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第52話 朝の幸せ

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 雲の上で眠っているような心地良さから目覚める。温もりに抱かれていることに気がついたラダベルは、目元を擦る。靄がかる視界に飛び込んできたのは、ジークルドの整った顔であった。生地の薄いブランケットの中、ラダベルを抱きしめて眠るジークルド。彼のたくましい腕がラダベルの剥き出しになった腰に添えられていた。彼の長く神秘的な白銀の髪がさらりと肩から落ちる。それを見たラダベルが、彼の頬に手を添えた。燃え滾る情熱の熱さではなく、万人を包み込む優しい温もり。
 ジークルドは、爆睡していた。他人に触れられてもまったく起きないのだ。軍人の彼だからこそ眠っている間も物音などに敏感びんかんだとは思うが、今日ばかりは爆睡してしまっている。

「子供みたいに可愛い寝顔しちゃって……」

 ラダベルは呟きながら、ジークルドの頬を人差し指でつんつんと刺激する。ジークルドは眉間に皺を寄せ、「ん……」と色気のある声を漏らした。昨晩の情事を彷彿とさせる声に、胸が激しく高鳴る。初夜と同等、いや、もしかしたらそれ以上に激しかったかもしれない。ジークルドも欲求が溜まっていたのだろうか。ラダベルを満足させようと頑張っていた姿は、たまらなく愛おしく感じた。何度も天国を見ていると訴えてもジークルドはなかなか信じてくれず、必要以上の快感をラダベルにもたらした。おかげでラダベルは、夜の秘め事にどっぷりとハマってしまいそうである。頬を赤くした彼女は、首を左右に振って、昨晩の記憶を掻き消した。ジークルドの腕の捕縛ほばくからなんとか抜け出し、一糸纏わぬ姿でベッドをあとにする。地面に無様に散らかっていた寝間着を拾い、適当に羽織る。そして、ジークルドの寝室に備えつけられているバスルームへ向かった。

「わっ、何これ……」

 脱衣所の鏡の前にて、寝間着をはだけさせた時、首から肩にかけて大量の所有印が広がっているのが目に入る。間違いない、ジークルドの仕業だ。せっかく治まった火照りがぶり返す。またもラダベルは、脈を普段の速さまで戻すのに、全集中する羽目となったのであった。


 火照りを消すため長めのシャワーを浴びたラダベルは、脱衣所でバスローブを借りる。ジークルドの体格に合わせて作られているらしく、まったくラダベルの体にサイズが合っていない。見苦しいかもしれないが仕方がないと思いながら脱衣所から出ると、寝室にはベッドに深く腰掛け朦朧とした意識の中、ラダベルを探すジークルドの姿があった。いくら部屋を見渡そうともラダベルがいないため、違和感を覚えているらしい。軍人らしからぬ仕草を目の前にしたラダベルは、思わず短い笑みをこぼす。ジークルドに近づき、正面から彼をギュッと抱きしめた。

「おはようございます、ジークルド様」

 そう言って、距離を取る。ラダベルが甘い微笑みを浮かべると、ジークルドはぱちくりと目を瞬かせた。ようやく現実世界に帰ってきたようだ。

「ラダベル、おはよう。随分と深く眠ってしまっていたみたいだ……。お前がベッドを抜け出したことにもまったく気がつかなかった……。失態だ」
「ふふ、私にとっては最高の朝でしたけどね。ジークルド様の可愛らしい寝顔を拝見することができたので」

 小悪魔的に笑うラダベル。朱が注がれたジークルドの顔。彼は、口元を手の甲で隠した。見た目に反して意外と感情が顔に出てしまうところは、少し、いや、だいぶ可愛い。

「見なかったことに、してくれ」
「いいえ、いけませんよ。しっかりと脳裏に焼きつけましたから」

 胸に手を当てて誇らしげに伝えると、ジークルドは諦念ていねんを抱いたのか、大雑把おおざっぱに前髪を掻き上げたのであった。

「ところでジークルド様。今日、お仕事は?」
「……今日は休暇だ。ウィルにそろそろ休めと無理やり取らされた」

 なんとジークルドは、久々の一日休暇らしい。それを聞いたラダベルは内心で喜悦を感じる。働きすぎは体に毒だし、精神をもむしばんでいく。少しでもジークルドが休めるよう、どうするべきか彼女は思考を巡らせる。

「ならばしっかりとお休みできますね。どうされます? まだ寝ますか? それでしたら私はこれで、」
「ラダベル」

 早々に去ろうと考えていたラダベルは、ジークルドによって言葉を遮られる。彼女は、首を傾げた。

「今日、暇だろうか」
「……特に用予定はありませんが……」

 ジークルドは暫し思案したあと、頷きを見せた。

「出かけよう」
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