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第41話 エリアスの優しさに触れて
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ラダベルは、アデルのもとから無我夢中で逃げた。息が上がるのも、心臓が爆音を立てていることにも意識を向けぬまま、気がついたら城と通ずる軍施設まで走って来てしまっていた。時刻は、遅い時間帯。夜勤勤務の軍人たちもいるため、彼らに見つかってしまえば、騒動となる。ジークルドに報告されてしまうのだけは、なんとかしてでも防がねばならない。ただでさえ連日の激務で疲労困憊しているジークルドに、これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。ほかの軍人たちからも、悪女という認識に加え、迷惑をかけることしかしないお転婆な夫人だとさらに不名誉なレッテルを貼られてしまう。恐怖に総身が震えた瞬間、ドンッと何かに当たってしまった。
「ごめんなさいっ……」
咄嗟に謝罪して、顔を上げるラダベル。物であってくれという彼女の僅かな祈りは、届くことはなく。目前には、ひとりの軍人がいた。それも、どこかで見たことがある顔……エリアスだ。エリアスは眉間に皺を寄せ、ラダベルを見下ろす。
「お前……」
「っ……」
よりにもよって、エリアスに鉢合わせてしまった。今日はとことんついていない、とラダベルは大息を吐く。涙が分からぬよう、顔を背けて目元を拭った。
「ごめんなさい。では、」
「待てよ」
ラダベルは去ろうとするも、エリアスに二の腕を捕まれ引き寄せられてしまう。レイティーン帝国軍極東部の軍人、それも少尉という階級を持つ男の力に適うはずはない。ラダベルはいとも簡単にエリアスに身を委ねてしまった。
「ちょっ……」
「何泣いてんだ」
「…………あなたには関係ないでしょう?」
ラダベルは無駄だと分かっていながらも、エリアスの手から逃れようと藻掻き暴れる。涙に潤んだ目でキッと睨みつけると、突然目元を何かに覆われた。そして、優しく涙を拭われる。再び視界があらわになった。驚愕の感情からか涙は止まり、クリアになった視界。なんと、エリアスのハンカチで涙を拭われたのだ。
「バート少尉……。どうして」
「目元を擦ると赤くなる。拭うならハンカチで優しく、だ。基本だろ」
エリアスは吐き捨てる。声色こそ物騒だが、言っていることはこの上なく優しい。心做しか、彼の頬がほんのりと赤くなっている気がする。まさか、あのエリアスがハンカチを持っているなんて。双子の妹と弟の面倒を見ているだけはある。見た目に反して、意外と女子力が高いとは。これはギャップ萌えというやつだな、とラダベルは笑った。
「こんな時間に軍施設に来るのは容認できねぇ。ほら、城の入口まで行くぞ」
「あら、送ってくださるのですか? 珍しく優しいのですね」
ラダベルが手のひらで口元を隠しながらそう言うと、エリアスによって睨まれる。
「……調子に乗るなら置いてく」
「嘘よ」
コンマ一秒で冗談であったと呆気なく暴露するラダベル。彼女は歩き出すエリアスの背中を追った。エリアスの横に自然と並ぶ。
「んで、なんで泣いてやがったんだ」
「……あなた、デリカシーがないとよく言われない?」
「………………言われねぇよ」
たっぷり五秒黙り込んだエリアスは、苦しまぎれに否定した。
聞いてほしくないことをあえて聞くなんて、エリアスはデリカシーという単語とは無縁の人間だろう。だがしかし、彼がいなければラダベルはさらに面倒な目に遭っていたかもしれない。何があったのか、知る権利くらいはあるだろう。
「第二皇子殿下にたまたま会って……心ない言葉をかけられたのですよ。その代わりに頬をぶってやりましたが」
つい先程起こった出来事を正直に伝えると、エリアスは瞠若する。面食らう彼の表情を、ラダベルは脳裏に焼きつける。
「皇族に暴力を振るうことができんのは、この帝国でお前くらいだろうな」
エリアスは口角を上げた。卑しい下心がある笑みではない。純粋さしか現れていない、優しい笑顔。夜空を埋め尽くす星屑の下、自然に笑うエリアスに、ラダベルは心を射抜かれた。なんだか居心地が悪くなり、彼女は不自然に目を逸らす。
「う、訴えられて処刑されないか怖いけど……いざという時はジークルド様に頼るとしましょうっ」
果たしてジークルドに頼っても、助けてもらえるかどうかは不明だ。大将の妻という立場で余計なことをしてくれたものだと反発されるかもしれないが、ジークルドは聖人の如く優しい人間だから、助けてくれる可能性もゼロではない。
「結局は大将頼りかよ。まぁ、あの人は助けてくれるだろうよ」
エリアスの中でもジークルドという人間は、評価が高いらしい。誰にでも慕われているのだな、とジークルドを思い浮かべた時、ちょうど城への入口が見えた。
「ほら、もう迷うんじゃねぇぞ」
「迷わないですよ……。送ってくださってありがとうございました。良い夢を見てくださいね」
ラダベルは頭を下げたあと、背を向ける。少し進み、城へ足を踏み入れたあと、振り返る。エリアスの背中が見えた。随分とたくましい体。以前まではいろいろと絡んできていたのに、内面を知れば知るほど印象は違ってくる。器用な人間ではないものの、面倒みはいい、優しい人。ラダベルは、エリアスの認識を改めなければならないと溜息をつく。靄がかっていた心は、いつの間にか爽快に晴れていた。
「ごめんなさいっ……」
咄嗟に謝罪して、顔を上げるラダベル。物であってくれという彼女の僅かな祈りは、届くことはなく。目前には、ひとりの軍人がいた。それも、どこかで見たことがある顔……エリアスだ。エリアスは眉間に皺を寄せ、ラダベルを見下ろす。
「お前……」
「っ……」
よりにもよって、エリアスに鉢合わせてしまった。今日はとことんついていない、とラダベルは大息を吐く。涙が分からぬよう、顔を背けて目元を拭った。
「ごめんなさい。では、」
「待てよ」
ラダベルは去ろうとするも、エリアスに二の腕を捕まれ引き寄せられてしまう。レイティーン帝国軍極東部の軍人、それも少尉という階級を持つ男の力に適うはずはない。ラダベルはいとも簡単にエリアスに身を委ねてしまった。
「ちょっ……」
「何泣いてんだ」
「…………あなたには関係ないでしょう?」
ラダベルは無駄だと分かっていながらも、エリアスの手から逃れようと藻掻き暴れる。涙に潤んだ目でキッと睨みつけると、突然目元を何かに覆われた。そして、優しく涙を拭われる。再び視界があらわになった。驚愕の感情からか涙は止まり、クリアになった視界。なんと、エリアスのハンカチで涙を拭われたのだ。
「バート少尉……。どうして」
「目元を擦ると赤くなる。拭うならハンカチで優しく、だ。基本だろ」
エリアスは吐き捨てる。声色こそ物騒だが、言っていることはこの上なく優しい。心做しか、彼の頬がほんのりと赤くなっている気がする。まさか、あのエリアスがハンカチを持っているなんて。双子の妹と弟の面倒を見ているだけはある。見た目に反して、意外と女子力が高いとは。これはギャップ萌えというやつだな、とラダベルは笑った。
「こんな時間に軍施設に来るのは容認できねぇ。ほら、城の入口まで行くぞ」
「あら、送ってくださるのですか? 珍しく優しいのですね」
ラダベルが手のひらで口元を隠しながらそう言うと、エリアスによって睨まれる。
「……調子に乗るなら置いてく」
「嘘よ」
コンマ一秒で冗談であったと呆気なく暴露するラダベル。彼女は歩き出すエリアスの背中を追った。エリアスの横に自然と並ぶ。
「んで、なんで泣いてやがったんだ」
「……あなた、デリカシーがないとよく言われない?」
「………………言われねぇよ」
たっぷり五秒黙り込んだエリアスは、苦しまぎれに否定した。
聞いてほしくないことをあえて聞くなんて、エリアスはデリカシーという単語とは無縁の人間だろう。だがしかし、彼がいなければラダベルはさらに面倒な目に遭っていたかもしれない。何があったのか、知る権利くらいはあるだろう。
「第二皇子殿下にたまたま会って……心ない言葉をかけられたのですよ。その代わりに頬をぶってやりましたが」
つい先程起こった出来事を正直に伝えると、エリアスは瞠若する。面食らう彼の表情を、ラダベルは脳裏に焼きつける。
「皇族に暴力を振るうことができんのは、この帝国でお前くらいだろうな」
エリアスは口角を上げた。卑しい下心がある笑みではない。純粋さしか現れていない、優しい笑顔。夜空を埋め尽くす星屑の下、自然に笑うエリアスに、ラダベルは心を射抜かれた。なんだか居心地が悪くなり、彼女は不自然に目を逸らす。
「う、訴えられて処刑されないか怖いけど……いざという時はジークルド様に頼るとしましょうっ」
果たしてジークルドに頼っても、助けてもらえるかどうかは不明だ。大将の妻という立場で余計なことをしてくれたものだと反発されるかもしれないが、ジークルドは聖人の如く優しい人間だから、助けてくれる可能性もゼロではない。
「結局は大将頼りかよ。まぁ、あの人は助けてくれるだろうよ」
エリアスの中でもジークルドという人間は、評価が高いらしい。誰にでも慕われているのだな、とジークルドを思い浮かべた時、ちょうど城への入口が見えた。
「ほら、もう迷うんじゃねぇぞ」
「迷わないですよ……。送ってくださってありがとうございました。良い夢を見てくださいね」
ラダベルは頭を下げたあと、背を向ける。少し進み、城へ足を踏み入れたあと、振り返る。エリアスの背中が見えた。随分とたくましい体。以前まではいろいろと絡んできていたのに、内面を知れば知るほど印象は違ってくる。器用な人間ではないものの、面倒みはいい、優しい人。ラダベルは、エリアスの認識を改めなければならないと溜息をつく。靄がかっていた心は、いつの間にか爽快に晴れていた。
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