【完結】死にたくないので婚約破棄したのですが、直後に辺境の軍人に嫁がされてしまいました 〜剣王と転生令嬢〜

I.Y

文字の大きさ
上 下
29 / 158

第29話 麗しの戦皇子

しおりを挟む
 強く腕を引かれる。ラダベルは瞬発的に振り返ってしまった。間近に迫るのは、エリアスの整った顔。男らしさを感じさせるイケメンの顔に見惚れていると、ふと我に返るラダベル。エリアスの腕を振り払って逃亡を試みるも、失敗に終わる。ただの伯爵夫人が、レイティーン帝国が誇る極東部所属の軍人、それも少尉という階級の男に適うはずなどなかった。

「あんた……」

 ラダベルの目をまじまじと見つめ、エリアスは呟く。すると突然、彼は振り下ろされたを瞬時に避けた。

「え」

 ラダベルが間抜けな声を漏らす。彼女の目前には、にわかには信じがたい光景が広がっていた。なんと、木製の床がまっぷたつに割れていたのだ。そこに突き刺さっているのは、黄金に輝く一本の剣。あまりの神々しさに、神器かと疑うほどである。黄金の剣の柄を掴んでいたのは、アデルであった。窓から吹き込んだ風に揺れるゴールデンブロンドの前髪。中央で分かれた髪の隙間から、ウォーターブルーの瞳が現れる。鋭い眼光に貫かれ、ラダベルの心臓は跳ね上がった。ラダベルは、静かに後退りをする。

(イケメンすぎるのも考えものだけど……何よりいとも簡単に床を割ってしまうなんて……恐ろしすぎない?)

 ラダベルは今一度、アデルの力の強さに驚愕した。ジークルドと比べると意外と線の細いアデルだが、彼から繰り出される一挙一動いっきょいちどうはまさしく軍人のそれだ。魂が変わってしまう前のラダベルならば、今のアデルの姿を見て、目にピンク色のハートマークを浮かべ歓喜していたことであろう。しかし今のラダベルは、アデルを美丈夫だとは認めているが、別に好きなわけではないため、歓喜はしない。むしろ野蛮だと、アデルを非難する目を向けた。アデルはラダベルにひと目もくれず、エリアスを見つめる。

「貴様、名は?」
「………………」
「さっさと答えろ。さもなくば貴様の目を潰す」
「っ」

 アデルの全身から溢れ出す殺気に、エリアスが怖気づく。

「エリアス・バート。階級は少尉、です」

 エリアスは震えを抑え、なんとか自身の名と階級を答えた。先程まで軽口を叩いていた軍人とは思えないほど、彼は縮こまってしまっていた。レイティーン帝国第二皇子にして、帝国軍総司令官のアデルが放つ殺気には、耐えられなかったようだ。

「ラダベルの腕を掴むとは、どれほどの重罪か分かっているのか? エリアス・バート」

 アデルは床から剣を引き抜き、エリアスに剣先を向ける。黄金の剣は見た目からして非常に重厚そうだが、アデルはそれを片手で軽々と持ち上げてみせる。剣先は、少しも震えることはない。彼の筋力の強さが窺える。アデルは幼少期から、剣の才能が同年代の男子の中でも群を抜いており、初陣ういじんでは奇跡的な戦歴を挙げた。剣の腕前と他国を震え上がらせる完璧な戦術眼せんじゅつがん。そして部下たちを従えるカリスマ性は、軍のトップとしてふさわしいものだろう。他国では、“麗しの戦皇子”との異名で呼ばれるほどだ。そんな彼は、今ではまさしく戦闘狂せんとうきょうと化してしまっているが。

「余程死にたいらしいな」

 アデルが構えた剣を振り下ろそうとした瞬刻のこと、ラダベルは制止するよう声をかけた。

「お待ちください」

 アデルは剣を止める。そして剣を下げ、ラダベルを睥睨した。何より彼女自身に茶々を入れられたことが許せなかったらしい。しかしアデルが怒っている理由は、エリアスがラダベルの腕を引き寄せていたからだ。ラダベルは、まったくの無関係ではない。彼女からしたら、なぜアデルが怒っているのかも分からないわけだが。

「ここがどこだかお忘れですか? 第二皇子殿下」
「……何?」
「レイティーン帝国軍極東部、ルドルガー伯爵が治める地です。いくら軍の総司令官である第二皇子殿下と言えど、ジークルド様の知らぬ場所で騒動そうどうを起こすのはいかがなものかと」

 ラダベルの的を射る忠告に対して、アデルは唇を噛みしめて悔しげに顔を背ける。正論を突きつけられ何も言えなくなった彼に、ラダベルはトドメの一言を放つ。

「さっさと皇都に帰られては?」

 極北の地よりも寒さを感じる冷酷な言葉。ラダベルはアデルに背を向けて、本来向かうべきであった場所に歩を進める。セリーヌとミアも彼女のあとに続く。エリアスと共に取り残されたアデルは、ラダベルの背に視線を送り続けたのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜

青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ 孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。 そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。 これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。 小説家になろう様からの転載です!

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

愚かな者たちは国を滅ぼす【完結】

春の小径
ファンタジー
婚約破棄から始まる国の崩壊 『知らなかったから許される』なんて思わないでください。 それ自体、罪ですよ。 ⭐︎他社でも公開します

ぽっちゃり令嬢の異世界カフェ巡り~太っているからと婚約破棄されましたが番のモフモフ獣人がいるので貴方のことはどうでもいいです~

翡翠蓮
ファンタジー
幼い頃から王太子殿下の婚約者であることが決められ、厳しい教育を施されていたアイリス。王太子のアルヴィーンに初めて会ったとき、この世界が自分の読んでいた恋愛小説の中で、自分は主人公をいじめる悪役令嬢だということに気づく。自分が追放されないようにアルヴィーンと愛を育もうとするが、殿下のことを好きになれず、さらに自宅の料理長が作る料理が大量で、残さず食べろと両親に言われているうちにぶくぶくと太ってしまう。その上、両親はアルヴィーン以外の情報をアイリスに入れてほしくないがために、アイリスが学園以外の外を歩くことを禁止していた。そして十八歳の冬、小説と同じ時期に婚約破棄される。婚約破棄の理由は、アルヴィーンの『運命の番』である兎獣人、ミリアと出会ったから、そして……豚のように太っているから。「豚のような女と婚約するつもりはない」そう言われ学園を追い出され家も追い出されたが、アイリスは内心大喜びだった。これで……一人で外に出ることができて、異世界のカフェを巡ることができる!?しかも、泣きながらやっていた王太子妃教育もない!?カフェ巡りを繰り返しているうちに、『運命の番』である狼獣人の騎士団副団長に出会って……

処理中です...