【完結】死にたくないので婚約破棄したのですが、直後に辺境の軍人に嫁がされてしまいました 〜剣王と転生令嬢〜

I.Y

文字の大きさ
上 下
45 / 158

第45話 手作り

しおりを挟む
 食卓の間に到着したラダベルとジークルド。既にテーブルには、食事が並べられていた。ふたりは名残惜しく離れ、それぞれの席に着く。共に食前の挨拶をして、食事をし始める。ジークルドはスプーンを手にして、ラダベル特製のビーフシチューをすくい、口元に運んだ。

「美味しいな……」

 ジークルドは、思わず感嘆の息を漏らした。ビーフシチューを口内で味わっている様子。彼の素直な言葉に、ラダベルは喜悦を感じる。

「……本当ですか?」
「あぁ、味に深みがある」

 ラダベルもスプーンを手に取り、ビーフシチューを食べる。ぶわっと口の中に広がる甘み。クリーミーさの中に感じるのは、奥深い味わい。転生する前は元の世界でよく作っていた自信作だ。久々に作ったが、我ながらに上出来。腕は落ちておらず、自分で評価するのもなんだが、かなり美味しい。

「このビーフシチュー、私が作ったのですよ」

 無我夢中でビーフシチューに食らいついているジークルドに、ラダベルが打ち明ける。ジークルドは、眦を決して、半分近くなくなってしまっているビーフシチューに視線を落とす。そのあと、もう一度ラダベルを刮目した。眉間には、若干皺が寄っている。何か、気に入らない点でもあっただろうか。もしかして、女の手作り料理は嫌いなタイプか? ラダベルは徐々に不安に陥っていく。

「包丁を、握ったのか」
「握らなければ、作れませんけど……」
「危険では、なかったか?」

 思わぬ角度からの心配に、ラダベルは驚愕する。ジークルドは眉尻を下げ、子猫のように彼女に縋る目を向けていた。ラダベルはそんな彼を見て、胸が熱くなるのを覚える。ジークルドに心配されているという事実があまりにも嬉しかったのだ。

「大丈夫ですよ。料理人の方もついてくれていましたし、心配は不要です」
「そう、か……」
「美味しいと仰ってくださって、よかったです」

 ラダベルは微笑み、素直に嬉しい気持ちを伝えた。ジークルドは、顔を上げて目を見張った。彼の白い頬に赤みがさす。パープルダイヤモンド色に染められた瞳が光り輝いている。ジークルドは、視線を逸らしながら、咳払いをして誤魔化した。

「無理のない範囲で、また作ってくれると嬉しい……」
「分かり、ました……」

 ジークルドはなんとか羞恥を隠そうとするも、それはかえって逆効果となっている。ラダベルも思わず、照れてしまった。強く厳つい見た目と反して、内面は随分と可愛らしい。気づけばラダベルは、ギャップの塊であるジークルドのとりこになっていた。あまりの胸の高鳴りように、彼女は自分でも愕然とする。激しい心音に無視を決め込み、残りのビーフシチューを頬張ほおばったのであった。


 ほぼ無言のまま、食事を終えたラダベルとジークルドは、食卓の間をあとにして、ジークルドの完全プライベートの自室へと向かった。扉を開けてもらい、部屋に足を踏み入れる。

「お邪魔、します」
「……随分と他人行儀たにんぎょうぎだな。自分の部屋のようにくつろいでくれていい」
「いえ、そういうわけには……」

 ラダベルは、恐る恐る答える。それも、そのはず。ジークルドの完全プライベートの自室に入るのは、これが初めてなのだから。緊張で、どうにかなってしまいそうだ。
 ジークルドの自室は、落ち着いた色味をしている。もちろん、城の主の部屋ということもあり、豪華絢爛であることは間違いないが、それでも随分と清閑とした雰囲気を醸し出している。白銀と紫色で統一されたアンティーク調のテーブルの上には、ラダベルが作ったホールケーキが。ジークルドの部屋の掃除を担当する執事に持ってくるよう、あらかじめ頼んでおいたのだ。ジークルドはホールケーキを注視する。

「これは……」
「甘い物はお好きですか? ジークルド様」

 テーブルの前で佇むジークルドの隣に並び、ラダベルはそう言った。苺とたっぷりのクリームが乗った小さめのホールケーキは、十分にふたりで食べることができる量。見た目は少しだけ歪だが、ラダベルが作ったということに意義がある。ホールケーキの隣には、小皿が二皿とフォークが二本。そしてケーキを切って取り分ける器具もある。また、ラダベルがジークルドに用意をしたプレゼントも。

「このケーキは一体……」
「私が作りました」
「………………!?」

 ジークルドは風を切りながら、ラダベルの横顔を見つめた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜

青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ 孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。 そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。 これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。 小説家になろう様からの転載です!

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

ぽっちゃり令嬢の異世界カフェ巡り~太っているからと婚約破棄されましたが番のモフモフ獣人がいるので貴方のことはどうでもいいです~

翡翠蓮
ファンタジー
幼い頃から王太子殿下の婚約者であることが決められ、厳しい教育を施されていたアイリス。王太子のアルヴィーンに初めて会ったとき、この世界が自分の読んでいた恋愛小説の中で、自分は主人公をいじめる悪役令嬢だということに気づく。自分が追放されないようにアルヴィーンと愛を育もうとするが、殿下のことを好きになれず、さらに自宅の料理長が作る料理が大量で、残さず食べろと両親に言われているうちにぶくぶくと太ってしまう。その上、両親はアルヴィーン以外の情報をアイリスに入れてほしくないがために、アイリスが学園以外の外を歩くことを禁止していた。そして十八歳の冬、小説と同じ時期に婚約破棄される。婚約破棄の理由は、アルヴィーンの『運命の番』である兎獣人、ミリアと出会ったから、そして……豚のように太っているから。「豚のような女と婚約するつもりはない」そう言われ学園を追い出され家も追い出されたが、アイリスは内心大喜びだった。これで……一人で外に出ることができて、異世界のカフェを巡ることができる!?しかも、泣きながらやっていた王太子妃教育もない!?カフェ巡りを繰り返しているうちに、『運命の番』である狼獣人の騎士団副団長に出会って……

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

愚かな者たちは国を滅ぼす【完結】

春の小径
ファンタジー
婚約破棄から始まる国の崩壊 『知らなかったから許される』なんて思わないでください。 それ自体、罪ですよ。 ⭐︎他社でも公開します

処理中です...