38 / 158
第38話 夜の手紙
しおりを挟む
食事を食べ終わったラダベルは、ジークルドに自室兼寝室の前まで送ってもらった。
「ここまでで結構です。今日はありがとうございました」
「……あぁ、また明日だな。いい夢を」
ジークルドはそう言って背を向けた。尋常ではないほどにたくましい背中をうっとりとした目で見続けるラダベル。彼の背中が見えなくなるまで、見送り続けたのであった。その傍らで女性軍人たちが、気まずい顔をしていることも気にせずに……。ジークルドの姿が見えなくなり、ラダベルは部屋に入ろうと扉に体を向ける。すると、女性軍人により呼び止められる。
「奥様」
ラダベルは立ち止まり、声をかけてきた女性軍人を見遣る。
「何かしら?」
ラダベルの問いかけに、女性軍人たちは互いに顔を見合わせた。そのあと、どことなく言いにくそうな顔をしている。はっきりしない態度を取る彼女たちに、ラダベルは不機嫌を露呈する。呼び止めた理由を説明してもらわなければ、ラダベルはどうすることもできない。ただこの場に突っ立って無駄な時間を過ごすしかなくなってしまう。痺れを切らした彼女が口を開きかけたその時、ひとりの女性軍人の手に、一通の手紙が握られているのが目に入った。
「それは……」
「あっ……」
女性軍人が咄嗟に手紙を隠そうとするが、時既に遅し。手紙の存在を知ったラダベルは、満面の笑みを浮かべて手を差し伸べた。女性軍人は、背中に隠していた手紙を恐る恐る差し出し、ラダベルの手のひらの上に乗せる。
「誰かから預かったのね。どなたから?」
「…………それ、は……」
「言えません……」
ふたりの女性軍人は、俯いてしまう。極力ラダベルと視線を合わせたくない様子。どうやら彼女たちは、手紙の差出人により脅されて、口止めをされているのだろう。黙秘を続けるふたりの女性軍人を前にして、ラダベルは長嘆息を吐き、封筒から便箋を取り出す。ぺらりと便箋を捲ると、やたらと綺麗な文字で、こう書いてあった。
『庭園の噴水の裏にて、待つ。ひとりで来い』
ラダベルは首を傾げる。手紙の差出人は、やたらと彼女に絡んでくるエリアスだろうか。以前、市場に出かけた際、エリアスが双子の妹と弟のお守りをしていた場面をラダベルが目撃してしまったから、その報復をされるのかもしれない。ラダベルは密かに怯える。しかし彼女は、首を横に振った。あのエリアスがこんなにも美しい均整の取れた文字を書くことができるだろうか。彼にはこの上なく失礼だが、そこまで器用には見えない。
「お願いします、奥様……。どうかこのことは、大将には……」
「言わないから安心して」
間髪入れずしてラダベルが答えると、女性軍人たちはほっと安堵の息を漏らした。ラダベルは、考えている時間が無駄だと結論づけ、呼び出された現場へと行くこととした。手紙を女性軍人のひとりに預ける。
「行ってくるわ。あなたたちはここにいて」
ラダベルはそう言って、軍人たちに背を向けたのであった。
宮を出て、庭園に向かう。夜遅い時間ともなると、人通りは少ない。人々の目を掻い潜って到着した場所は、手紙に書いてあった「庭園の噴水の裏」だ。しかし、人の気配は感じない。イタズラか? と不審に思ったラダベルだが、噴水の後ろにさらに回り込む。噴水の向こう側に、背丈ほどに高い花々が咲いた見事な庭園があるのに気がつく。入り組んだ場所で、周りからはまったく目につかない場所。ラダベルがその庭園に向かい、覗き込む。すると、彼女は目を見張った。庭園には、なんとアデルがいたのだ。アデルは夜空を見上げ、憂いに満ちた表情をしている。さすがのラダベルも、彼の美貌に、彼が醸し出す雰囲気に、胸を高鳴らせてしまった。ゴールデンブロンドの髪は夜風になびき、長い睫毛が震えている。彼の横顔は、まさしく芸術であった。暫し彼の顔に見惚れていたラダベルは、ふと我に返り、軽く咳払いをした。
「夜にこんな場所に呼び出すとは、秘密の恋をする恋人たちのようですね、第二皇子殿下」
ラダベルの声に、アデルは肩を跳ね上がらせ、ラダベルに視線を送った。皮肉を交えた言葉のつもりが、なぜかアデルは、顔に紅葉を散らした。ラダベルは目を点にして、それを見つめる。
「ここまでで結構です。今日はありがとうございました」
「……あぁ、また明日だな。いい夢を」
ジークルドはそう言って背を向けた。尋常ではないほどにたくましい背中をうっとりとした目で見続けるラダベル。彼の背中が見えなくなるまで、見送り続けたのであった。その傍らで女性軍人たちが、気まずい顔をしていることも気にせずに……。ジークルドの姿が見えなくなり、ラダベルは部屋に入ろうと扉に体を向ける。すると、女性軍人により呼び止められる。
「奥様」
ラダベルは立ち止まり、声をかけてきた女性軍人を見遣る。
「何かしら?」
ラダベルの問いかけに、女性軍人たちは互いに顔を見合わせた。そのあと、どことなく言いにくそうな顔をしている。はっきりしない態度を取る彼女たちに、ラダベルは不機嫌を露呈する。呼び止めた理由を説明してもらわなければ、ラダベルはどうすることもできない。ただこの場に突っ立って無駄な時間を過ごすしかなくなってしまう。痺れを切らした彼女が口を開きかけたその時、ひとりの女性軍人の手に、一通の手紙が握られているのが目に入った。
「それは……」
「あっ……」
女性軍人が咄嗟に手紙を隠そうとするが、時既に遅し。手紙の存在を知ったラダベルは、満面の笑みを浮かべて手を差し伸べた。女性軍人は、背中に隠していた手紙を恐る恐る差し出し、ラダベルの手のひらの上に乗せる。
