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第65話 紅茶
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アデルの涙を目撃してから、三日後。ラダベルは、彼に極力会わぬよう、細心の注意を払いながら生活を送っていた。
アデルが送った援軍の効果もあって、ルシュ王国との戦争は終結。ジークルド率いる極東軍が規格外の強さを見せ、ルシュ王国軍を壊滅させたのだという。今回の件で、ルシュ王国側についたヴォレン王国も厳しく粛清されるだろう。ジークルドが帰ってくる日まで、あと少しだ。早く、彼に会いたい。そんな思いを胸に秘めながら、ラダベルは自身の宮、庭園に面する廊下を歩いていた。そよ風に揺れる草木が美しい。城内にアデルがいるとは思えないほどに、穏やかな時間。夏風に誘われて、このままアデルの存在までも忘れてしまうことができたらいいのに。
ラダベルが心地良さに目を閉じた直後、どこからか軍人たちとセリーヌの声が聞こえてきた。何か言い争うような声色。違和感を覚えたラダベルは、柱の陰から顔を覗かせた。視線の先には、想像通りセリーヌと軍人たちがいる。彼女たちの会話にそば耳を立てた。
「第二皇子殿下がルドルガー伯爵夫人との面会を希望しておられます」
「ですからそれは、奥様に一度確認をしないと……」
どうやらアデルの部下たちがセリーヌに詰め寄っているみたいだ。それを見たラダベルは、聞こえぬようフンと鼻を鳴らす。
(今さら何よ……。私は会いたくなんてないんだけど)
心の中で呟きながら振り向く。すると、目の前に大きな影が現れる。ラダベルが影の持ち主を見上げると、なんとそこには軽装の軍服を着たアデルが立っていた。
「第二皇子殿下……」
「久しぶりだな」
久しぶりと言っても、僅か三日ぶりだ。ラダベルは警戒心をあらわにして、アデルを睨みつける。
「ここは伯爵夫人が住まう宮でございます。第二皇子殿下と言えど、気安く入っていい場所では、」
「それは知らなかった。何せ僕は、城の案内も受けていないからな」
毒を塗りこんだような痛い指摘に、ラダベルは黙り込むほかなかった。確かにアデルには、この宮が伯爵夫人が住まう宮であるということは一度も言っていない。間違って入ってしまっても、咎められない。
ラダベルは顔を背ける。
「ラダベル、少し付き合ってくれ」
「え……ちょ、」
アデルは唐突にラダベルの手を掴んで、歩き出す。ラダベルの手を握る彼の手は尋常ではないほどに優しい。これまでの彼からは、まったく想像できなかったこと。ラダベルはアデルが見せた優しさに、戸惑うしかなかったのであった。
アデルに連れて来られたのは、来客用の宮の客間。アデルが寝泊まりしている客室とは別の部屋である。
アデルとふたりきりになる場は、これまで何度もあった。しかし今では、以前と立場が違う。ラダベルとアデルは、婚約者ではなくなったのだ。そして、ラダベルは人妻でもある。元婚約者とは言え、同じ部屋にふたりきりになるなど、あっていいことなのだろうか。ラダベルは警戒心を全開にして、アデルの正面のソファーに腰掛けた。豪華なテーブルの上には、ティーセットが準備してある。
アデルは手馴れた様子で、紅茶を準備し始めた。彼の奇妙な行動に、ラダベルは目を見開く。
「第二皇子殿下、何をされているのですか?」
「見て分からないか? 紅茶の準備だろう」
「わ、分かりますけど……」
「黙って座っていろ」
アデルは優しい声色でそう言うと、カップに紅茶を注ぎ入れた。良い香りが漂う。暑い季節にはぴったりの爽やかな香りだ。
以前までは、一緒に過ごす機会があったとしても、ろくに自分から動くことなどしなかったのに……。ドカッと椅子に腰掛けて、「茶はまだか?」と催促するような人間であったのに。一体どんな心変わりか。ラダベルはアデルが淹れてくれた紅茶を見つめることしかできなかったのであった。
