57 / 158
第57話 エリアスの母
しおりを挟む
エリアスに連れられるがまま辿りついた先は、極東部の軍施設に最も近い、とある村であった。ほかの村に比べると、割と大きい村だ。
「バート少尉……。ここは、」
「オレの実家がある村だ」
ラダベルは辺りを見渡す。木造の家が多く建っている。エリアスは、そのうちのひとつの家の敷地内に入る。馬から降りて、柱に繋げる。そして彼は、家の扉を叩いた。
「おにいちゃん~!」
なんの前触れもなく、突然開いた扉から勢いよく出てきたのは、エリアスの妹であるランであった。彼女は、エリアスに思いっきり抱きつく。エリアスは、彼女を容易に抱き抱えた。
「おかえりっ!」
「ただいま、ラン」
ランはエリアスに頬擦りする。ラダベルがエリアスの変貌に驚いていると、ランと目が合う。ランの瞳が眩く光り輝いた。
「ラダベルおねえちゃんっ!」
「あら、私のことを覚えていてくれたのね。久しぶり、ラン」
ラダベルは微笑む。ランは、彼女に必死に手を伸ばす。ラダベルは、ランの小さな手を取り、抱き上げた。意外とずっしりとした重み。だが同時に、命の重みを感じて、なぜだか嬉しくなった。
「きょうもきれい! ラダベルおねえちゃんはおにいちゃんとすきすきどうしなの?」
「え?」
「………………おい、ラン。冗談もそこまでにしろ」
エリアスはラダベルの腕の中から半ば強引に、ランを奪い去った。ランは、キャッキャキャッキャとはしゃいでいる。年相応の可愛らしい少女の姿に、ラダベルは全身の穢れが削ぎ落とされるような、浄化されるような気分となった。体が軽くなっていくのを実感していると、部屋の奥から声が聞こえた。
「お客さん?」
柔和な声の持ち主は、美しい女性であった。ベージュホワイトの髪に、スカイブルーの瞳が美麗だ。容姿端麗。村の中では、かなりの美人として話題になっていることだろう。ワンピースとエプロンを身につけた女性は、ラダベルの姿を視界に入れるなり、瞠目した。
「あら……なんて綺麗なお方かしら……。エリアスがいつもお世話になっております、エリアスの母のエナリア・バートと申します」
エナリアと名乗った女性は、恭しく頭を下げる。ラダベルはちらりとエリアスを見遣り、口元に手を当てながら小声で話しかける。
「本当にあなたのお母様なのですか?」
「そうだよ……。悪かったな、似てなくて」
外見は似ているところもあるが、性格はまったく似ていない。どうやらエリアスも、自覚はあるらしい。
エナリアは、頭上に疑問符を浮かべている。ラダベルは余所行きの笑顔を向けた。
「はじめまして、バート少尉のお母様。私はラダベル・ラグナ・イルミニア・ルドルガーと申します」
「素敵なお名前ですね。ラダベルさん………………えっ!?」
花が綻ぶように美しく笑っていたエナリアの顔が、卒然として蒼白に染まる。長い苗字に驚愕した様相であった。
「る、ルドルガーって……まさか、伯爵様の……」
「はい、ジークルド・レオ・イルミニア・ルドルガー様の妻にございます」
ラダベルの挨拶に、エナリアは絶句する。池に棲まう魚の如く、パクパクと口を開閉している。ラダベルの隣に佇んでいたエリアスは、こいつ言っちまったとでも言いたげに額を押さえていた。ランは、彼の顔をぺちぺちと触っている。ひとり、食卓に座っていたレンだけが、「お腹空いた……」とほか事を考えている様子であった。
我に返ったエナリアは、深く頭を下げた。
「ルドルガー伯爵様の奥方様とは知らず……ご無礼をお許しください」
「お気になさらず。ここには、バート少尉の友人としてお邪魔させていただいているだけですので」
ラダベルが微笑むと、エナリアはしどろもどろしながらも、なんとか自我を保つ。
「さ、さぁ、お座りください。質素な料理でよければ今すぐ準備を」
「お手伝いします」
ラダベルはエナリアの言葉を遮り、調理場に向かう。そして既に準備してある皿をテーブルへと運び始めた。エナリアがそれを見て、口元に手を当てながら震えている。
「諦めろ、母さん。アイツはああいう変人だ」
エリアスがそう言うと、エナリアは信じられないとでも言いたげな表情を浮かべて、恐る恐る頷いたのであった。
「バート少尉……。ここは、」
「オレの実家がある村だ」
ラダベルは辺りを見渡す。木造の家が多く建っている。エリアスは、そのうちのひとつの家の敷地内に入る。馬から降りて、柱に繋げる。そして彼は、家の扉を叩いた。
「おにいちゃん~!」
なんの前触れもなく、突然開いた扉から勢いよく出てきたのは、エリアスの妹であるランであった。彼女は、エリアスに思いっきり抱きつく。エリアスは、彼女を容易に抱き抱えた。
「おかえりっ!」
「ただいま、ラン」
ランはエリアスに頬擦りする。ラダベルがエリアスの変貌に驚いていると、ランと目が合う。ランの瞳が眩く光り輝いた。
「ラダベルおねえちゃんっ!」
「あら、私のことを覚えていてくれたのね。久しぶり、ラン」
ラダベルは微笑む。ランは、彼女に必死に手を伸ばす。ラダベルは、ランの小さな手を取り、抱き上げた。意外とずっしりとした重み。だが同時に、命の重みを感じて、なぜだか嬉しくなった。
「きょうもきれい! ラダベルおねえちゃんはおにいちゃんとすきすきどうしなの?」
「え?」
「………………おい、ラン。冗談もそこまでにしろ」
