78 / 158
第78話 気の毒すぎる
しおりを挟む
ラダベル、ジークルド、アデル、カトリーナの四人は、客間で顔を合わせていた。張り詰めた空気はラダベルの全身を圧迫する。
「で、なぜお前がここにいる?」
「………………」
アデルに問いかけられ、カトリーナは黙する。ふわふわの生地のドレスを握りしめ、必死に涙を堪えていた。
なぜアデルはこんなにも怒っているのか。ラダベルにはその理由がよく分からなかった。
「わたくしがここに来てはいけない理由でもあるのですの?」
カトリーナは目を潤ませてアデルを見つめる。小動物の威嚇のようだ。ラダベルは不覚にも、彼女の表情を可愛らしいと感じてしまった。だがしかし、場違いにもそんな感情を抱いたのはラダベルだけで。ジークルドは無表情、アデルはカトリーナを鋭く睨んでいた。ラダベルはアデルの殺気に違和感を覚えた。果たして好きな人をそんな目で睨みつけるだろうか、と。アデルはやはり度が過ぎるツンデレだと思うのであった。
「質問の答えになっていないな。チェスター伯爵令嬢」
「……あなたを……あなたを訪ねてきたのです。あなた様がここにいると聞いてっ、いても経ってもいられなくてわざわざここまで来たのですわっ!」
カトリーナは目尻から涙を溢れさせながら叫んだ。淑女にそんなことを言わせてやるな、とラダベルはアデルをジト目で見る。
恐らく、カトリーナは心配で心配で堪らなかったのだろう。アデルが向かった先は、ここ、ジークルドの城である。ジークルドの妻は、アデルの元婚約者であるラダベルだ。戦争のためならば、アデルがジークルドのもとに向かうのも頷ける。だが、わざわざ彼が出向くほどの大戦争というわけでもない。ではなぜ、彼はジークルドのもとに向かったのか。そこには、アデルの元婚約者、ジークルドの妻であるラダベルがいる。カトリーナは、何か良からぬことが起こるのではないかと瞬時に察したのだろう。
ラダベルは誰にも気づかれぬよう、小さく溜息を吐いた。馬鹿馬鹿しい。彼女からしたら、その一言に尽きる。良からぬこと、間違いなど万にひとつどころか、億にひとつも起こるわけがないのだ。ラダベルにはもう既にジークルドしかないのだから。アデルもラダベルと結婚するという約束を果たそうとしてはいるが、それはもはや執着に近いだろう。さっさとアデルを回収して皇都に帰っていってほしいものだ。ラダベルは、大息を漏らしたのであった。
「ならば訪問してくる前に手紙の一通でも出すのが礼儀というものではないだろうか、チェスター伯爵令嬢」
「っ……! ルドルガー伯爵、申し訳ございません……。手紙を出すとしても、返事を待つ時間が惜しいと思ってしまって……本当に申し訳ございません。ご無礼をお許しください」
カトリーナは震える声で謝罪して、頭を下げた。手紙を出さずして、唐突に訪問することは無礼に当たる。カトリーナはチェスター伯爵家の当主ではない、令嬢なのだ。そして今回彼女が無礼を働いた人物は、ルドルガー伯爵家当主であり、レイティーン帝国軍極東部司令官のジークルド。同じ伯爵家であろうとも、カトリーナの無礼は決して許されない。本来であれば、カトリーナの父であるチェスター伯爵を訴えてもいいほどだ。だがジークルドは、そんなことはしない。ラダベルの予想通り、彼は長嘆息して口を開く。
「今回は大目に見る。次はないことを心得てくれ」「は、はい……。寛大な御心に感謝いたしますわ」
カトリーナは頭を下げたのであった。ジークルドはアデルに視線を送った。続いて、アデルが口を開く。
「なぜ、いても経ってもいられなくなるんだ……。ここはお前が来ていいような場所ではない。立場を弁えろよ。お前は第二皇子妃でも僕の婚約者でもない。あまり調子に乗ってくれるな」
アデルは軽蔑の眼差しを向ける。カトリーナは愕然とする。
「な、んで……そんな……」
カトリーナの絶望的な顔容を前にして、ラダベルは息を呑む。あまりにも容赦がない。カトリーナが気の毒だと思うくらいに。だからと言って、彼女を庇う気はさらさらない。ラダベルは余計な口出しはしないでおこうと口を噤んだ。
「なぜ、なぜ……」
カトリーナは震えながら問いかける。アデルは嘲笑う顔をした。
「僕と婚約できると、本気で思っていたのか?」
「で、なぜお前がここにいる?」
「………………」
アデルに問いかけられ、カトリーナは黙する。ふわふわの生地のドレスを握りしめ、必死に涙を堪えていた。
なぜアデルはこんなにも怒っているのか。ラダベルにはその理由がよく分からなかった。
「わたくしがここに来てはいけない理由でもあるのですの?」
カトリーナは目を潤ませてアデルを見つめる。小動物の威嚇のようだ。ラダベルは不覚にも、彼女の表情を可愛らしいと感じてしまった。だがしかし、場違いにもそんな感情を抱いたのはラダベルだけで。ジークルドは無表情、アデルはカトリーナを鋭く睨んでいた。ラダベルはアデルの殺気に違和感を覚えた。果たして好きな人をそんな目で睨みつけるだろうか、と。アデルはやはり度が過ぎるツンデレだと思うのであった。
「質問の答えになっていないな。チェスター伯爵令嬢」
「……あなたを……あなたを訪ねてきたのです。あなた様がここにいると聞いてっ、いても経ってもいられなくてわざわざここまで来たのですわっ!」
カトリーナは目尻から涙を溢れさせながら叫んだ。淑女にそんなことを言わせてやるな、とラダベルはアデルをジト目で見る。
恐らく、カトリーナは心配で心配で堪らなかったのだろう。アデルが向かった先は、ここ、ジークルドの城である。ジークルドの妻は、アデルの元婚約者であるラダベルだ。戦争のためならば、アデルがジークルドのもとに向かうのも頷ける。だが、わざわざ彼が出向くほどの大戦争というわけでもない。ではなぜ、彼はジークルドのもとに向かったのか。そこには、アデルの元婚約者、ジークルドの妻であるラダベルがいる。カトリーナは、何か良からぬことが起こるのではないかと瞬時に察したのだろう。
ラダベルは誰にも気づかれぬよう、小さく溜息を吐いた。馬鹿馬鹿しい。彼女からしたら、その一言に尽きる。良からぬこと、間違いなど万にひとつどころか、億にひとつも起こるわけがないのだ。ラダベルにはもう既にジークルドしかないのだから。アデルもラダベルと結婚するという約束を果たそうとしてはいるが、それはもはや執着に近いだろう。さっさとアデルを回収して皇都に帰っていってほしいものだ。ラダベルは、大息を漏らしたのであった。
「ならば訪問してくる前に手紙の一通でも出すのが礼儀というものではないだろうか、チェスター伯爵令嬢」
「っ……! ルドルガー伯爵、申し訳ございません……。手紙を出すとしても、返事を待つ時間が惜しいと思ってしまって……本当に申し訳ございません。ご無礼をお許しください」
カトリーナは震える声で謝罪して、頭を下げた。手紙を出さずして、唐突に訪問することは無礼に当たる。カトリーナはチェスター伯爵家の当主ではない、令嬢なのだ。そして今回彼女が無礼を働いた人物は、ルドルガー伯爵家当主であり、レイティーン帝国軍極東部司令官のジークルド。同じ伯爵家であろうとも、カトリーナの無礼は決して許されない。本来であれば、カトリーナの父であるチェスター伯爵を訴えてもいいほどだ。だがジークルドは、そんなことはしない。ラダベルの予想通り、彼は長嘆息して口を開く。
「今回は大目に見る。次はないことを心得てくれ」「は、はい……。寛大な御心に感謝いたしますわ」
カトリーナは頭を下げたのであった。ジークルドはアデルに視線を送った。続いて、アデルが口を開く。
「なぜ、いても経ってもいられなくなるんだ……。ここはお前が来ていいような場所ではない。立場を弁えろよ。お前は第二皇子妃でも僕の婚約者でもない。あまり調子に乗ってくれるな」
アデルは軽蔑の眼差しを向ける。カトリーナは愕然とする。
「な、んで……そんな……」
カトリーナの絶望的な顔容を前にして、ラダベルは息を呑む。あまりにも容赦がない。カトリーナが気の毒だと思うくらいに。だからと言って、彼女を庇う気はさらさらない。ラダベルは余計な口出しはしないでおこうと口を噤んだ。
「なぜ、なぜ……」
カトリーナは震えながら問いかける。アデルは嘲笑う顔をした。
「僕と婚約できると、本気で思っていたのか?」
19
お気に入りに追加
1,664
あなたにおすすめの小説
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?
シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。
……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

ぽっちゃり令嬢の異世界カフェ巡り~太っているからと婚約破棄されましたが番のモフモフ獣人がいるので貴方のことはどうでもいいです~
翡翠蓮
ファンタジー
幼い頃から王太子殿下の婚約者であることが決められ、厳しい教育を施されていたアイリス。王太子のアルヴィーンに初めて会ったとき、この世界が自分の読んでいた恋愛小説の中で、自分は主人公をいじめる悪役令嬢だということに気づく。自分が追放されないようにアルヴィーンと愛を育もうとするが、殿下のことを好きになれず、さらに自宅の料理長が作る料理が大量で、残さず食べろと両親に言われているうちにぶくぶくと太ってしまう。その上、両親はアルヴィーン以外の情報をアイリスに入れてほしくないがために、アイリスが学園以外の外を歩くことを禁止していた。そして十八歳の冬、小説と同じ時期に婚約破棄される。婚約破棄の理由は、アルヴィーンの『運命の番』である兎獣人、ミリアと出会ったから、そして……豚のように太っているから。「豚のような女と婚約するつもりはない」そう言われ学園を追い出され家も追い出されたが、アイリスは内心大喜びだった。これで……一人で外に出ることができて、異世界のカフェを巡ることができる!?しかも、泣きながらやっていた王太子妃教育もない!?カフェ巡りを繰り返しているうちに、『運命の番』である狼獣人の騎士団副団長に出会って……

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜
青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ
孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。
そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。
これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。
小説家になろう様からの転載です!
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる