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第21話 祭壇にてあなたと誓う
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「お待たせしてしまいましたね、ジークルド様」
ラダベルの登場に、ジークルドは瞠目した。ラダベルは、ジークルドの傍に歩み寄る。そして、破顔一笑した。あまりの純度の高さに、ジークルドは分かりやすく顔を赤らめた。ラダベルは、彼のことをただの仏頂面かと思っていたが、関わっていく度に極度の恥ずかしがり屋なのだと理解する。
ジークルドは頬を赤くしながら、彼女を見つめる。あまりにもまっすぐな視線に、ラダベルはドギマギとしてしまう。なんとか平常心を保とうと、話を逸らすことにした。
「じゅ、準備は整いましたか?」
「……あぁ、」
ラダベルの問いに、ジークルドが頷く。ラダベルは噛んでしまったことに羞恥を覚えながら、体の向きを変えて、扉と向き合った。ジークルドは自然な動作で、腕を差し出す。彼の意図を察したラダベルは、彼の腕に手を添える。間に続く扉の前に立っていた軍人たちは、新郎新婦の準備ができたことを確認して首を縦に振り、扉を軽くノックした。
「ジークルド・レオ・イルミニア・ルドルガー伯爵並びに、ラダベル・ラグナ・デ・ティオーレ公爵令嬢のご入場!!!」
扉の向こうに構えていたのであろう軍人が咆哮を上げる。ろくに心の準備が整わないまま、重厚な扉が開け放たれた。ラダベルはあまりの緊張から、胃の中の物が飛び出てしまいそうになる感覚に襲われた。ジークルドの腕をギュッと掴むと、横顔に彼の視線を感じる。
「ドレス、よく似合っている」
「え」
張り詰めた心をさらに雁字搦めにして息苦しさをもたらすようなジークルドの言葉に、ラダベルは間抜けな声を漏らしてしまった。ジークルドに半ば引っ張られる形で、彼女は間に入場する。
結婚式の会場である間に足を踏み入れたふたり。中央に敷かれたレッドカーペットの左右には、多くの軍人と、ジークルドによって選別され招待された貴族たちの姿が。もちろんだが、ラダベルの家族の姿は見当たらなかった。わざわざ招待を受けた音楽団が持ち前の楽器で、緩やかで優しい音色を奏で始める。ラダベルとジークルドは背筋を伸ばし、雄気堂々とした様子でレッドカーペットを歩く。一歩、また一歩。永遠の時のように感じられるほどに長い一本道だ。
あともう少しで最終地点に到着するというところで、ラダベルは左手にいる人物と目が合う。レイティーン帝国軍総司令官であるアデルであった。アデルはラダベルと視線がかち合った瞬間、唇を噛みしめ俯いてしまった。悲嘆に満ちた相貌。何が悲しくて、何が悔しくて、そんな顔をしているのか。ラダベルは、悲痛に塗れた表情を浮かべるほど、自分が幸せになるのが嫌なのか? と考える。
(あなたは、チェスター伯爵令嬢とお幸せに。私はこのイケメンと幸せに過ごすから)
胸中で堂々宣言をしたラダベルは、口元に微笑みを刻み、アデルから目を逸らしたのであった。
レッドカーペットの終わり、祭壇がある場所まで辿りつく。極東部の教会から招かれたのであろう司祭が立っていた。ラダベルとジークルドが立ち止まると共に、音楽が鳴り止む。司祭が聖典を開いたあと、静寂の空間にて声を発する。
「ジークルド・レオ・イルミニア・ルドルガー。汝はラダベル・ラグナ・デ・ティオーレを妻とし、病める時も健やかなる時も、その命のある限り、妻を愛することを誓いますか?」
「はい、誓います」
ジークルドは返答をする。司祭の言葉に、ラダベルは内心愕然とした。この世界でも、神父による誓いの言葉があるのか、と。前の世界と共通する文化に、僅かながらに親近感を感じた。
「ラダベル・ラグナ・デ・ティオーレ。汝はジークルド・レオ・イルミニア・ルドルガーを夫とし、病める時も健やかなる時も、その命のある限り、夫を愛することを誓いますか?」
司祭に問いかけられるも、ラダベルは無言を貫いている。答えないのではない。まだ、答えられないのだ。それを見守っていた軍人や貴族は、声こそ発することはないが、互いの顔を見合ったりなどして、彼女の無言に猜疑心を抱く。
ラダベルは、ひとり熟考した。死にたくないがために、アデルと婚約破棄をしたものの、実父の命令によって、極東の軍人ジークルドへと嫁がされてしまった。それが吉と出るか凶と出るかは、今の時点では判断できない。だが、その鍵を握っているのは、紛れもなくラダベルだ。貴族令嬢、それも毒親のもとに転生した以上、結婚を避けることは難しい。殺される恐怖に怯えることなく、人生をよりよいものとするためには、ラダベル自身の手にかかっているのだ――。
「はい、誓います」
ラダベルは強く、頷いた。隣に佇んでいたジークルドは、安堵の息を漏らす。
「では、指輪の交換を」
ジークルドは、司祭から指輪を受け取る。ラダベルの手を取り、左手の薬指にそっとはめた。ラダベルも指輪を受け取り、ジークルドの左手の薬指に収めた。
「誓いの口づけを」
ラダベルは、驚倒する。ジークルドが緩徐に距離を詰めてくる。間近に迫る彼の美顔。あまりの眩しさに目ごと潰れてしまいそうな恐怖を抱いた瞬間、咄嗟に目を瞑る。
(う、うそうそうそ、こんなイケメンとっ…………)
唇、ではなく、唇の端に降りかかるキス。周囲から見たらしっかりと触れているように見えたのか、拍手喝采が沸き起こった。ラダベルは、指先で唇を触る。誓いであるキスをしてもらえなかった事実に、ほんの少しだけ、意気消沈したのであった。
ラダベルの登場に、ジークルドは瞠目した。ラダベルは、ジークルドの傍に歩み寄る。そして、破顔一笑した。あまりの純度の高さに、ジークルドは分かりやすく顔を赤らめた。ラダベルは、彼のことをただの仏頂面かと思っていたが、関わっていく度に極度の恥ずかしがり屋なのだと理解する。
ジークルドは頬を赤くしながら、彼女を見つめる。あまりにもまっすぐな視線に、ラダベルはドギマギとしてしまう。なんとか平常心を保とうと、話を逸らすことにした。
「じゅ、準備は整いましたか?」
「……あぁ、」
ラダベルの問いに、ジークルドが頷く。ラダベルは噛んでしまったことに羞恥を覚えながら、体の向きを変えて、扉と向き合った。ジークルドは自然な動作で、腕を差し出す。彼の意図を察したラダベルは、彼の腕に手を添える。間に続く扉の前に立っていた軍人たちは、新郎新婦の準備ができたことを確認して首を縦に振り、扉を軽くノックした。
「ジークルド・レオ・イルミニア・ルドルガー伯爵並びに、ラダベル・ラグナ・デ・ティオーレ公爵令嬢のご入場!!!」
扉の向こうに構えていたのであろう軍人が咆哮を上げる。ろくに心の準備が整わないまま、重厚な扉が開け放たれた。ラダベルはあまりの緊張から、胃の中の物が飛び出てしまいそうになる感覚に襲われた。ジークルドの腕をギュッと掴むと、横顔に彼の視線を感じる。
「ドレス、よく似合っている」
「え」
張り詰めた心をさらに雁字搦めにして息苦しさをもたらすようなジークルドの言葉に、ラダベルは間抜けな声を漏らしてしまった。ジークルドに半ば引っ張られる形で、彼女は間に入場する。
結婚式の会場である間に足を踏み入れたふたり。中央に敷かれたレッドカーペットの左右には、多くの軍人と、ジークルドによって選別され招待された貴族たちの姿が。もちろんだが、ラダベルの家族の姿は見当たらなかった。わざわざ招待を受けた音楽団が持ち前の楽器で、緩やかで優しい音色を奏で始める。ラダベルとジークルドは背筋を伸ばし、雄気堂々とした様子でレッドカーペットを歩く。一歩、また一歩。永遠の時のように感じられるほどに長い一本道だ。
あともう少しで最終地点に到着するというところで、ラダベルは左手にいる人物と目が合う。レイティーン帝国軍総司令官であるアデルであった。アデルはラダベルと視線がかち合った瞬間、唇を噛みしめ俯いてしまった。悲嘆に満ちた相貌。何が悲しくて、何が悔しくて、そんな顔をしているのか。ラダベルは、悲痛に塗れた表情を浮かべるほど、自分が幸せになるのが嫌なのか? と考える。
(あなたは、チェスター伯爵令嬢とお幸せに。私はこのイケメンと幸せに過ごすから)
胸中で堂々宣言をしたラダベルは、口元に微笑みを刻み、アデルから目を逸らしたのであった。
レッドカーペットの終わり、祭壇がある場所まで辿りつく。極東部の教会から招かれたのであろう司祭が立っていた。ラダベルとジークルドが立ち止まると共に、音楽が鳴り止む。司祭が聖典を開いたあと、静寂の空間にて声を発する。
「ジークルド・レオ・イルミニア・ルドルガー。汝はラダベル・ラグナ・デ・ティオーレを妻とし、病める時も健やかなる時も、その命のある限り、妻を愛することを誓いますか?」
「はい、誓います」
ジークルドは返答をする。司祭の言葉に、ラダベルは内心愕然とした。この世界でも、神父による誓いの言葉があるのか、と。前の世界と共通する文化に、僅かながらに親近感を感じた。
「ラダベル・ラグナ・デ・ティオーレ。汝はジークルド・レオ・イルミニア・ルドルガーを夫とし、病める時も健やかなる時も、その命のある限り、夫を愛することを誓いますか?」
司祭に問いかけられるも、ラダベルは無言を貫いている。答えないのではない。まだ、答えられないのだ。それを見守っていた軍人や貴族は、声こそ発することはないが、互いの顔を見合ったりなどして、彼女の無言に猜疑心を抱く。
ラダベルは、ひとり熟考した。死にたくないがために、アデルと婚約破棄をしたものの、実父の命令によって、極東の軍人ジークルドへと嫁がされてしまった。それが吉と出るか凶と出るかは、今の時点では判断できない。だが、その鍵を握っているのは、紛れもなくラダベルだ。貴族令嬢、それも毒親のもとに転生した以上、結婚を避けることは難しい。殺される恐怖に怯えることなく、人生をよりよいものとするためには、ラダベル自身の手にかかっているのだ――。
「はい、誓います」
ラダベルは強く、頷いた。隣に佇んでいたジークルドは、安堵の息を漏らす。
「では、指輪の交換を」
ジークルドは、司祭から指輪を受け取る。ラダベルの手を取り、左手の薬指にそっとはめた。ラダベルも指輪を受け取り、ジークルドの左手の薬指に収めた。
「誓いの口づけを」
ラダベルは、驚倒する。ジークルドが緩徐に距離を詰めてくる。間近に迫る彼の美顔。あまりの眩しさに目ごと潰れてしまいそうな恐怖を抱いた瞬間、咄嗟に目を瞑る。
(う、うそうそうそ、こんなイケメンとっ…………)
唇、ではなく、唇の端に降りかかるキス。周囲から見たらしっかりと触れているように見えたのか、拍手喝采が沸き起こった。ラダベルは、指先で唇を触る。誓いであるキスをしてもらえなかった事実に、ほんの少しだけ、意気消沈したのであった。
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