エリアスはラダベルの腕の中から半ば強引に、ランを奪い去った。ランは、キャッキャキャッキャとはしゃいでいる。年相応の可愛らしい少女の姿に、ラダベルは全身の穢れが削ぎ落とされるような、浄化されるような気分となった。体が軽くなっていくのを実感していると、部屋の奥から声が聞こえた。
「お客さん?」
柔和な声の持ち主は、美しい女性であった。ベージュホワイトの髪に、スカイブルーの瞳が美麗だ。容姿端麗。村の中では、かなりの美人として話題になっていることだろう。ワンピースとエプロンを身につけた女性は、ラダベルの姿を視界に入れるなり、瞠目した。
「あら……なんて綺麗なお方かしら……。エリアスがいつもお世話になっております、エリアスの母のエナリア・バートと申します」
エナリアと名乗った女性は、恭しく頭を下げる。ラダベルはちらりとエリアスを見遣り、口元に手を当てながら小声で話しかける。
「本当にあなたのお母様なのですか?」
「そうだよ……。悪かったな、似てなくて」
外見は似ているところもあるが、性格はまったく似ていない。どうやらエリアスも、自覚はあるらしい。
エナリアは、頭上に疑問符を浮かべている。ラダベルは余所行きの笑顔を向けた。
「はじめまして、バート少尉のお母様。私はラダベル・ラグナ・イルミニア・ルドルガーと申します」
「素敵なお名前ですね。ラダベルさん………………えっ!?」
花が綻ぶように美しく笑っていたエナリアの顔が、卒然として蒼白に染まる。長い苗字に驚愕した様相であった。
「る、ルドルガーって……まさか、伯爵様の……」
「はい、ジークルド・レオ・イルミニア・ルドルガー様の妻にございます」
ラダベルの挨拶に、エナリアは絶句する。池に棲まう魚の如く、パクパクと口を開閉している。ラダベルの隣に佇んでいたエリアスは、こいつ言っちまったとでも言いたげに額を押さえていた。ランは、彼の顔をぺちぺちと触っている。ひとり、食卓に座っていたレンだけが、「お腹空いた……」とほか事を考えている様子であった。
我に返ったエナリアは、深く頭を下げた。
「ルドルガー伯爵様の奥方様とは知らず……ご無礼をお許しください」
「お気になさらず。ここには、バート少尉の友人としてお邪魔させていただいているだけですので」
ラダベルが微笑むと、エナリアはしどろもどろしながらも、なんとか自我を保つ。
「さ、さぁ、お座りください。質素な料理でよければ今すぐ準備を」
「お手伝いします」
ラダベルはエナリアの言葉を遮り、調理場に向かう。そして既に準備してある皿をテーブルへと運び始めた。エナリアがそれを見て、口元に手を当てながら震えている。
「諦めろ、母さん。アイツはああいう変人だ」
エリアスがそう言うと、エナリアは信じられないとでも言いたげな表情を浮かべて、恐る恐る頷いたのであった。
4
お気に入りに追加
1,664
あなたにおすすめの小説

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜
青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ
孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。
そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。
これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。
小説家になろう様からの転載です!
乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?
シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。
……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

ぽっちゃり令嬢の異世界カフェ巡り~太っているからと婚約破棄されましたが番のモフモフ獣人がいるので貴方のことはどうでもいいです~
翡翠蓮
ファンタジー
幼い頃から王太子殿下の婚約者であることが決められ、厳しい教育を施されていたアイリス。王太子のアルヴィーンに初めて会ったとき、この世界が自分の読んでいた恋愛小説の中で、自分は主人公をいじめる悪役令嬢だということに気づく。自分が追放されないようにアルヴィーンと愛を育もうとするが、殿下のことを好きになれず、さらに自宅の料理長が作る料理が大量で、残さず食べろと両親に言われているうちにぶくぶくと太ってしまう。その上、両親はアルヴィーン以外の情報をアイリスに入れてほしくないがために、アイリスが学園以外の外を歩くことを禁止していた。そして十八歳の冬、小説と同じ時期に婚約破棄される。婚約破棄の理由は、アルヴィーンの『運命の番』である兎獣人、ミリアと出会ったから、そして……豚のように太っているから。「豚のような女と婚約するつもりはない」そう言われ学園を追い出され家も追い出されたが、アイリスは内心大喜びだった。これで……一人で外に出ることができて、異世界のカフェを巡ることができる!?しかも、泣きながらやっていた王太子妃教育もない!?カフェ巡りを繰り返しているうちに、『運命の番』である狼獣人の騎士団副団長に出会って……
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる