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第48話 誰得?私得なんですけど
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寝間着姿のジークルド。軍服より遥かに警戒心が解かれた彼の姿に、ラダベルの胸は激しく高鳴る。
「突っ立っていないで早く入れ」
ジークルドに促されるがまま、ラダベルは恐る恐る部屋の中に入る。振り返ると、セリーヌが満面の笑みを浮かべて頭を下げた。ぴたり、と閉ざされる扉。完全に逃げ道をなくした。元より逃げるつもりなど毛頭ないのだが、ラダベルは興奮なのか絶望なのか、どちらとも取れない感情を覚えた。
部屋の中の空気感は、まさしくそういった雰囲気だ。初夜のやり直しをしたいと言ったのはラダベルのほうであるし、今でもその気持ちは健在。しかし、緊張するものは緊張するだろう。ラダベルはジークルドをチラ見する。彼は、寝間着を着ていた。胸元は大きく開き、たくましい胸筋が垣間見える。下ろした髪は、横で軽く結び、肩に流している。大人の男の色気に溢れるジークルド。何より、普段とのギャップが激しい。普段は、一瞬の隙すら見せてくれない軍服を着用している。ボタンは首元まで閉められ、肌もあまり露出していない。しかし今では、どうだろう。普段とはまるで真逆だ。
ジークルドが放つギャップに殺られ、ラダベルがひとり胸を高鳴らせていると、ジークルドが彼女に手を差し出した。
「おいで」
ラダベルの心臓がありえないほどに跳ね上がった。
(な、なにおいでって!?)
ジークルドは、ラダベルの心臓を破裂させたいと目論んでいるのだろうか。年上男性の余裕に、ラダベルは翻弄されてばかりだ。震える手を伸ばしかけたものの、それを引っ込めて顔を背けた。
「……やはり、嫌か」
ジークルドの呟きに違和感を覚え、ラダベルが頭を上げる。そこには、僅かに傷ついた表情をするジークルドの姿があった。何に傷心しているのか、ラダベルは目を高速で瞬かせた。
「俺は、お前よりも年上だ。それも、埋まらない差がある。ずっと、戦と共にあったからか、女を喜ばせる術も知らない。お前を、満足させる自信もない……」
急激に意気消沈するジークルドを目の当たりにして、ラダベルは頭上に大量の疑問符を浮かべた。ジークルドは、今日で28歳となった。人生経験も異性との経験もラダベルよりも豊富なはず。それなのに、ジークルドは今、なんと言ったか。
「女を喜ばせる術を、知らない……? 満足させる自信もない……?」
「……あぁ」
ジークルドはすっかりと俯いてしまった。どうやらラダベルが衝撃的な事実に対して落胆しているのだと勘違いしている様子だ。ラダベルはただ、現状を理解できていないだけである。
「つ、つまり……ジークルド様は、女性経験が、皆無だと……そう仰っているのですか?」
「………………そうだ」
ジークルドは素直に頷く。
ラダベルは、もはやもう何も言えなかった。この世の何もかもを信じたくない、そんな思いに支配された。ジークルドが童貞だったなんて、一体誰が信じるのだろうか。レイティーン帝国極北部の司令官かつ大将。ルドルガー家をたった一代で伯爵家まで押し上げた敏腕の軍人。高い身長と男をも魅了する肉体美。クールで冷静沈着。天性の美貌を持っておいて、女性経験がないだと? ラダベルは口をあんぐりと開ける。もしかしたら、もしかしなくても、あのジークルドを組み敷くことができるのではないか。彼の上に跨って淫らに誘惑をして、嬌笑を浮かべる。
『私が全て、お教えしてさしあげましょう、旦那様♡』
そんなふうにマウントを取ることができるのではないか!? ラダベルの脳内は、妄想でいっぱいとなる。唖然とした顔容のままピクリとも動かない彼女を見て、ジークルドは深い溜息をつく。
「やはり……ガッカリさせたか……」
ジークルドの言葉に、ラダベルは我に返った。妄想のジークルドから、現実の彼に意識を向ける。
「こんな年齢をして、ろくに女の相手もしたことがないなど……お前にとっては期待外れだっただろう」
ジークルドが片手で額を押さえる。彼からすれば、女性経験がないことがコンプレックスらしい。何をコンプレックスと思うことがあるのか。むしろ今この瞬間まで童貞を守り抜いたことを誇りと思ってもらいたい。世の女性陣を唸らせるほどの美丈夫の初めてが、自分なのかと思うと、ラダベルは今にも発狂して城内を駆け回ってしまいそうだ。頬が緩むのを我慢するのに精一杯だというのに。その影響で、少し引き攣った顔となってしまった。ラダベルの気まずい表情を前に、ジークルドは肩を落とす。
「お前が嫌だと言うのなら、ほかの女性……そうだな、それを生業としている女性に頼んでこよう。なんとも情けない話だが、初夜はまた今度でもいいか?」
「…………は?」
ラダベルの口から間抜けな声が漏れる。一体何を言っているのか、この男はとでも言いたげだ。娼婦の女性と貴重な初めてを経験するというのか。それを聞いた彼女の全身から憤怒が溢れ出す。あからさまに不機嫌になった彼女に、ジークルドは右往左往する。ラダベルは慌てる彼に詰め寄り、思いっきりバスローブを掴む。そしてありったけの力で引き寄せた。できる限りの背伸びをして、キスを試みる。ちゅっ、と触れ合うだけの唇。結婚式では叶わなかったファーストキスが、果たされた瞬間であった。
「突っ立っていないで早く入れ」
ジークルドに促されるがまま、ラダベルは恐る恐る部屋の中に入る。振り返ると、セリーヌが満面の笑みを浮かべて頭を下げた。ぴたり、と閉ざされる扉。完全に逃げ道をなくした。元より逃げるつもりなど毛頭ないのだが、ラダベルは興奮なのか絶望なのか、どちらとも取れない感情を覚えた。
部屋の中の空気感は、まさしくそういった雰囲気だ。初夜のやり直しをしたいと言ったのはラダベルのほうであるし、今でもその気持ちは健在。しかし、緊張するものは緊張するだろう。ラダベルはジークルドをチラ見する。彼は、寝間着を着ていた。胸元は大きく開き、たくましい胸筋が垣間見える。下ろした髪は、横で軽く結び、肩に流している。大人の男の色気に溢れるジークルド。何より、普段とのギャップが激しい。普段は、一瞬の隙すら見せてくれない軍服を着用している。ボタンは首元まで閉められ、肌もあまり露出していない。しかし今では、どうだろう。普段とはまるで真逆だ。
ジークルドが放つギャップに殺られ、ラダベルがひとり胸を高鳴らせていると、ジークルドが彼女に手を差し出した。
「おいで」
ラダベルの心臓がありえないほどに跳ね上がった。
(な、なにおいでって!?)
