【完結】死にたくないので婚約破棄したのですが、直後に辺境の軍人に嫁がされてしまいました 〜剣王と転生令嬢〜

I.Y

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第62話 出陣

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 次の日の早朝。いつもよりも早く起床して、準備を始める。煌びやかなドレスではなく、清楚なドレスを纏う。淡い紫色の落ち着いた色味だ。軽く化粧を施したあと、部屋を出た。

「奥様」
「大丈夫よ。セリーヌはここにいて」
「ですが……」
「お願い」

 ラダベルの切実な頼みに対して、セリーヌは控えめに首を縦に振ったのであった。
 ラダベルは護衛もつけずして、ひとり宮を立ち去る。そして、城と隣接する軍施設の広場までやって来た。
 軍の士気を高めるための挨拶、出陣式は、終わったらしい。あとは、出陣するだけ。ちょうどそのタイミングに間に合ったラダベルは、軍人たちが成す列の端を堂々と歩き、先頭に向かった。ラダベルの姿を視界に入れた軍人たちは目を見張り驚愕する。驚くのもそこまでに、我に返った彼らはすぐに敬礼をした。隊列が若干乱れたことにいち早く気がついたジークルドは、眉間に皺を寄せて訝しむ。ラダベルが姿を現した時、彼の目が大きく開かれた。ラダベルは、優雅に一礼して見せた。

「ラダベル……」

 ジークルドは美しい毛並みの白馬から降りて、ラダベルを迎える。まさかわざわざ馬から降りてくれるとは思っておらず、ラダベルは喫驚きっきょうした。

「見送りは不要だと言ったはずだが」

 ジークルドはそう言って、背後のウィルに視線を送る。ウィルは頭を下げる。あまり、悪びれていない様子だ。彼からしたら、ラダベルが来るのも想定内であったのだろうか。
 ラダベルはジークルドをまっすぐと見つめる。トパーズ色の双眸が美しく光り輝いた。意志の強い目。あのジークルドさえも気圧される。

(ジークルド様。不出来な妻で、ごめんなさい。言うこともろくに聞けない妻なんて、いらないと思ってしまっているかもしれません。でも、こればかりは譲れないのです。もし、万が一、これが最期になってしまったら、私はずっと、この先ずっと後悔することになる。ですからどうか、許してください)

 ラダベルは本当は口で伝えたかったことを、心の中で唱える。言いつけを破り自ら訪ねてきておいて無言を貫くラダベルに、ジークルドは怪訝の顔容となる。ラダベルは、ようやく口を開いた。

「どうか、ご無事で」

 たった、一言。だが、空気を穿うがつような力強く優しい声色に、ジークルドのみならず、ほかの軍人たちも唖然とした。どうやらそれだけで、軍人たちの士気も最高潮まで達したらしい。ラダベルはそうとはつゆ知らず、ジークルドを注視し続けた。ジークルドは静かに息を呑んだ直後、ラダベルに敬礼した。

「行ってくる」

 それだけ言うと、ジークルドは乗馬する。漆黒のマントが激しく翻る。歴史の偉人を生で見たかのような、それほどの衝撃にラダベルは圧倒される。彼女は、ジークルドの邪魔をしないよう隊列の外まで後退った。ジークルドは、彼女に僅かな視線を送ったあと、馬の手網たづなを引く。それに続いて、軍人たちも出陣した。行進する軍をラダベルは見送り続ける。
 “剣王”の異名を授けられたジークルド。レイティーン帝国だけではなく、世界中の国々から畏怖の眼差しを向けられている。幼い頃から戦争と共に在った。これからもそう在り続ける。彼の命がある限り。戦場で生きていくのだ。そんな彼を、ラダベルは誇りに思う。それと同時に、心配な気持ちもあった。ラダベルにとって、ジークルドという存在は、ほかの何ものにも変えがたい大きな存在なのだから――。だから、だからこそ、ジークルドには生きていてほしい。軍人として、戦場で死ぬことが本望であったとしても、それでも、彼の帰りを待つ者として、彼にはずっと生きていてほしいのだ。
 戦場では死にたくない。この城に帰ってきたい。ジークルドにも、そう思ってもらいたい。ラダベルは、彼の出陣を目の前にして、そう実感したのであった。
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