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第84話 痛烈に
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「双子の妹に先を越されるなんて……可哀想ね」
ラダベルは、悪女時代に培った気味の悪い微笑みを浮かべる。ラディオルはティオーレ公爵とは違い、思ったことが瞬時に顔に出てしまう性格らしい。ラダベルも同じ類であるが、良くも悪くも表情豊かなところは、今は亡き母、ティオーレ公爵夫人に似ているのかもしれない。
ラディオルとラダベルは本当によく似ている。性別こそ違えど、顔立ちは瓜二つだ。また性格も、ラダベルは悪女だと罵られているが、双子の兄であるラディオルも相当な悪人ではないだろうか。ラダベルみたいに見境なく暴れ回った経験こそないものの、裏では様々な悪事に手を染めたり、手引きしたりしている。彼は随分と頭が切れるのだ。金城鉄壁の守りを固めるティオーレ公爵の実子として、孤高の存在と恐れられてきた。社交界でも、ジークルドやアデルほどではないが、それなりの人気を博している。しかしティオーレ公爵のように、何人にも容赦のないところを見ると、せっかくの縁談も小言を並べて片っ端から跳ね除けているのだろう。ラダベルはラディオルを心底哀れに思った。双子の妹に同情を寄せられているとは知らずして、ラディオルは笑う。
「お前とは違って俺はいくらでも候補はいるからな。心配は不要だ」
まだまだ余裕がある顔であるが、額に冷や汗が流れている。ラダベルは決してそれを見逃さない。無様にも強がるラディオルを余計に哀れだと思ったのであった。
「強がっちゃって、恥ずかしいわね」
ラダベルは感じたことをそのまま口にした。サンオレンジ色の瞳が憤懣に染まりゆく。ラダベルが愚行をする度に、今と同じように怒っていた。ラディオルは、あの頃となんも変わっていない。ラダベルを救いようのない馬鹿女だと、悪女だと責めた。責められる真似をしていたラダベルもラダベルだが。しかしあの頃の哀れなラダベルは、もうどこにもいない。ティオーレ公爵家の令嬢であり生粋の悪女であるラダベルも、どこにもいない。ここにいるのは、ジークルドを愛するルドルガー伯爵家の夫人、ラダベルだけである。
「お父様も、私ではなくラディオルに婚約者をあてがうべきでしたね。私は強制的に結婚させられたというのに……」
(今では感謝してるけど)
「ティオーレ公爵家の後継者であるラディオルこそ、配偶者様が必要でしょう。それもとびっきり心の広い、お優しい配偶者様が」
ラダベルは口元に手を当てながら、クスクスと嘲り笑う。侮辱されていると受け取ったラディオルは、憤怒をあらわにする。ティオーレ公爵は顎に手を添え、暫し考える仕草を見せた。
「お前……黙って聞いていれば好き勝手言って……ふざけっ」
「一理あるな」
ラディオルの言葉を遮ったのは、意外にもティオーレ公爵だった。ラディオルは「へっ」と間抜けな声を漏らしながら、ティオーレ公爵を見遣る。
「家門に泥を塗るラダベルを嫁がせることに必死だったが……ラディオル、お前ももう良い年齢だ。婚約者を探すとしよう」
「ちょっ、お、お父様! それは困ります! 俺はまだ結婚など」
「あらぁ、よかったじゃない! これでティオーレ公爵家も安泰ね! 結婚式にはできれば呼ばないでほしいけど祝福くらいならしてあげるわ」
ラダベルは、上から目線でそう言った。言いくるめられてしまったラディオルは、黙り込むしかなかった。膝の上で拳を握り、怒りに震えている。そんな彼の姿は、ラダベルの気分を良くさせるには十分だった。ところが、これ以上嫌いな家族と閉鎖的な空間にいる必要性はない。ラダベルは決心して、立ち上がる。
「もう失礼してもよろしいですか? ご覧の通り、夫も第二皇子殿下も戦争の準備のため多忙なのです。用が済んだのであれば、即刻お帰りください」
ラダベルは実の家族を痛烈に跳ね除けると背を向けて扉を開けた。すると目の前には、巨大な影がかかる。見上げると、そこにはジークルドの姿があった。
「ジークルド様? なぜここに……」
「忘れ物を、してしまって」
「忘れ物……?」
ラダベルは振り返り、室内を見渡す。するとテーブルの上に白い手袋が転がっていることに気がついた。
「あぁ、手袋のことですね」
ラダベルはそれを手に取り、ジークルドに手渡す。
「どうぞ」
「………………」
ジークルドは白い手袋を見つめたまま固まる。どことなく様子のおかしい彼に、ラダベルは眉を顰めた。
「ジークルド様?」
「……あぁ、すまない、ありがとう」
ジークルドは礼を言うとその場を立ち去った。彼の後ろ姿は、どこか困惑しているようであった。それにラダベルは首を傾げる。
(ジークルド様ったら……どうしちゃったの?)
ラダベルは、悪女時代に培った気味の悪い微笑みを浮かべる。ラディオルはティオーレ公爵とは違い、思ったことが瞬時に顔に出てしまう性格らしい。ラダベルも同じ類であるが、良くも悪くも表情豊かなところは、今は亡き母、ティオーレ公爵夫人に似ているのかもしれない。
ラディオルとラダベルは本当によく似ている。性別こそ違えど、顔立ちは瓜二つだ。また性格も、ラダベルは悪女だと罵られているが、双子の兄であるラディオルも相当な悪人ではないだろうか。ラダベルみたいに見境なく暴れ回った経験こそないものの、裏では様々な悪事に手を染めたり、手引きしたりしている。彼は随分と頭が切れるのだ。金城鉄壁の守りを固めるティオーレ公爵の実子として、孤高の存在と恐れられてきた。社交界でも、ジークルドやアデルほどではないが、それなりの人気を博している。しかしティオーレ公爵のように、何人にも容赦のないところを見ると、せっかくの縁談も小言を並べて片っ端から跳ね除けているのだろう。ラダベルはラディオルを心底哀れに思った。双子の妹に同情を寄せられているとは知らずして、ラディオルは笑う。
「お前とは違って俺はいくらでも候補はいるからな。心配は不要だ」
まだまだ余裕がある顔であるが、額に冷や汗が流れている。ラダベルは決してそれを見逃さない。無様にも強がるラディオルを余計に哀れだと思ったのであった。
「強がっちゃって、恥ずかしいわね」
ラダベルは感じたことをそのまま口にした。サンオレンジ色の瞳が憤懣に染まりゆく。ラダベルが愚行をする度に、今と同じように怒っていた。ラディオルは、あの頃となんも変わっていない。ラダベルを救いようのない馬鹿女だと、悪女だと責めた。責められる真似をしていたラダベルもラダベルだが。しかしあの頃の哀れなラダベルは、もうどこにもいない。ティオーレ公爵家の令嬢であり生粋の悪女であるラダベルも、どこにもいない。ここにいるのは、ジークルドを愛するルドルガー伯爵家の夫人、ラダベルだけである。
「お父様も、私ではなくラディオルに婚約者をあてがうべきでしたね。私は強制的に結婚させられたというのに……」
(今では感謝してるけど)
「ティオーレ公爵家の後継者であるラディオルこそ、配偶者様が必要でしょう。それもとびっきり心の広い、お優しい配偶者様が」
ラダベルは口元に手を当てながら、クスクスと嘲り笑う。侮辱されていると受け取ったラディオルは、憤怒をあらわにする。ティオーレ公爵は顎に手を添え、暫し考える仕草を見せた。
「お前……黙って聞いていれば好き勝手言って……ふざけっ」
「一理あるな」
ラディオルの言葉を遮ったのは、意外にもティオーレ公爵だった。ラディオルは「へっ」と間抜けな声を漏らしながら、ティオーレ公爵を見遣る。
「家門に泥を塗るラダベルを嫁がせることに必死だったが……ラディオル、お前ももう良い年齢だ。婚約者を探すとしよう」
「ちょっ、お、お父様! それは困ります! 俺はまだ結婚など」
「あらぁ、よかったじゃない! これでティオーレ公爵家も安泰ね! 結婚式にはできれば呼ばないでほしいけど祝福くらいならしてあげるわ」
ラダベルは、上から目線でそう言った。言いくるめられてしまったラディオルは、黙り込むしかなかった。膝の上で拳を握り、怒りに震えている。そんな彼の姿は、ラダベルの気分を良くさせるには十分だった。ところが、これ以上嫌いな家族と閉鎖的な空間にいる必要性はない。ラダベルは決心して、立ち上がる。
「もう失礼してもよろしいですか? ご覧の通り、夫も第二皇子殿下も戦争の準備のため多忙なのです。用が済んだのであれば、即刻お帰りください」
ラダベルは実の家族を痛烈に跳ね除けると背を向けて扉を開けた。すると目の前には、巨大な影がかかる。見上げると、そこにはジークルドの姿があった。
「ジークルド様? なぜここに……」
「忘れ物を、してしまって」
「忘れ物……?」
ラダベルは振り返り、室内を見渡す。するとテーブルの上に白い手袋が転がっていることに気がついた。
「あぁ、手袋のことですね」
ラダベルはそれを手に取り、ジークルドに手渡す。
「どうぞ」
「………………」
ジークルドは白い手袋を見つめたまま固まる。どことなく様子のおかしい彼に、ラダベルは眉を顰めた。
「ジークルド様?」
「……あぁ、すまない、ありがとう」
ジークルドは礼を言うとその場を立ち去った。彼の後ろ姿は、どこか困惑しているようであった。それにラダベルは首を傾げる。
(ジークルド様ったら……どうしちゃったの?)
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