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第63話 思わぬ来客
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ジークルドが戦争に出発してから、約二週間ほどが経った頃。ラダベルは日々、彼の無事を祈りながら、城でひとり過ごしていた。彼がいない間に好き勝手しようなどという考えはまったくない。城の外へ、一歩も出ることなく、城内でできることを見つけて長閑な生活を送っていた。
今日は庭園にある湖、その中心に佇む神聖なガゼボで、お茶を飲みながら読書している。吹き抜けの造りは、爽やかな風を通してくれる。本に集中している中でも、頭に浮かぶのはジークルドのことばかりだ。なかなか物語に入り込むことができない。
セリーヌから聞いた話によると、我が軍が優勢にあるらしい。あと一週間もあれば、ルシュ王国軍に勝利できるという。事実かは分からないが、期待したいものだ。ルシュ王国には、ありとあらゆる戦闘に優れた精鋭部隊がいるが、彼らとてジークルドには適わなかったのだろうか。ラダベルは今一度、強くジークルドの無事を願う。神はいつだって残酷な運命を彼女に強いてきたが、こればかりは譲れない、許容できない。ラダベルは、そう思った。
その時、どこからか飛んできた花弁が紅茶の中に入る。ぽちゃん、と音を立てて揺れる水面。美しい光景に、ラダベルが微笑む。すると、何者かがガゼボに通ずる橋を歩いてくることに気がついた。ラダベルは音がする方向を見遣る。太陽の光が舞う、昼過ぎの時間帯。光を存分に浴びる金髪が輝きを放った。漆黒の軍服に、漆黒のマント。金髪の前髪の隙間から覗く青い瞳がとてつもなく綺麗だ。
アデルだ。アデルがいる。彼は、ガゼボに入る一歩手前で立ち止まった。彼の手には、純白の紙に包まれた白い花々が握られている。白薔薇だった。
「なぜ、あなたがここに……」
ラダベルは信じられないという目でアデルを注視する。傍から見たふたりの光景は、まるでおとぎ話に出てくる主人公たちのように華麗であった。
「これを、お前に」
アデルがガゼボに踏み込む。渡されるがままに、ラダベルは白薔薇の花束を受け取る。それに少しだけ顔を埋めると、良い香りがする。アデルがなぜここに。こんなにも立派な白薔薇の花束をなぜ自分に。聞きたいことはたくさんあるのに、何ひとつとしてそれが口から出ることはない。それほど、衝撃的であったから。よく見ると、アデルの頬が酷く赤く染まっている。どうやら、勇気を出して花束を渡してくれたようだ。ラダベルは、一応礼は言うべきだと口を開く。
「ありがとうございます」
そう言うと、アデルはパッと顔を上げて、キラキラした目をして見せた。子供のように素直で無邪気なアデル。その姿を見て、ラダベルは思わず笑った。彼女の笑顔を見れて、アデルはどこか嬉しそうだ。
その時、ラダベルはアデルの背後、花が作り上げた道の陰から顔を覗かせている軍人たちの姿に気がつく。恐らくアデルの部下たちだろう。それを見てラダベルは、問いかける。
「ルシュ王国との戦争のために遥々ここまでやって来たのですか?」
「……そうだ。ジークルドもなかなかに大変だと聞いたからな、中央軍から援軍を送ってやることにした」
アデルの援軍があれば、ジークルドの勝利も目前だろう。生きて帰ってくることができると安堵するのであった。しかし、ひとつ気にかかる。
「では、第二皇子殿下はなぜここに?」
「………………」
「援軍を派遣するだけでいいはずですが、なぜあなた様まで……」
ラダベルは眉間に皺を寄せる。先程までの柔らかい空気が一変。不穏な空気が漂った。
「別に……なんでもいいだろう」
アデルは顔を背ける。
「戦争の間はここに滞在する」
「……はい? 戦場に行かないのですか?」
「僕がわざわざ出向くほどではない」
アデルはそれだけ言うと背を向けた。そして、振り返る。
「せいぜいもてなしてくれ、ラダベル」
そう言って、いたずらっ子のように笑ったのだった。
今日は庭園にある湖、その中心に佇む神聖なガゼボで、お茶を飲みながら読書している。吹き抜けの造りは、爽やかな風を通してくれる。本に集中している中でも、頭に浮かぶのはジークルドのことばかりだ。なかなか物語に入り込むことができない。
セリーヌから聞いた話によると、我が軍が優勢にあるらしい。あと一週間もあれば、ルシュ王国軍に勝利できるという。事実かは分からないが、期待したいものだ。ルシュ王国には、ありとあらゆる戦闘に優れた精鋭部隊がいるが、彼らとてジークルドには適わなかったのだろうか。ラダベルは今一度、強くジークルドの無事を願う。神はいつだって残酷な運命を彼女に強いてきたが、こればかりは譲れない、許容できない。ラダベルは、そう思った。
その時、どこからか飛んできた花弁が紅茶の中に入る。ぽちゃん、と音を立てて揺れる水面。美しい光景に、ラダベルが微笑む。すると、何者かがガゼボに通ずる橋を歩いてくることに気がついた。ラダベルは音がする方向を見遣る。太陽の光が舞う、昼過ぎの時間帯。光を存分に浴びる金髪が輝きを放った。漆黒の軍服に、漆黒のマント。金髪の前髪の隙間から覗く青い瞳がとてつもなく綺麗だ。
アデルだ。アデルがいる。彼は、ガゼボに入る一歩手前で立ち止まった。彼の手には、純白の紙に包まれた白い花々が握られている。白薔薇だった。
「なぜ、あなたがここに……」
ラダベルは信じられないという目でアデルを注視する。傍から見たふたりの光景は、まるでおとぎ話に出てくる主人公たちのように華麗であった。
「これを、お前に」
アデルがガゼボに踏み込む。渡されるがままに、ラダベルは白薔薇の花束を受け取る。それに少しだけ顔を埋めると、良い香りがする。アデルがなぜここに。こんなにも立派な白薔薇の花束をなぜ自分に。聞きたいことはたくさんあるのに、何ひとつとしてそれが口から出ることはない。それほど、衝撃的であったから。よく見ると、アデルの頬が酷く赤く染まっている。どうやら、勇気を出して花束を渡してくれたようだ。ラダベルは、一応礼は言うべきだと口を開く。
「ありがとうございます」
そう言うと、アデルはパッと顔を上げて、キラキラした目をして見せた。子供のように素直で無邪気なアデル。その姿を見て、ラダベルは思わず笑った。彼女の笑顔を見れて、アデルはどこか嬉しそうだ。
その時、ラダベルはアデルの背後、花が作り上げた道の陰から顔を覗かせている軍人たちの姿に気がつく。恐らくアデルの部下たちだろう。それを見てラダベルは、問いかける。
「ルシュ王国との戦争のために遥々ここまでやって来たのですか?」
「……そうだ。ジークルドもなかなかに大変だと聞いたからな、中央軍から援軍を送ってやることにした」
アデルの援軍があれば、ジークルドの勝利も目前だろう。生きて帰ってくることができると安堵するのであった。しかし、ひとつ気にかかる。
「では、第二皇子殿下はなぜここに?」
「………………」
「援軍を派遣するだけでいいはずですが、なぜあなた様まで……」
ラダベルは眉間に皺を寄せる。先程までの柔らかい空気が一変。不穏な空気が漂った。
「別に……なんでもいいだろう」
アデルは顔を背ける。
「戦争の間はここに滞在する」
「……はい? 戦場に行かないのですか?」
「僕がわざわざ出向くほどではない」
アデルはそれだけ言うと背を向けた。そして、振り返る。
「せいぜいもてなしてくれ、ラダベル」
そう言って、いたずらっ子のように笑ったのだった。
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