【完結】死にたくないので婚約破棄したのですが、直後に辺境の軍人に嫁がされてしまいました 〜剣王と転生令嬢〜

I.Y

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第75話 あなたを信じたい

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「ジークルド、様……?」

 ラダベルはジークルドを見上げ、名を口にした。ジークルドは、彼女を見下ろす。酷く不快だという感情と彼女とキスができて嬉しいという感情を剥き出しになる。先程まで触れていた薄めの唇が熱い息を漏らした。

「俺の妻は、ラダベル、お前だけだ」

 屈曲のない、美しくまっすぐな言の葉。ラダベルの心を大きく揺さぶる。ジークルドは彼女の肩に触れ、するりと撫でる。そして紅葉を散らす頬に、手のひらを添える。

「愛人もいない。生涯作るつもりもない。分かったか?」

 ジークルドの諭すような、だがどこか念押しするような声色に、ラダベルは怖々と頷く。切れ長の目は、嘘をついていない。真剣そのものであった。
 まさか、ジークルドには、自分だけだというのか。それはさすがに信じがたいだろう。そんなはずはないのだから。ジークルドは、レイティーン帝国内の貴族令嬢はもちろん、他国の令嬢方や皇女、王女、平民の女性まで、ありとあらゆる女性の注目を集めている。結婚適齢期を大幅に過ぎたとしても、彼を夫にしたい女性は何百、何千といるだろう。別にラダベルでなくても良いし、ラダベルひとりに絞る必要性などない。
 世の女性が喉から手が出るほど欲している優良物件なのに、ジークルドの唯一は自分だけだと? 万にひとつもありえないのではなかろうか。そうだ、ラダベル。簡単に騙されてはいけない。ジークルドの言葉を鵜呑うのみにして、万が一彼が別の女性と繋がっていると知ってしまったら最後、きっとラダベルは平常心ではいられなくなる。多くの子を残す役目があるジークルドは何も悪くないはずなのに、心が揺さぶられてしまう。どうしようもないほど、酷くショックを受けてしまうだろう。
 ラダベルがジークルドから目を逸らして視界を閉ざした時、脳裏によぎるジークルドの言葉。

『正直まだ疑っている部分はあるが、お前の言葉は信じたい』

 ジークルドを信じられないラダベル。対してジークルドは、自身のことを信じてくれている。ならば自分も、それ相応の信頼を返すべきではないのか。ラダベルは、そう思った。
 目を開き、ジークルドの腕を掴む。

「ジークルド様が私を信じてくれたように、私もジークルド様のことを信じたいです」

 食い気味に告げると、ジークルドは柔らかな笑みを浮かべた。優しさに満ちた微笑みは、ラダベルの心を徐々に侵食していく。

(なんて、綺麗な微笑みなの)

 ラダベルは、心の中で呟く。ジークルドの微笑みに惹かれるがまま、自然と手を伸ばしていた。手のひら全体で、頬に触れる。ジークルドは瞳を閉じて、ラダベルの手に擦り寄った。“剣王”と呼ばれる軍人が見せるとは到底考えられない甘えたな仕草に、ラダベルは緊張状態に陥った。とてつもなく可愛い仕草だ。髪色と同色の長い睫毛が細かく震える。その直後、緩慢に目が開かれた。雪のように白い睫毛の下から美しい紫色の宝石が現れ、ラダベルの心臓がしめつけられる。

「ジークルド様……」

 ラダベルは顔を赤く染め上げ、ジークルドの頬から手を離れようとする。しかし手を重ねられ、身動きが取れなくなってしまった。ラダベルが挙動不審になっていると、隙を突かれてキスをされてしまう。

「ん、はっ……」

 必死にキスの合間に、息継ぎを試みる。だが、息をする暇もない。吐息ごと、ジークルドに食べられる。ラダベルはなんとかそれに応える。
 長く短いキスを終えて、唇が離れる。互いの間を銀糸が繋ぐ。ジークルドは親指でそれを拭い、ぺろりと舐め取った。色っぽい仕草を前にして、ラダベルの下半部は疼く。まだ朝なのに、昨日繋がったばかりなのに、一度湧き上がった熱は、治まることを知らない。ラダベルがジークルドにもう片方の手を伸ばして、キスをせがもうとしたその瞬間、手首を掴まれ、キスされる。ジークルドの強引さに、ラダベルの胸は高鳴った。彼との口づけは、ラダベルの体に熱を与え続けたのであった。


 朝食を食べ終わったラダベルとジークルドは、ふたりで城内を歩いていた。ふたりが向かう先は、城の隣にある軍施設。このあとジークルドは仕事に向かうそう。昨日戦争から帰ってきたばかりだというのに休日はないのか、と若干不満を感じていたラダベルだが、仕方がない。戦争から帰ってきたばかりだからこそ、何かと後処理をしなければならないのだろう。

「ジークルド様、ご体調は大丈夫ですか?」
「あぁ、問題ない」
「あまりご無理をなさらないでくださいね……」
「心配するな」

 ジークルドは、ラダベルの髪を優しく撫でた。ラダベルはそれに気恥ずかしくなって照れ笑いをする。その時、前方に何者かがいることに気がついた。そこには瞠目したアデルがいる。部下たちはいない。彼ひとりだ。

「ラダベル……」

 アデルがラダベルの名を呟いた。
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