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第66話 約束の真相
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ラダベルは、紅茶の水面に映る自分を見つめる。優しい色味の紅茶だ。
「飲まないのか?」
「っ……。ありがたく、いただきます」
ラダベルは、そっと紅茶を飲む。ほんのりと柔らかい風味だ。紅茶が一級品であるのと同時に、アデルの紅茶の淹れ方も一流である。
「美味しい……」
思わずぽつりと漏れていた声。それにすかさず反応を示したアデルは、勢いよく顔を上げる。喜びに満ちた少年のような表情。純粋無垢というにふさわしい面様に、ラダベルは度肝を抜かれる。アデルは自身の顔の緩みに気がついたのか、即座に表情筋を引きしめ、ゴホンと激しく咳払いして誤魔化す。
「ま、まぁ、この僕が直々に淹れたのだから美味いのは当たり前のことだな」
アデルは言い訳をして、紅茶を一気に飲んだ。男らしくも、上品さが溢れる。そんな彼を、ラダベルは刮目した。
性格は難ありだが、顔面だけを評価すれば、ジークルドに負けず劣らない。中央で分けられたゴールデンブロンドの髪は、絹のようにサラサラと流れ落ちる。ウォーターブルーの瞳は、湖よりも澄み渡っている。ジークルドとは系統の違う美男子。まだまだ成熟した男らしさというものはなく幼さは残っているが、十二分に美しい。吹き出物のひとつもない白い頬に、紅葉を散らしている。
「なんだ」
見つめられていることを悟ったのか、アデルは居心地が悪そうに眉間に皺を寄せた。
(前の私、ラダベルが知らなかっただけで、この方は意外にも可愛らしい方なんだわ)
ラダベルはそう思う。
記憶にあまりない物語にも、アデルはだいぶツン多めのツンデレとして描かれていた気がする。恋人であるカトリーナに対しても、ツンデレぶりを発揮していた。しかし、ラダベルに対しては完全に塩対応だったはずだ。ところが、今はどうだろうか。まるで、愛する人であるカトリーナに向けるような、そんな態度ではないか。
(いやいやいや、そんな、まさかね……。そんなわけないわよ)
ラダベルは、心の中で必死に否定する。彼女の額に冷や汗が薄らと浮き出る。
ラダベルの魂が変わった、別の世界から転生したことにより、原作の物語とは別の方向に進んでいる。アデルがカトリーナと婚約、結婚したという話は、未だ聞いていない。ラダベルも死のルートではなく、ジークルドと結婚するという新しいルートに突入している。そのため現時点において、アデルがカトリーナと結婚するという確証は、ない――。
ラダベルは、怖々とアデルを見遣る。バチッとかち合う視線。ふたりの間に、火花が散る。その瞬間、彼女の脳内に浮かんだのは、かつてのアデルの宣言であった。
『僕は、絶対にあの日の約束を果たす』
あの日の約束とは、なんなのか。ラダベルの記憶にはない。だがアデルにとっては、重要な何かなのだろう。そう思ったラダベルは、アデルから視線を逸らさず、彼を一心に見つめ続けた。アデルはティーカップをソーサーの上に置き、ラダベルにしっかり向き直る。
「ラダベル」
「……はい」
ラダベルは、短く返事をする。心臓の音がうるさい。やけに静まり返った空間が気持ち悪く感じる。アデルの桃色に染まる唇が緩慢に開かれた。
「幼き頃、皇城の庭園でした約束を、覚えているか」
アデルの質問に、ラダベルは首を傾げる。アデルに問いかけられようとも、やはり覚えていないものは覚えていない。変に嘘をつくと面倒なことになる。素直に分からないとはっきり答えようとした瞬間、ついこの間見たとある夢の存在を思い出した。
『仕方がないから、結婚の約束をしてやる! それ以上暴れられたら溜まったものじゃないからな!』
幼いアデルは頬を赤らめながら、ラダベルにそう言ったはず。ラダベルは目を見開いた。そして口元を両手でガバッと覆い隠す。夢だと思っていたものは、夢ではなかったのだ。脳裏に鮮明に浮かんできた記憶に、狼狽える。
(約束って、結婚のこと!?)
ラダベルは胸中で叫ぶ。アデルが言う約束とは、「結婚」のことであったのだ。あまりの衝撃度に、ラダベルは餌を求める魚の如く口を開閉する。
「その様子なら、覚えているみたいだな。僕はその時の約束を必ず果たす」
「だ、第二皇子殿下……お待ちくださいっ」
「いいや、待たない」
アデルは立ち上がり、ラダベルに近寄る。ラダベルは、ソファーの上にてゆっくりと後退る。アデルがソファーの背に、手を置き身を屈めた。眼前に迫る端整な顔立ち。やたらと彼の美貌が輝いて見える。
「ラダベル。僕と結婚しろ」
虚偽のない、まっすぐな一言。ラダベルは大きく心を揺さぶられながらも、真っ向から断ろうと口を開くと……。卒然とノックもなしに客室の扉が開かれた。
「飲まないのか?」
「っ……。ありがたく、いただきます」
ラダベルは、そっと紅茶を飲む。ほんのりと柔らかい風味だ。紅茶が一級品であるのと同時に、アデルの紅茶の淹れ方も一流である。
「美味しい……」
思わずぽつりと漏れていた声。それにすかさず反応を示したアデルは、勢いよく顔を上げる。喜びに満ちた少年のような表情。純粋無垢というにふさわしい面様に、ラダベルは度肝を抜かれる。アデルは自身の顔の緩みに気がついたのか、即座に表情筋を引きしめ、ゴホンと激しく咳払いして誤魔化す。
「ま、まぁ、この僕が直々に淹れたのだから美味いのは当たり前のことだな」
アデルは言い訳をして、紅茶を一気に飲んだ。男らしくも、上品さが溢れる。そんな彼を、ラダベルは刮目した。
性格は難ありだが、顔面だけを評価すれば、ジークルドに負けず劣らない。中央で分けられたゴールデンブロンドの髪は、絹のようにサラサラと流れ落ちる。ウォーターブルーの瞳は、湖よりも澄み渡っている。ジークルドとは系統の違う美男子。まだまだ成熟した男らしさというものはなく幼さは残っているが、十二分に美しい。吹き出物のひとつもない白い頬に、紅葉を散らしている。
「なんだ」
見つめられていることを悟ったのか、アデルは居心地が悪そうに眉間に皺を寄せた。
(前の私、ラダベルが知らなかっただけで、この方は意外にも可愛らしい方なんだわ)
ラダベルはそう思う。
記憶にあまりない物語にも、アデルはだいぶツン多めのツンデレとして描かれていた気がする。恋人であるカトリーナに対しても、ツンデレぶりを発揮していた。しかし、ラダベルに対しては完全に塩対応だったはずだ。ところが、今はどうだろうか。まるで、愛する人であるカトリーナに向けるような、そんな態度ではないか。
(いやいやいや、そんな、まさかね……。そんなわけないわよ)
ラダベルは、心の中で必死に否定する。彼女の額に冷や汗が薄らと浮き出る。
ラダベルの魂が変わった、別の世界から転生したことにより、原作の物語とは別の方向に進んでいる。アデルがカトリーナと婚約、結婚したという話は、未だ聞いていない。ラダベルも死のルートではなく、ジークルドと結婚するという新しいルートに突入している。そのため現時点において、アデルがカトリーナと結婚するという確証は、ない――。
ラダベルは、怖々とアデルを見遣る。バチッとかち合う視線。ふたりの間に、火花が散る。その瞬間、彼女の脳内に浮かんだのは、かつてのアデルの宣言であった。
『僕は、絶対にあの日の約束を果たす』
あの日の約束とは、なんなのか。ラダベルの記憶にはない。だがアデルにとっては、重要な何かなのだろう。そう思ったラダベルは、アデルから視線を逸らさず、彼を一心に見つめ続けた。アデルはティーカップをソーサーの上に置き、ラダベルにしっかり向き直る。
「ラダベル」
「……はい」
ラダベルは、短く返事をする。心臓の音がうるさい。やけに静まり返った空間が気持ち悪く感じる。アデルの桃色に染まる唇が緩慢に開かれた。
「幼き頃、皇城の庭園でした約束を、覚えているか」
アデルの質問に、ラダベルは首を傾げる。アデルに問いかけられようとも、やはり覚えていないものは覚えていない。変に嘘をつくと面倒なことになる。素直に分からないとはっきり答えようとした瞬間、ついこの間見たとある夢の存在を思い出した。
『仕方がないから、結婚の約束をしてやる! それ以上暴れられたら溜まったものじゃないからな!』
幼いアデルは頬を赤らめながら、ラダベルにそう言ったはず。ラダベルは目を見開いた。そして口元を両手でガバッと覆い隠す。夢だと思っていたものは、夢ではなかったのだ。脳裏に鮮明に浮かんできた記憶に、狼狽える。
(約束って、結婚のこと!?)
ラダベルは胸中で叫ぶ。アデルが言う約束とは、「結婚」のことであったのだ。あまりの衝撃度に、ラダベルは餌を求める魚の如く口を開閉する。
「その様子なら、覚えているみたいだな。僕はその時の約束を必ず果たす」
「だ、第二皇子殿下……お待ちくださいっ」
「いいや、待たない」
アデルは立ち上がり、ラダベルに近寄る。ラダベルは、ソファーの上にてゆっくりと後退る。アデルがソファーの背に、手を置き身を屈めた。眼前に迫る端整な顔立ち。やたらと彼の美貌が輝いて見える。
「ラダベル。僕と結婚しろ」
虚偽のない、まっすぐな一言。ラダベルは大きく心を揺さぶられながらも、真っ向から断ろうと口を開くと……。卒然とノックもなしに客室の扉が開かれた。
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