【完結】死にたくないので婚約破棄したのですが、直後に辺境の軍人に嫁がされてしまいました 〜剣王と転生令嬢〜

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第77話 対立

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「お久しぶりですわね、ティオーレ公爵令嬢。あら、失礼……。ルドルガー伯爵夫人でしたわね」

 カトリーナは莞爾として笑う。彼女の笑みを見たラダベルは、ティオーレ公爵家令嬢としてではなく、帝国軍極東部の司令官“剣王”の妻として、一歩前に出る。

「お久しぶりですね、チェスター伯爵令嬢。再会することができて光栄です」

 ラダベルは喜色満面となる。さすがはラダベル。大人の対応だ。

「ところで、ちまたの噂では第二皇子殿下との婚約成立が目前と言われておりますが……いつ頃ご婚約されるのでしょうか?」

 悪気など一切含まれていないです、とでも言いたげに、キラッキラッと輝く表情でそう言った。そこには悪気しかないのだが。
 痛いところを突かれたのか、カトリーナの笑みに歪みが入る。

「さぁ、わたくしにも分かりませんわ。何せ第二皇子殿下は多忙なお方ですから」

 ラダベルの攻撃をひらりと躱すカトリーナ。ぽってりとした桜色の唇に人の悪い笑みが浮かべられる。

「わたくしと第二皇子殿下が婚約をしましたら、その結婚式にルドルガー伯爵夫人もお呼びいたしましょう。かつて、想いを寄せたご婚約者様の結婚を間近で見ることは、いささか心苦しいとは思いますが……祝福してくださいますよね?」

 カトリーナがラダベルを煽り散らかす。だがラダベルは、その煽りには動揺しない。何せ彼女はもう、アデルのことなど好きではないのだから。微塵も、である。カトリーナには悪いが、心苦しさも何も存在しない。むしろアデルとカトリーナの結婚式に、愛する夫であるジークルドと共に出席ができることが楽しみで楽しみで仕方がないのだ。

「もちろんです。心から祝福させていただきます。我が夫と共に」

 ラダベルは胸に手を当てたあと、ジークルドに目を向ける。ジークルドは彼女の視線に気がつき、ふわっと破顔すると、羞恥に耐えながら彼女のこめかみに柔らかいキスを落とした。

「なっ……!?」

 それを見て声を荒らげたのは、カトリーナだった。白粉おしろいを塗りたくった頬が真っ赤に染まる。

「あの噂は本当だったのですわね……!」

 カトリーナは、悔しげに吐き捨てた。どこからか取り出したハンカチを口元まで持っていくが、それを噛むのを寸前で堪える。軽く咳払いをして、傍らに立つ侍女にハンカチを預けた。
 レイティーン帝国には、とある噂が蔓延《はびこ》っている。それは、第二皇子アデルの元婚約者であり悪女と名高いラダベルが、新たな嫁ぎ先である“剣王”に溺愛できあいされているという噂だ。もちろんラダベルは、自身がジークルドに熱く愛されているという根も葉もない噂が流れていることなど知る由もない。

(なんの噂よ)

 ラダベルが心の中で呟いた直後――。

「なぜお前がここにいる」

 アデルの低音の声が響く。ラダベルとカトリーナは、肩を震わせ喫驚する。アデルはカトリーナに向かって、殺気を放った。ラダベルの目前に広がるのは、戦場。ところどころに転がるのは先程まで人であった骸。それを積み上げたのは、ほかでもないアデル。“麗しの戦皇子”。華やかな見た目とは裏腹に、彼の剣舞けんぶは敵を惨殺する。そんな彼を戦場で目の当たりにしたかのような幻覚に、ラダベルは息を呑む。カトリーナは、最高峰さいこうほうの軍人の殺気をもろに受け、その場に腰を抜かして倒れそうになるが、ウィルが咄嗟に彼女を支える。ラダベルは、ジークルドによって庇われた。

「あ、アデル、様……」
「僕を名で呼ぶな。それを貴様に許可した覚えはない」

 アデルは一歩一歩、歩を進める。憤怒に支配される彼を見て、ラダベルは疑問を抱いた。なぜそんなにも、カトリーナに対して怒っているのか、と。勝手に訪ねてきたからか? いやそれは、アデルも同じだろう。この城は、ジークルドのものなのだから、カトリーナもアデルも礼儀を払わなければならない。百歩譲ってアデルは許されるが、一介の伯爵令嬢であるカトリーナは許されない。しかし礼儀を欠いたカトリーナに怒るべきなのは、アデルではなく、ジークルドだろう。

「質問に答えろ、チェスター伯爵令嬢」
「も、申し訳、ございません」
「謝罪を望んでいるわけではない。質問に答えろと言っている。答えないのならば、無理やり吐かせて、」
「元帥」

 暴走しようとするアデルを止めたのは、ジークルドだった。

「なんだ」
「場所を移動しましょう。ここではさすがに、まずいかと」

 ジークルドが周囲を見渡す素振りを見せる。周囲には、使用人たちや軍人たちの姿があった。皆、何事か、と立ち止まっている。それを視界に入れたアデルは舌打ちをする。あらぶる自分を抑え込んでいるようだ。

「分かった、移動するぞ」

 アデルがそう言うと、ジークルドは頷く。標的とされていたカトリーナは、ひとまず助かったと安堵した。
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