【完結】死にたくないので婚約破棄したのですが、直後に辺境の軍人に嫁がされてしまいました 〜剣王と転生令嬢〜

I.Y

文字の大きさ
上 下
19 / 158

第19話 当てにならない噂

しおりを挟む
 結婚式前日の深夜。あとひと晩もすれば、完全に満ちる月がぽっかりと浮かぶ。若干じゃっかんの肌寒さに肌を撫でられる中、ジークルドのプライベートの執務室には、ジークルド、ウィル、そしてラダベルの専属侍女であるセリーヌがいた。

「以上が報告にございます」

 ジークルドへの報告を終えたセリーヌは、そう言った。

「なるほど……」

 ジークルドは頷き、ペンを置く。椅子の背もたれに深く背を預け、目元を押さえた。目を酷使こくししすぎた疲労からか、それともセリーヌの報告に不備があったが故の呆れか。そのどちらも違う。

「お噂とは随分と違うお方、ですね」
「……そうだな」

 ウィルの呟きをジークルドは肯定する。
 ジークルドはたった今、明日、自身の妻となるラダベルの報告を受けていたのだ。何かしら悪いことをしていないかという見張りの意味もある。ラダベルが城にやって来る以前は、彼女の機嫌をそこねたら面倒のため、好きなように使える資金を用意したり、彼女が望むものは最大限叶えようと決意していた。しかし、それも杞憂きゆうに終わる。ジークルドの予想とは反して、ラダベルは部屋や庭園で大人しく過ごしており、特に欲しい物も強請ねだってこない。噂に聞いた悪女であれば、今頃ラダベルのために用意した資金は底を尽き、軍人たちをも敵に回して、好き勝手遊んでいたことだろう。
 ティオーレ公爵家の双子は、レイティーン帝国でもかなり有名であった。特に妹であるラダベルのほうは、最悪の悪女として名をせていた。美しい風貌ふうぼうとは裏腹に、内面は悪魔のような女性と噂されているほど。それでも、一部の貴族令息たちからは圧倒的な人気を博していた。男などりみどり、そんなラダベルが白羽しらはの矢を立てたのは、第二皇子アデルである。ラダベルは、アデルの隣、第二皇子妃の座を手に入れるためならばなんでもした。裏では、人殺しという話も――。それくらいにおぞましい悪女が一途に想いを寄せたアデルと突然婚約破棄をしたという話は、人々の度肝どぎもを抜いた。それは、ジークルドも例に漏れず。レイティーン帝国屈指の悪女を妻に迎えるのは、ジークルドもかなり緊張して身構えていたのだ。最大限の礼儀を払わなければならない、彼女を無駄に刺激してはならないと丁重にもてなしたのだが……。ラダベルはジークルドの心配を他所に、自身も礼儀を重んじて対応をした。まさしく、噂とは正反対の人間。もはや……。

「別人のようだな」

 ジークルドがひとりでに呟いた。
 別人と言ってくれたほうが、むしろ納得できる。ジークルドは過去にラダベルと顔を合わせたことはないため、判断材料は不確かな噂しかないが、彼女は悪女だと皆口を揃えて言っていた。今さら、その人々が噂に踊らされただけであったとは考えにくい。ならば、残る可能性はただひとつ。ラダベルが改心したという可能性だ。容易には信じられないが、もはやこの可能性しか残されていない。アデルに愛されないことに痺れを切らし、彼への想いを諦めたのか。もやがかかる心を無理に納得させようと、ジークルドはそう考えた。

「……本性を見せてはおられない、とか?」

 ウィルが推測する。しかし、それに対してセリーヌは首を横に振った。

「失礼な物言いかもしれませんが、本性を隠すほど……奥様は器用な方ではないと、私は思うのです。優しく、礼儀正しく、かと思えばハッとするような強さを持っているお方です。それから、純真無垢じゅんしんむくなお方でもあります」

 ラダベルと出会ってひと月も経っていないが、セリーヌは彼女の本質を鋭く見抜いていた。セリーヌの言葉を聞いたウィルは、首肯する。

「セリーヌ嬢が仰る通り、ですね。失礼なことを申しました。お許しください」
「い、いえ」

 ウィルが頭を下げると、セリーヌは頬を赤らてかぶりを振った。彼女は口先をとがらせながら、頭を振った拍子ひょうしに少し乱れた前髪を整えた。乙女おとめさながらの行動だ。

「明日の結婚式、何事もなければいいが」

 ジークルドが漏らした本音に、ウィルとセリーヌは頷きを見せる。
 明日に迫るラダベルとの結婚式。ラダベルのために用意した最高級の衣装を纏った彼女を思い浮かべ、らしくなく、それを早く見たいと思いを馳せたのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜

青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ 孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。 そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。 これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。 小説家になろう様からの転載です!

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

愚かな者たちは国を滅ぼす【完結】

春の小径
ファンタジー
婚約破棄から始まる国の崩壊 『知らなかったから許される』なんて思わないでください。 それ自体、罪ですよ。 ⭐︎他社でも公開します

ぽっちゃり令嬢の異世界カフェ巡り~太っているからと婚約破棄されましたが番のモフモフ獣人がいるので貴方のことはどうでもいいです~

翡翠蓮
ファンタジー
幼い頃から王太子殿下の婚約者であることが決められ、厳しい教育を施されていたアイリス。王太子のアルヴィーンに初めて会ったとき、この世界が自分の読んでいた恋愛小説の中で、自分は主人公をいじめる悪役令嬢だということに気づく。自分が追放されないようにアルヴィーンと愛を育もうとするが、殿下のことを好きになれず、さらに自宅の料理長が作る料理が大量で、残さず食べろと両親に言われているうちにぶくぶくと太ってしまう。その上、両親はアルヴィーン以外の情報をアイリスに入れてほしくないがために、アイリスが学園以外の外を歩くことを禁止していた。そして十八歳の冬、小説と同じ時期に婚約破棄される。婚約破棄の理由は、アルヴィーンの『運命の番』である兎獣人、ミリアと出会ったから、そして……豚のように太っているから。「豚のような女と婚約するつもりはない」そう言われ学園を追い出され家も追い出されたが、アイリスは内心大喜びだった。これで……一人で外に出ることができて、異世界のカフェを巡ることができる!?しかも、泣きながらやっていた王太子妃教育もない!?カフェ巡りを繰り返しているうちに、『運命の番』である狼獣人の騎士団副団長に出会って……

処理中です...