【完結】死にたくないので婚約破棄したのですが、直後に辺境の軍人に嫁がされてしまいました 〜剣王と転生令嬢〜

I.Y

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第44話 迎え

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 アデルが皇都へ向けて旅立ってから、数日後。ついに待ちに待った日がやって来た。そう、ジークルドの28歳の生誕日だ。
 ラダベルは、昼間から準備に勤しんでいた。その準備とは、夕飯の仕込みとケーキ作りだ。どうやらこの世界の貴族界においては、愛する人(仮)のために料理を作るということはしないらしい。そのため、青い顔をした料理人たちに阻止されてしまったが、ラダベルは頑なに料理をすることを譲らなかった。彼らに迷惑をかけてしまうと思いつつも、全力でお願いをしたのだ。すると料理人たちは、渋々であるが首を縦に振ってくれた。ただし、絶対に危ないことはしないという約束と共に。一体彼らには、ラダベルがどんな姿で見えているのだろうか。包丁を掴んで城内を駆け回る殺人鬼とでも思われているのか。料理人たちがラダベルの身を案じての約束だとは夢にも思わない彼女は、首を捻り続けたのであった。
 悶々とする中、無事に料理とケーキを作り終えた。

「よし……!」

 ラダベルは手を叩く。彼女の目前に広がる料理とケーキに、料理人たちは目を輝かせて食い入っていた。今にも口にしそうな勢いだが、さすがに我慢はするだろう。

「なんとか間に合ったわね」
「奥様。そろそろ準備を」
「分かったわ」

 厨房の外から顔を覗かせたセリーヌに呼ばれ、ラダベルは返事をした。料理人たちに心から礼を伝え、セリーヌの補助を借り新妻さながらのエプロンを取る。そしてセリーヌと共に、衣装室と化粧室に向かった。
 衣装室にて、あらかじめ準備してあったドレスに袖を通す。純白の生地に、胸元や裾に黄金の刺繍が施されたマーメイドラインのドレスは圧巻だ。花嫁姿を彷彿とさせるが、デザインはだいぶシンプルである。着替えが終わると、隣にある化粧室のほうへ移動をして、化粧やら髪型やらをセットする。化粧は、いつもよりも濃い。髪型は、後頭部で纏め上げ、黄金のリボンで飾る。

「お美しいです、奥様」
「ありがとう、セリーヌ」

 ラダベルは席を立つ。ふと窓の外に視線を向けた。日はもう落ちる頃だ。彼女はセリーヌとミアと一緒に、城と軍施設を繋ぐ廊下へと足を運ぶ。その入口にて、落ち着きのないソワソワとした様子で、ジークルドを待つ。

「奥様。今日の奥様は、世界で一番お美しいです。どうか自信をお持ちください」
「……そうは言うけど、ミア。どう頑張ったって緊張はするわよ……。全てにおいて気に入っていただけるかどうか……不安で仕方がないんだけど」
「大丈夫ですよ、奥様。旦那様は、奥様にかなり入れ込んでおられますから」

 ミアとセリーヌの励ましを受けて、ラダベルは控えめに頷いた。得体の知れない何かが口から出てきてしまいそうな予感がする。すると、足音が聞こえてきた。ラダベルはびくりとしながら身構える。

「ラダベル……なぜここに……」

 ジークルドの声が聞こえる。夕日に照らされたジークルドの美貌は、恐ろしく輝いて見える。ラダベルの心が激しくうずいた。よく目を凝らすと、ジークルドの隣には、ウィルもいる。彼もジークルド同様、愕然としていた。

「お迎えに上がりました、ジークルド様」

 ラダベルは挙措きょそを失いながらも、なんとかそう言う。ジークルドの顔が見れなくて、思わず目を瞑ると、彼が近寄ってくる音がした。ラダベルは緩慢に目を開ける。ジークルドの輝かしい笑顔が目の前に迫っていた。

「間で待ってくれて構わないが……わざわざありがとう」

 ジークルドはラダベルの頭を撫でようと手を伸ばしたが、瞬時に手を引っこめる。どうやら傍観者が多くいたことに今さらながら気づいたらしい。手の甲を口元に当てて、押し寄せる羞恥に耐えるジークルド。そんな彼を見て緊張が和らいだラダベルは、ジークルドに微笑みかけた。

「……行こうか、ラダベル」
「はい」

 ジークルドが差し出した手に、自身の手を乗せる。手袋越しに触れ合う手は、少しだけ熱く感じた。
 ラダベルとジークルドは、共に身を寄せ合って歩き出す。長い沈黙を破ったのは、意外にもジークルドのほうだった。

「今日はやけに……その……」
「なんですか?」
「………………」
「ジークルド様?」

 ラダベルは、ジークルドの顔を下から覗き込む。ジークルドは頬を赤くしながら、彼女と視線を合わせた。

「……着飾っているな」
「……ふふ、似合っていますか?」

 意地悪に破顔するラダベル。小悪魔の笑顔だ。普通なら照れてしまうところだが、彼女は照れずしてあえて「似合っているか」と問いかけたのだ。年下は恐ろしいとジークルドは思いながら、口を開く。

「すごく、綺麗だ」

 淡々たんたんとした言葉ながらも、胸を高鳴らせたラダベル。アデルならばきっと、いや、絶対に言ってはくれないであろう言葉。ジークルドは、ラダベルが欲しい言葉を確実にくれるのだ。

「ありがとう、ございます」

 ラダベルは今にも消え入りそうな声で礼を言ったのであった。
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