アデルが送った援軍の効果もあって、ルシュ王国との戦争は終結。ジークルド率いる極東軍が規格外の強さを見せ、ルシュ王国軍を壊滅させたのだという。今回の件で、ルシュ王国側についたヴォレン王国も厳しく粛清されるだろう。ジークルドが帰ってくる日まで、あと少しだ。早く、彼に会いたい。そんな思いを胸に秘めながら、ラダベルは自身の宮、庭園に面する廊下を歩いていた。そよ風に揺れる草木が美しい。城内にアデルがいるとは思えないほどに、穏やかな時間。夏風に誘われて、このままアデルの存在までも忘れてしまうことができたらいいのに。
ラダベルが心地良さに目を閉じた直後、どこからか軍人たちとセリーヌの声が聞こえてきた。何か言い争うような声色。違和感を覚えたラダベルは、柱の陰から顔を覗かせた。視線の先には、想像通りセリーヌと軍人たちがいる。彼女たちの会話にそば耳を立てた。
「第二皇子殿下がルドルガー伯爵夫人との面会を希望しておられます」
「ですからそれは、奥様に一度確認をしないと……」
どうやらアデルの部下たちがセリーヌに詰め寄っているみたいだ。それを見たラダベルは、聞こえぬようフンと鼻を鳴らす。
(今さら何よ……。私は会いたくなんてないんだけど)
心の中で呟きながら振り向く。すると、目の前に大きな影が現れる。ラダベルが影の持ち主を見上げると、なんとそこには軽装の軍服を着たアデルが立っていた。
「第二皇子殿下……」
「久しぶりだな」
久しぶりと言っても、僅か三日ぶりだ。ラダベルは警戒心をあらわにして、アデルを睨みつける。
「ここは伯爵夫人が住まう宮でございます。第二皇子殿下と言えど、気安く入っていい場所では、」
「それは知らなかった。何せ僕は、城の案内も受けていないからな」
毒を塗りこんだような痛い指摘に、ラダベルは黙り込むほかなかった。確かにアデルには、この宮が伯爵夫人が住まう宮であるということは一度も言っていない。間違って入ってしまっても、咎められない。
ラダベルは顔を背ける。
「ラダベル、少し付き合ってくれ」
「え……ちょ、」
アデルは唐突にラダベルの手を掴んで、歩き出す。ラダベルの手を握る彼の手は尋常ではないほどに優しい。これまでの彼からは、まったく想像できなかったこと。ラダベルはアデルが見せた優しさに、戸惑うしかなかったのであった。
アデルに連れて来られたのは、来客用の宮の客間。アデルが寝泊まりしている客室とは別の部屋である。
アデルとふたりきりになる場は、これまで何度もあった。しかし今では、以前と立場が違う。ラダベルとアデルは、婚約者ではなくなったのだ。そして、ラダベルは人妻でもある。元婚約者とは言え、同じ部屋にふたりきりになるなど、あっていいことなのだろうか。ラダベルは警戒心を全開にして、アデルの正面のソファーに腰掛けた。豪華なテーブルの上には、ティーセットが準備してある。
アデルは手馴れた様子で、紅茶を準備し始めた。彼の奇妙な行動に、ラダベルは目を見開く。
「第二皇子殿下、何をされているのですか?」
「見て分からないか? 紅茶の準備だろう」
「わ、分かりますけど……」
「黙って座っていろ」
アデルは優しい声色でそう言うと、カップに紅茶を注ぎ入れた。良い香りが漂う。暑い季節にはぴったりの爽やかな香りだ。
以前までは、一緒に過ごす機会があったとしても、ろくに自分から動くことなどしなかったのに……。ドカッと椅子に腰掛けて、「茶はまだか?」と催促するような人間であったのに。一体どんな心変わりか。ラダベルはアデルが淹れてくれた紅茶を見つめることしかできなかったのであった。
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