【完結】死にたくないので婚約破棄したのですが、直後に辺境の軍人に嫁がされてしまいました 〜剣王と転生令嬢〜

I.Y

文字の大きさ
上 下
55 / 158

第55話 ごめんなさい

しおりを挟む
 市場を抜け出したジークルドとラダベルは共に馬に乗り、急ぎ足で城まで戻ってきた。門に到着するなり、出迎えた部下の軍人に馬を預けて、ジークルドはラダベルの手を握り、城内に入った。
 向かう先は、ラダベルの部屋、ではなく。ジークルドのプライベートの自室がある宮だった。敬礼をする見張りの軍人たちにも無視を決め込み、彼はラダベルを自室に引き摺り込んだ。

「………………」
「………………」

 緘黙かんもく。長い長い沈黙が流れる。ジークルドは、ラダベルから離れると、袖元のボタンを外した。そして流れるような動作で、首元のボタンも外しにかかる。勢いよく軍服を脱ぎ捨て、シャツ一枚の姿となった。丁寧ながらも荒々しい様子に、場違いにもラダベルの胸が高鳴った。
 ジークルドは眉間に皺を寄せながら、振り返った。窓から射し込む夕日の光が彼の白銀の髪を照らす。神々しい光景に見惚れていると、ジークルドが口を開いた。

「髪飾りは、あの店主から買ったのか」
「……はい」
「市場でか?」
「…………はい」
「市場には誰と行った」
「………………セリーヌとミアと一緒に行きました」

 ラダベルは素直に暴露した。隠してもいずれは分かること。ジークルドを刺激するのは得策ではない。ジークルドは彼女の返答を聞いた直後、長嘆息をついた。溜まった憤怒を爆発させないために、吐き出しているようにも見えた。

「ミア・ロジャーの実力を疑っているわけではない。だが、万が一何かあった時、どう対処するつもりだった?」
「え、」

 思わぬ方向からの質問に、ラダベルは戸惑う。対処など何も考えていなかったからだ。そもそも、万が一の場合も想定していない。無事に行って、無事に帰って来れば完璧だと思い込んでいたのだから。黙りこくる彼女に対して、ジークルドは深く呆れたのか、再び溜息をついた。

誘拐ゆうかいされたら? 身売りを強いられたら?」

 ジークルドが徐々に距離を詰めてくる。ラダベルは後退るが、簡単に捕らえられてしまった。腰を引き寄せられ、体がぴたりと密着する。ふたりの体の間に、隙間はない。

「こう引き寄せられたら、どう逃げる?」

 ラダベルは息を呑み、ジークルドを見上げた。怖い。率直にそう感じた。大好きで、近づくだけで緊張していたのに、今は別の意味で体が強ばっている。硬直し何も答えない彼女に、ジークルドは痺れを切らして離れる。見放されたと感じたラダベルは、俯いてしまった。

「ミア・ロジャーとて、侍女とお前、ふたりを守りながら多勢に立ち向かうのには無理があるだろう。起こりうる危険を想定せず、お前は市場に行ったのか。俺に何も言わずして」

 頭上から降りかかるのは、ありとあらゆる罪を断罪する声音。ラダベルは震える。市場に行きたいということを言っていたら、サプライズプレゼントの件がバレてしまっていただろう。そんなことは、さすがに口にはできなかった。
 ジークルドは何度目かの大息を吐いた。

「いいか? ラダベル。俺にとってはお前の命と安全が最優先だ。もう二度と、そんな危険なことはするな」

 諭されるように、言われる。先程まで明らかに怒っていたのに、優しい声色だった。いっそのこと、怒鳴り散らかしてくれたらよかったのに。どこまで行っても優しいからこそ、胸が苦しくなる。ジークルドは何も間違ったことを言っていない。ラダベルが全て悪い。それは彼女も分かっている。ジークルドの優しさが今は、耐えがたい苦痛なのだ。

(素直じゃないなぁ、私……)

 ラダベルは心中で呟く。

「ラダベル? 聞いているのか?」

 ジークルドに問いかけられ、ラダベルは声を出さずに頷く。

「本当に聞いている、の、か……」

 ジークルドがラダベルの顔を無理に覗き込む。弾かれたように顔を上げた彼女を見て、ジークルドは瞠若する。ラダベルの美しい黄玉の目からは、大粒の涙が溢れていた。

「………………」

 ラダベルは顔を下げる。今日は髪を結っているせいで、上手く顔を隠すことができない。
 ジークルドは彼女を心配して怒ってくれたのだ。それは分かる。それなのに、それなのに、どうしてこんなにも素直になれないのか。素直ではない自分なんて、ジークルドに迷惑をかけてしまう自分なんて、彼にはふさわしくない。ラダベルは、そう思ってしまう。とりあえずここを離れて冷静になるべきだ。彼女は、そう判断した。

「ら、ラダベル、すまなかった。少し言い過ぎてしまった。だが俺はお前を心配して、」
「分かっています。分かっているから、それ以上何も言わないで」

(私が惨めだから。ごめんなさい、ジークルド様。こんな妻で、不出来な妻で、ごめんなさい)

 ラダベルは踵を巡らせ、部屋を飛び出した。ジークルドは伸ばしかけた手をグッと掴み、静かに下ろしたのであった。
 日に日に縮まっていたふたりの心の距離は、一瞬にして遠ざかったのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜

青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ 孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。 そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。 これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。 小説家になろう様からの転載です!

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

愚かな者たちは国を滅ぼす【完結】

春の小径
ファンタジー
婚約破棄から始まる国の崩壊 『知らなかったから許される』なんて思わないでください。 それ自体、罪ですよ。 ⭐︎他社でも公開します

ぽっちゃり令嬢の異世界カフェ巡り~太っているからと婚約破棄されましたが番のモフモフ獣人がいるので貴方のことはどうでもいいです~

翡翠蓮
ファンタジー
幼い頃から王太子殿下の婚約者であることが決められ、厳しい教育を施されていたアイリス。王太子のアルヴィーンに初めて会ったとき、この世界が自分の読んでいた恋愛小説の中で、自分は主人公をいじめる悪役令嬢だということに気づく。自分が追放されないようにアルヴィーンと愛を育もうとするが、殿下のことを好きになれず、さらに自宅の料理長が作る料理が大量で、残さず食べろと両親に言われているうちにぶくぶくと太ってしまう。その上、両親はアルヴィーン以外の情報をアイリスに入れてほしくないがために、アイリスが学園以外の外を歩くことを禁止していた。そして十八歳の冬、小説と同じ時期に婚約破棄される。婚約破棄の理由は、アルヴィーンの『運命の番』である兎獣人、ミリアと出会ったから、そして……豚のように太っているから。「豚のような女と婚約するつもりはない」そう言われ学園を追い出され家も追い出されたが、アイリスは内心大喜びだった。これで……一人で外に出ることができて、異世界のカフェを巡ることができる!?しかも、泣きながらやっていた王太子妃教育もない!?カフェ巡りを繰り返しているうちに、『運命の番』である狼獣人の騎士団副団長に出会って……

処理中です...