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第86話 家庭環境
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ウィルとセリーヌが楽しげに話す姿を見つめたあと、邪魔をしないようにとラダベルとエリアスはその場から立ち去った。
ふたりはラダベルの宮までの道のりを歩いている。
「もうすぐ戦争が始まることはご存じ?」
「あぁ。ヴォレン王国の野郎共の裏に、アレシオン教国がいるとかいう話だろ。大将から既に話はあったが、いつどんな方法で、とまではまだ聞いてねぇな」
「きっと近いうちに話があるはずですよ」
「……なんでテメェがんなこと知ってんだ」
エリアスはラダベルを静かに睨みつけた。ラダベルは、軍人ではない。しかしながら、東部の司令官ジークルドのたったひとりの妻である。ミアをはじめとした女性軍人の如く戦闘能力に長けているわけではないが、ラダベルだって戦況を知る義務があるのではないだろうか。
「第二皇子殿下が皇帝陛下に遣いを出したのですが、皇帝陛下のお手紙を賜わったのがその遣いの方ではなく……私の父と双子の兄だったのです」
ラダベルの言葉にエリアスは目を瞬かせる。少し思案したあと、納得したのか「なるほどな」と呟いた。
「ティオーレ公爵とその後継者は帝国軍に関わりあんのか?」
「それが怖いことにまったくないのです。どこの怪談って話だわ」
ラダベルは呆れて溜息をついた。
「ってことは、陛下が気を利かせたってことか?」
「勘が鋭いですね。恐らくですけど、その通りだと思います」
「……テメェは親と兄貴と仲悪ぃのか? 普通会えて嬉しいだろうがよ」
エリアスの問いかけに、ラダベルが鼻で笑い飛ばした。彼女のあからさまな態度に、エリアスは若干戸惑う。
「冗談も程々にしてください……。私がレイティーン帝国でなんと呼ばれているのか、あなたも知っているでしょう?」
ラダベルがそう言うと、エリアスは悪人さながらに笑った。
「悪女だろ」
「そうです。そんな悪女と名高い令嬢の家族がどんな扱いを受けるか想像は?」
「まぁ、大体はつくな。ティオーレ公爵も後継者も、悪女のテメェのせいで被害を被ってたってわけか」
エリアスの推測に、ラダベルは頷く。
ラダベルが悪女という話は、もはやレイティーン帝国の共通認識だ。そのため彼女の父親であるティオーレ公爵と双子の兄であるラディオルは、昔からかなりの風評被害を被っていたことだろう。もしも自身が彼らの立場だったら、うんざりしていたに違いない。だがラダベルが悪女として成長してしまったのは、必ずしも彼女のせいというわけではない。ティオーレ公爵やラディオルの影響も少なからずあるのだ。
ティオーレ公爵夫人、ラダベルの母親が早くして亡くなったことにより、ティオーレ公爵は以前にも増してかなり冷徹になった。幼い頃からラダベルを迫害し続け、後継者であるラディオルだけを可愛がったのだ。それに嫉妬したラダベルがラディオルに苛立ちをぶつけ彼と激しい喧嘩をした時、ラダベルだけが仕置きと称されて謹慎になったこともあった。ティオーレ公爵に直接的な虐待を受けたわけではない。しかし、幼い頃に抱いた恐怖と、誰にも愛されないというレッテルは、ラダベルをさらなる悪女へと落とし込んだのであった。
「複雑な関係性ってわけだが……大体はテメェが悪いじゃねぇか」
「あら、嫌ね。私をさらなる悪女に仕立て上げたのは彼らの責任でもあります」
「……家庭環境が最悪だな」
エリアスは後頭部に手を添えながら、激しく悪態を突く。それに対して、ラダベルは笑みをこぼした。
「そうね。あなたの家族の絆に比べれば、私の家族の縁なんて……すぐにでも切れてしまう脆い関係です。まぁ、どうでもいいですけど。どうせあの家に帰ることはないのですから」
トパーズ色の瞳が閉じる。黒い睫毛が柔らかく震えた。
「ラダベル」
卒然と、背後から呼び止められるラダベルは振り返った。視線の先にいたのは、ティオーレ公爵だった。
(なんで、ここに……)
ラダベルは衝撃のあまり声が出ない。
「話したいことがある」
今のラダベルには、ティオーレ公爵が考えていることなど、微塵も分からなかったのであった。
ふたりはラダベルの宮までの道のりを歩いている。
「もうすぐ戦争が始まることはご存じ?」
「あぁ。ヴォレン王国の野郎共の裏に、アレシオン教国がいるとかいう話だろ。大将から既に話はあったが、いつどんな方法で、とまではまだ聞いてねぇな」
「きっと近いうちに話があるはずですよ」
「……なんでテメェがんなこと知ってんだ」
エリアスはラダベルを静かに睨みつけた。ラダベルは、軍人ではない。しかしながら、東部の司令官ジークルドのたったひとりの妻である。ミアをはじめとした女性軍人の如く戦闘能力に長けているわけではないが、ラダベルだって戦況を知る義務があるのではないだろうか。
「第二皇子殿下が皇帝陛下に遣いを出したのですが、皇帝陛下のお手紙を賜わったのがその遣いの方ではなく……私の父と双子の兄だったのです」
ラダベルの言葉にエリアスは目を瞬かせる。少し思案したあと、納得したのか「なるほどな」と呟いた。
「ティオーレ公爵とその後継者は帝国軍に関わりあんのか?」
「それが怖いことにまったくないのです。どこの怪談って話だわ」
ラダベルは呆れて溜息をついた。
「ってことは、陛下が気を利かせたってことか?」
「勘が鋭いですね。恐らくですけど、その通りだと思います」
「……テメェは親と兄貴と仲悪ぃのか? 普通会えて嬉しいだろうがよ」
エリアスの問いかけに、ラダベルが鼻で笑い飛ばした。彼女のあからさまな態度に、エリアスは若干戸惑う。
「冗談も程々にしてください……。私がレイティーン帝国でなんと呼ばれているのか、あなたも知っているでしょう?」
ラダベルがそう言うと、エリアスは悪人さながらに笑った。
「悪女だろ」
「そうです。そんな悪女と名高い令嬢の家族がどんな扱いを受けるか想像は?」
「まぁ、大体はつくな。ティオーレ公爵も後継者も、悪女のテメェのせいで被害を被ってたってわけか」
エリアスの推測に、ラダベルは頷く。
ラダベルが悪女という話は、もはやレイティーン帝国の共通認識だ。そのため彼女の父親であるティオーレ公爵と双子の兄であるラディオルは、昔からかなりの風評被害を被っていたことだろう。もしも自身が彼らの立場だったら、うんざりしていたに違いない。だがラダベルが悪女として成長してしまったのは、必ずしも彼女のせいというわけではない。ティオーレ公爵やラディオルの影響も少なからずあるのだ。
ティオーレ公爵夫人、ラダベルの母親が早くして亡くなったことにより、ティオーレ公爵は以前にも増してかなり冷徹になった。幼い頃からラダベルを迫害し続け、後継者であるラディオルだけを可愛がったのだ。それに嫉妬したラダベルがラディオルに苛立ちをぶつけ彼と激しい喧嘩をした時、ラダベルだけが仕置きと称されて謹慎になったこともあった。ティオーレ公爵に直接的な虐待を受けたわけではない。しかし、幼い頃に抱いた恐怖と、誰にも愛されないというレッテルは、ラダベルをさらなる悪女へと落とし込んだのであった。
「複雑な関係性ってわけだが……大体はテメェが悪いじゃねぇか」
「あら、嫌ね。私をさらなる悪女に仕立て上げたのは彼らの責任でもあります」
「……家庭環境が最悪だな」
エリアスは後頭部に手を添えながら、激しく悪態を突く。それに対して、ラダベルは笑みをこぼした。
「そうね。あなたの家族の絆に比べれば、私の家族の縁なんて……すぐにでも切れてしまう脆い関係です。まぁ、どうでもいいですけど。どうせあの家に帰ることはないのですから」
トパーズ色の瞳が閉じる。黒い睫毛が柔らかく震えた。
「ラダベル」
卒然と、背後から呼び止められるラダベルは振り返った。視線の先にいたのは、ティオーレ公爵だった。
(なんで、ここに……)
ラダベルは衝撃のあまり声が出ない。
「話したいことがある」
今のラダベルには、ティオーレ公爵が考えていることなど、微塵も分からなかったのであった。
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