ジークルドは、ラダベルの心臓を破裂させたいと目論んでいるのだろうか。年上男性の余裕に、ラダベルは翻弄されてばかりだ。震える手を伸ばしかけたものの、それを引っ込めて顔を背けた。
「……やはり、嫌か」
ジークルドの呟きに違和感を覚え、ラダベルが頭を上げる。そこには、僅かに傷ついた表情をするジークルドの姿があった。何に傷心しているのか、ラダベルは目を高速で瞬かせた。
「俺は、お前よりも年上だ。それも、埋まらない差がある。ずっと、戦と共にあったからか、女を喜ばせる術も知らない。お前を、満足させる自信もない……」
急激に意気消沈するジークルドを目の当たりにして、ラダベルは頭上に大量の疑問符を浮かべた。ジークルドは、今日で28歳となった。人生経験も異性との経験もラダベルよりも豊富なはず。それなのに、ジークルドは今、なんと言ったか。
「女を喜ばせる術を、知らない……? 満足させる自信もない……?」
「……あぁ」
ジークルドはすっかりと俯いてしまった。どうやらラダベルが衝撃的な事実に対して落胆しているのだと勘違いしている様子だ。ラダベルはただ、現状を理解できていないだけである。
「つ、つまり……ジークルド様は、女性経験が、皆無だと……そう仰っているのですか?」
「………………そうだ」
ジークルドは素直に頷く。
ラダベルは、もはやもう何も言えなかった。この世の何もかもを信じたくない、そんな思いに支配された。ジークルドが童貞だったなんて、一体誰が信じるのだろうか。レイティーン帝国極北部の司令官かつ大将。ルドルガー家をたった一代で伯爵家まで押し上げた敏腕の軍人。高い身長と男をも魅了する肉体美。クールで冷静沈着。天性の美貌を持っておいて、女性経験がないだと? ラダベルは口をあんぐりと開ける。もしかしたら、もしかしなくても、あのジークルドを組み敷くことができるのではないか。彼の上に跨って淫らに誘惑をして、嬌笑を浮かべる。
『私が全て、お教えしてさしあげましょう、旦那様♡』
そんなふうにマウントを取ることができるのではないか!? ラダベルの脳内は、妄想でいっぱいとなる。唖然とした顔容のままピクリとも動かない彼女を見て、ジークルドは深い溜息をつく。
「やはり……ガッカリさせたか……」
ジークルドの言葉に、ラダベルは我に返った。妄想のジークルドから、現実の彼に意識を向ける。
「こんな年齢をして、ろくに女の相手もしたことがないなど……お前にとっては期待外れだっただろう」
ジークルドが片手で額を押さえる。彼からすれば、女性経験がないことがコンプレックスらしい。何をコンプレックスと思うことがあるのか。むしろ今この瞬間まで童貞を守り抜いたことを誇りと思ってもらいたい。世の女性陣を唸らせるほどの美丈夫の初めてが、自分なのかと思うと、ラダベルは今にも発狂して城内を駆け回ってしまいそうだ。頬が緩むのを我慢するのに精一杯だというのに。その影響で、少し引き攣った顔となってしまった。ラダベルの気まずい表情を前に、ジークルドは肩を落とす。
「お前が嫌だと言うのなら、ほかの女性……そうだな、それを生業としている女性に頼んでこよう。なんとも情けない話だが、初夜はまた今度でもいいか?」
「…………は?」
ラダベルの口から間抜けな声が漏れる。一体何を言っているのか、この男はとでも言いたげだ。娼婦の女性と貴重な初めてを経験するというのか。それを聞いた彼女の全身から憤怒が溢れ出す。あからさまに不機嫌になった彼女に、ジークルドは右往左往する。ラダベルは慌てる彼に詰め寄り、思いっきりバスローブを掴む。そしてありったけの力で引き寄せた。できる限りの背伸びをして、キスを試みる。ちゅっ、と触れ合うだけの唇。結婚式では叶わなかったファーストキスが、果たされた瞬間であった。
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