【完結】死にたくないので婚約破棄したのですが、直後に辺境の軍人に嫁がされてしまいました 〜剣王と転生令嬢〜

I.Y

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第30話 ボクっ娘……?

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 アデルとミアに案内をされた場所は、診察室と書かれた部屋であった。そこは、ラダベルに二日酔いに効く薬を調合して渡した軍医がいる診察室だ。

「マクレーン先生。今少し、よろしいでしょうか?」

 ミアが木製の扉を開けて問いかける。すると診察室内から、ドタバタガッシャーン、という物同士が激しくぶつかり合う音が聞こえてきた。ラダベルとセリーヌは互いの顔を見合わせたあと、ミアの後ろから診察室を覗き込む。室内には、多くの医療器具を大胆になぎ倒している軍医の姿があった。ぺたりと地面に座り、白衣の余った袖から控えめに覗く小さな手で頭を押さえていた。転んだ拍子に頭を打ってしまったのだろう。

「痛い……」

 そう呟いて顔を上げる軍医。ライトクリーム色のふわふわの髪を掻き分けた先、眠気も覚めるような強い色味のマゼンタ色の双眸か現れる。顔の半分を埋める丸眼鏡がチャームポイントの美少女だ。極東に住まう人々百人にアンケートを行えば、満場一致まんじょういっちで「可愛い」という欄に花丸をつけるであろうほどの愛くるしさを誇る軍医は、ラダベルの顔を見た途端、激しく狼狽える。

「は、伯爵夫人っ!!!」

 勢いよく立ち上がるも、白衣の裾を踏んでしまい、再びすっ転んでしまった。

「っ~~~~!」

 軍医は痛む場所を押さえながら悶える。患者を治療する立場の人間が怪我ばかりしていてはいたたまれない。ラダベルはすぐさま軍医に駆け寄り、手を差し伸べた。

「大丈夫ですか?」

 ラダベルの優しさに、軍医は感動をしたのか、マゼンタの瞳をキラキラと輝かせた。純度百パーセント。不純物など一切見受けられない。あまりの純真無垢な眼差しは、ラダベルの心までをも浄化していく。

(な、なんて可愛いの……!?)

 声には出さないものの、心の中で全力で訴える。今すぐにでも目の前の美少女を抱きしめてあげたいという欲求に支配されたラダベルは、下心丸出しの表情でさらに手を伸ばした。

「は、伯爵夫人のお手を借りるなど、恐れ多いことです……」

 軍医はおぼつかない足取りで立ち上がる。大きな眼でラダベルを捉え、深く頭を下げる。

「大変見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ございません……」

 軍医は、謝罪をして頭を上げた。背丈は、ラダベルとほぼ変わらない。声は可愛らしいものの、女性にしては少し低めだ。白衣は彼女には大きすぎるのか、大きく余ってしまっている。だがそこもまた、キュートだ。ラダベルは彼女を今すぐ抱きしめて、そのまま懐に入れてしまいたい衝動に襲われる。

「こんなにも可愛い生き物が存在していてもいいの? この世界はあまりにも不平等だわ」

 目の前の軍医は、ラダベルの言葉の意味が分からないのか、小首をこてんと傾げた。あざとい行動に、ラダベルは頭を抱えて悶絶する。そんな彼女を見て、セリーヌとミアは感慨深く頷いた。恐らく、ラダベルが軍医に対して抱いている気持ちに酷く同意をしているのだろう。

「伯爵夫人?」
「……なんでもないです。あなたの可愛さについ悶えてしまったわ。取り乱してしまってごめんなさい」

 ラダベルは軍医の小さな手をそっと握り謝罪をすると、軍医は目を大きく見張り、ブンブンとかぶりを振る。

「と、とんでもないですっ!!!」

 軍医は、大声で叫ぶ。

「私は、ラダベル・ラグナ・イルミニア・ルドルガーと申します。ルドルガー伯爵の妻です。あなたの名をお聞きしても?」

 ラダベルが完璧な挨拶をすると、続いて軍医が口を開く。

「僕の名前は、セドリック。セドリック・マクレーンです。レイティーン帝国軍極東部の軍医を務めております」

 セドリックと名乗った軍医は、メガネをしっかりとかけ直しながら挨拶をする。あまりにもその仕草が可愛いため、気づくのに遅れてしまったが、ラダベルは違和感を感知する。

「………………僕?」

 ラダベルが顎に手を当てて、セドリックを見つめる。足の爪先から頭のてっぺんまで眺めたあと、眉間に皺を寄せる。どこからどう見ても、可愛い可愛い女の子だ。ラダベルの意味深長な視線に気がついたセドリックは、何か申し訳なさそうに笑う。


「あぁ、僕、こう見えて男なんです」
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