「誰かから預かったのね。どなたから?」
「…………それ、は……」
「言えません……」
ふたりの女性軍人は、俯いてしまう。極力ラダベルと視線を合わせたくない様子。どうやら彼女たちは、手紙の差出人により脅されて、口止めをされているのだろう。黙秘を続けるふたりの女性軍人を前にして、ラダベルは長嘆息を吐き、封筒から便箋を取り出す。ぺらりと便箋を捲ると、やたらと綺麗な文字で、こう書いてあった。
『庭園の噴水の裏にて、待つ。ひとりで来い』
ラダベルは首を傾げる。手紙の差出人は、やたらと彼女に絡んでくるエリアスだろうか。以前、市場に出かけた際、エリアスが双子の妹と弟のお守りをしていた場面をラダベルが目撃してしまったから、その報復をされるのかもしれない。ラダベルは密かに怯える。しかし彼女は、首を横に振った。あのエリアスがこんなにも美しい均整の取れた文字を書くことができるだろうか。彼にはこの上なく失礼だが、そこまで器用には見えない。
「お願いします、奥様……。どうかこのことは、大将には……」
「言わないから安心して」
間髪入れずしてラダベルが答えると、女性軍人たちはほっと安堵の息を漏らした。ラダベルは、考えている時間が無駄だと結論づけ、呼び出された現場へと行くこととした。手紙を女性軍人のひとりに預ける。
「行ってくるわ。あなたたちはここにいて」
ラダベルはそう言って、軍人たちに背を向けたのであった。
宮を出て、庭園に向かう。夜遅い時間ともなると、人通りは少ない。人々の目を掻い潜って到着した場所は、手紙に書いてあった「庭園の噴水の裏」だ。しかし、人の気配は感じない。イタズラか? と不審に思ったラダベルだが、噴水の後ろにさらに回り込む。噴水の向こう側に、背丈ほどに高い花々が咲いた見事な庭園があるのに気がつく。入り組んだ場所で、周りからはまったく目につかない場所。ラダベルがその庭園に向かい、覗き込む。すると、彼女は目を見張った。庭園には、なんとアデルがいたのだ。アデルは夜空を見上げ、憂いに満ちた表情をしている。さすがのラダベルも、彼の美貌に、彼が醸し出す雰囲気に、胸を高鳴らせてしまった。ゴールデンブロンドの髪は夜風になびき、長い睫毛が震えている。彼の横顔は、まさしく芸術であった。暫し彼の顔に見惚れていたラダベルは、ふと我に返り、軽く咳払いをした。
「夜にこんな場所に呼び出すとは、秘密の恋をする恋人たちのようですね、第二皇子殿下」
ラダベルの声に、アデルは肩を跳ね上がらせ、ラダベルに視線を送った。皮肉を交えた言葉のつもりが、なぜかアデルは、顔に紅葉を散らした。ラダベルは目を点にして、それを見つめる。
17
お気に入りに追加
1,664
あなたにおすすめの小説
乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?
シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。
……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜
青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ
孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。
そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。
これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。
小説家になろう様からの転載です!

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

ぽっちゃり令嬢の異世界カフェ巡り~太っているからと婚約破棄されましたが番のモフモフ獣人がいるので貴方のことはどうでもいいです~
翡翠蓮
ファンタジー
幼い頃から王太子殿下の婚約者であることが決められ、厳しい教育を施されていたアイリス。王太子のアルヴィーンに初めて会ったとき、この世界が自分の読んでいた恋愛小説の中で、自分は主人公をいじめる悪役令嬢だということに気づく。自分が追放されないようにアルヴィーンと愛を育もうとするが、殿下のことを好きになれず、さらに自宅の料理長が作る料理が大量で、残さず食べろと両親に言われているうちにぶくぶくと太ってしまう。その上、両親はアルヴィーン以外の情報をアイリスに入れてほしくないがために、アイリスが学園以外の外を歩くことを禁止していた。そして十八歳の冬、小説と同じ時期に婚約破棄される。婚約破棄の理由は、アルヴィーンの『運命の番』である兎獣人、ミリアと出会ったから、そして……豚のように太っているから。「豚のような女と婚約するつもりはない」そう言われ学園を追い出され家も追い出されたが、アイリスは内心大喜びだった。これで……一人で外に出ることができて、異世界のカフェを巡ることができる!?しかも、泣きながらやっていた王太子妃教育もない!?カフェ巡りを繰り返しているうちに、『運命の番』である狼獣人の騎士団副団長に出会って……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる