まり、ラダベルの背後に視線を向けた。そこに釘づけとなっている。ラダベルは違和感を覚え、振り返る。ラディオルの視線の先にいたのは、なんとカトリーナであった。着飾っていない素のままの彼女。ラディオルは、頬を赤らめてカトリーナを見つめていた。彼が抱く劣情に瞬時に気がついたラダベルは、人の悪い笑みを浮かべる。ラディオルはハッと我に返ると、すぐに馬車に乗り込んだのであった。
 走り始める馬車。もう二度と来ませんように、と念を送るのであった。
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