【完結】死にたくないので婚約破棄したのですが、直後に辺境の軍人に嫁がされてしまいました 〜剣王と転生令嬢〜

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第40話 売り言葉に買い言葉

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 哀愁漂う。傷心した感情を隠しもせず、アデルはラダベルを注視していた。

「ラダベル……」

 アデルに名を呼ばれたラダベルの総身が、確かに震える。気持ち悪かったからでも、鳥肌が立ったからでもない。声に、火傷やけどしてしまうほどの熱がこもっていたのだ。ラダベルは動揺してしまった悔しさを滲ませながら、目を逸らす。

「僕は……お前がどうしてもと言うなら結婚はしてやろうと言ったはずだ……」

 嘆き悲しむアデル。ラダベルは、婚約破棄をされた日の夜を回想した。

『だがまぁ、お前がどうしてもと言うなら……結婚はしてやろうと思う。僕は慈悲深いからな』

 アデルの言葉を思い出す。婚約破棄の宣言をされたことがあまりにも嬉しすぎて、ほかはあまり聞いていなかった。思い出したラダベルは、溜息を吐く。

「どうしてもなどとは言いません」
「っ……!」
「確かに以前までは、第二皇子殿下のことをお慕い申し上げておりましたが……今は違います。第二皇子殿下に長きに渡りつきまとってしまったこと、ここで今一度おびをいたします。申し訳ございません」

 ラダベルは完璧な角度で頭を下げた。
 アデルからすれば、彼女は相当面倒な女だっただろう。しかしアデルは、ようやくその束縛そくばくから解放されたのだ。もっと喜ぶべきなのだが、彼はちっとも嬉しそうではない。

「私は私で幸せになるので、第二皇子殿下もどうぞチェスター伯爵令嬢とお幸せに」

 憂いを帯びたアデルを容赦なく突き放すラダベル。アデルは、突如瞠若どうじゃくし、ラダベルを見つめる。

「チェスター……?」

 アデルは、茫然自失となる。
 カトリーナ・ルレ・リベラ・チェスター伯爵令嬢は、アデルの次の婚約者と噂されている令嬢だ。そして彼女こそ、物語のヒロインである。ラダベルのライバルでもあったが、今ではまったくもって違う。ラダベルはアデルをカトリーナにくれてやったのだ。アデルと結婚して死ぬ未来、もしくはアデルと婚約破棄をして生きる未来。どちらを取るかは、明確だろう。

「チェスター伯爵令嬢とご婚約、ご結婚されるのでしょう? あ、結婚式には呼んでいただいても呼んでいただかなくてもどちらでも構いませんよ」

 ラダベルは心の内を素直に伝える。アデルの元婚約者として結婚式に参列するのは、さすがのラダベルも気が引ける。しかしラダベルの夫は、ジークルド。レイティーン帝国軍の重鎮だ。彼の妻としてアデルの結婚式に参列しないわけにはいかない可能性もある。遠くない未来を想像したラダベルは、憂鬱ゆううつだとげんなりしてしまった。肩を落とす彼女に反して、アデルは目を見張ったまま、拳を握り震えている。

「…………本気で、言っているのか?」
「本気でないと?」

 そう返すと、アデルは再び下を向いてしまった。前までは好戦的であったのに、なんだか今夜は様子がおかしい。熱でもあるのだろうか。今さら婚約破棄をした理由など、彼にとってはどうでもいいはずなのに。ラダベルがまだ自分に未練ありありだということを知って、いいように帝国に言いふらして、ラダベルを嘲笑おうと目論んでいたのだろうか。もしそうだとしたら、思い通りにはなってやらない。ラダベルは既にアデルに微塵も恋心を抱いていないのだから。

「僕は、アイツに……アドバイスを、受けたから……お前に……」
「はい? なんて?」

 上手く聞こえずラダベルが咄嗟に聞き返すと、アデルがガバッと激しく顔を上げて、彼女に詰め寄った。

「僕のお下がりであのルドルガーが満足するとは思えない! どうせ夜のほうもろくに相手できていないんだろう!?」

 詰め寄られ、ラダベルは気圧される。痛いところを突かれてしまったことにより、思わず顔に出てしまった。それを見たアデルは追い討ちをかける。

「その様子だとまだ初夜も過ごせていないようだな? 夫を満足させる役目、子を生む役目を放棄ほうきしたお前など、夫人として失格だろう」

 アデルが嘲り笑う。衝撃のあまり、声も出ないラダベル。なんて失礼な言葉を言うのだろうか。全世界の女を敵に回す言葉。だが、皇族であるアデルが言うならば、許されてしまうそれ。だからと言って、到底許せるものではない。怒りを抑えきれなくなったラダベルは、右手を大きく振り上げる。そして、思いっきり振り下ろす。手のひらでアデルの頬を叩きつけた。アデルは虚脱して、頬に手を添える。

「最低」

 ラダベルは一言吐き捨てる。彼女のトパーズ色の目からは、大粒おおつぶしずくがこぼれ落ちた。ラダベルは背を向け、走り出す。もう何も、考えたくなどなかった。そんな彼女の背に、アデルが手を伸ばしているとも知らずして、ラダベルはドレスをたくし上げながら走り続けたのであった。
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