【完結】死にたくないので婚約破棄したのですが、直後に辺境の軍人に嫁がされてしまいました 〜剣王と転生令嬢〜

I.Y

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第61話 伝言

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 戦争が勃発したその日の晩。食卓の間にてひとりきりの寂しい夕食を終え、部屋に戻る途中、前方から歩いてきたウィルの存在に気がついた。なぜ、ウィルがここにいるのか、と不思議な顔をするラダベル。ウィルと目が合った瞬間、彼が駆け寄ってきた。

「夫人。ちょうどいいところに」

 ウィルの姿を見るのも、ジークルドほどではないが、久々だ。相当多忙なのだろう。目の下にくっきりと隈ができてしまっている。

「ウィル……。随分と疲れているみたいね……。体調は大丈夫ですか?」
「これしきのこと、なんら問題ありません。ご心配してくださりありがとうございます」

 ウィルは、深く頭を下げた。なんら問題はないとはいえども、疲労困憊しているのが見て取れる。

「ところで、今日はなんの用事で?」
「大将のご命令で伺いました」
「ジークルド様の?」

 そう問いかけると、ウィルは頷いた。

「明朝、出陣します」

 重々しい言葉に、全身に戦慄が走る。ラダベルは、息を呑んだ。ジークルド含め、ウィルやエリアスも明日の朝には戦場に向けて旅立つのだ。戦場は、すぐ近く。極東部のすぐ傍で、大量の命を賭けた戦争が始まる。今一度それを自覚した彼女は、深く呼吸を繰り返した。ラダベルは、“剣王”の異名を持つジークルドの妻。動揺してはいけないと言い聞かせ、ウィルをまっすぐと見つめ返した。

「かしこまりました。お見送りに伺います」

 そう言うと、ウィルはどこか言いずらそうな表情を浮かべて、俯いてしまった。

「その、その見送りの件なのですが……大将が出陣は早朝のため、見送りはしなくていいと仰っておられました」

 ラダベルは、悄然とする。ろくに表情も変えることなく、その場に立ち竦む。手足はピクリとも動かない。世界の時間が止まったかのような、そんな感覚。沈黙し続ける彼女に向かって、ウィルは頭を下げた。

「失礼いたします」

 ラダベルを置き去りにして、そそくさとその場を去っていくウィル。彼はただジークルドの伝言を伝えに来てくれただけ。彼を責めるのは、お門違かどちがい。さすがのラダベルもそれは分かっている。ただ、単純に、酷くショックだったのだ。

「奥様……」

 セリーヌに呼ばれるが、ラダベルは反応できなかった。
 「早朝のため」は、建前たてまえだろう。集中すべき戦争前に、ラダベルの顔など見たくないのだろうか。戦場では、少しの油断が命取りとなる。気まずい関係性となってしまったラダベルの存在が戦いの最中に脳裏を過ぎれば、ジークルドの命に関わる大惨事だいさんじを招くかもしれない。邪魔を、すべきではないのだ。それは大いに分かっているのに。良き妻として、理解しなければならない問題であるのに。ラダベルは、それを素直に享受することができないでいた。
 伝説の軍人を父に持つジークルドは、幼い頃から戦場を経験していた。激戦を生き抜いてきたのだ。十年前のリーデル帝国との大戦争でも、齢18にして、彼は史上最高の戦績を残した。そんな彼が、死ぬわけがない、負けるはずもない。頭では分かる問題だ。だがしかし、万が一、何かあったら。隙を突かれて、致命傷ちめいしょうを負ってしまったら。ラダベルは一生、後悔することになる。自責じせきの念に駆られ続け、神に、ジークルドに懺悔ざんげし続けるであろう。
 ラダベルはグッと拳を握った。自分の寝室へ歩を進める。

「奥様、」
「分かってるわ、セリーヌ。これは、あなたの入れ知恵ではない。私が判断したこと、決断したことよ。あとから責任を取るのは、私だけでいいわ」

 ラダベルは振り返りながらそう言った。窓から射し込む月光に照らされるラダベルの強き姿に、セリーヌが目を見開いたのであった。
 言うことを聞けない出来損ないの妻だと離縁を言い渡されても、万が一ジークルドを失って後悔し続けるよりはよっぽどいい。何せラダベルは、ジークルドを好きなのだから、愛しているのだから。愛する人には生きていてほしい。そう思うのは、人間の心理だろう。
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