14 / 158
第14話 悪口
しおりを挟む
日が沈む前。ラダベルは、ジークルドの仕事が終わる時間帯を見計らって、セリーヌを連れ彼のもとに向かおうと決意した。渡り廊下を渡り、ジークルドのプライベートの自室や執務室を訪ねるも、見事に不在。どうやらまだジークルドは城に帰ってきていないようだ。ラダベルは傍らに控えるセリーヌに話しかける。
「セリーヌ。伯爵はどこにいらっしゃると思う?」
「この時間帯に城にいらっしゃらないということは……まだお仕事をされている最中かと思います」
「……今行くのはやっぱりまずいかしら?」
「そう、ですね。状況にもよるかとは思いますが……」
セリーヌは言葉を濁した。いくら婚約者と言えど、仕事中に訪ねることは常識を脱した行いだろう。しかしラダベルは、どうしてもジークルドに会いたいのだ。今日伝えなければ、もう二度と伝えられない気がするから。
「どうしても今日中に伝えたいことがあるの」
ラダベルは覚悟を決めてそう言う。セリーヌは主人である彼女が決めたことならば何も言うまい、と首肯した。
ふたりは、城と併設する軍施設に向かった。訓練をこなしたり、仕事をしたり、やたらと多忙な軍人たちは、ラダベルの姿を見た途端、ギョッと目を剥く。全身に突き刺さる痛い視線。どの軍人たちもラダベルと目が合いそうになると、瞬発的に逸らす。ラダベルを歓迎していた昨日とは違う反応に、ラダベルは肩を落とした。彼女が悪女だという噂は、僻地である極東の地にまでも流れてきているらしい。噂は全て嘘であると言っても通用しないだろう。
「温室育ちのお嬢様が一体軍になんの用だ?」
突然声をかけられたラダベル。声の方向へ目を向けると、ひとりの軍人が彼女に下劣な目線を送ってきていた。
「戦場すら知らない貴族令嬢が大将に嫁ぐとはな。しかも相手は噂の悪女。総司令官のお手つきだ。大将も随分と趣味が悪い」
あからさまにラダベルを愚弄する言葉をこぼしたのは、高身長のイケメンだ。アッシュグレイの短髪に、ブルーラベンダーの瞳の色をしている。端整な顔立ちをしているが、極悪人の雰囲気が醸し出されている。軍人の無礼な言葉に対して、セリーヌが物申そうと口を開くが、ラダベルがそれを制する。トパーズ色の眼が細められる。
「そうですね。私もそう思います。ルドルガー伯爵はご趣味が悪いと。私のようなただの女に煌びやかなウェディングドレスまで用意するなんて、本当に正気を疑います」
ラダベルは、赤い唇を歪めて恍惚と笑う。
「あなたもそう思うでしょう? ルドルガー伯爵は、正気ではないと」
やたらと好戦的なラダベルに対して、悪口を言った軍人は眉間に皺を寄せる。極悪非道とも言える悪口に、憤慨するのではなく、むしろ便乗して楽しんでみせるラダベルの正気こそ疑っているようであった。
「あなたの名前をお伺いしても?」
「はっ、聞いてどうするつもりだ。たかが一般の軍人の名前なんぞ興味がないだろ」
「もしかしてあなた、私がルドルガー伯爵に告げ口をするとでも思ってるの?」
「っ……!」
軍人は、息を呑む。ブルーラベンダーの瞳は、驚きに満ちていた。「なぜ分かった」と顔に書いてあるのを見る限り、良い意味でも悪い意味でも素直な男性なのだろう。
「そんな……面倒な一軍女じゃないんだからやめてよね」
ラダベルは腕を組み斜め下を見つめながら、冷たく吐き捨てた。彼女の言葉の意味が分からないのか、セリーヌは、小首を傾げた。ラダベルに悪口を漏らした軍人は、仕方がなく口を開く。
「……エリアス・バート。階級は少尉だ」
「バート少尉ですね。少尉というそれなりの階級を賜っているのに、上官の許嫁の悪口を叩くとは、命知らずですね」
エリアスが放った言葉の剣先をぽっきりと折った挙句、さらに尖った切れ味抜群の剣を彼へと向けるラダベル。エリアスは事の重大さにようやく気がついたのか、僅かに顔色を青ざめさせる。
「別に構いませんが」
ラダベルが嬌笑を湛えて笑った瞬間。
「何をしている?」
「セリーヌ。伯爵はどこにいらっしゃると思う?」
「この時間帯に城にいらっしゃらないということは……まだお仕事をされている最中かと思います」
「……今行くのはやっぱりまずいかしら?」
「そう、ですね。状況にもよるかとは思いますが……」
セリーヌは言葉を濁した。いくら婚約者と言えど、仕事中に訪ねることは常識を脱した行いだろう。しかしラダベルは、どうしてもジークルドに会いたいのだ。今日伝えなければ、もう二度と伝えられない気がするから。
「どうしても今日中に伝えたいことがあるの」
ラダベルは覚悟を決めてそう言う。セリーヌは主人である彼女が決めたことならば何も言うまい、と首肯した。
ふたりは、城と併設する軍施設に向かった。訓練をこなしたり、仕事をしたり、やたらと多忙な軍人たちは、ラダベルの姿を見た途端、ギョッと目を剥く。全身に突き刺さる痛い視線。どの軍人たちもラダベルと目が合いそうになると、瞬発的に逸らす。ラダベルを歓迎していた昨日とは違う反応に、ラダベルは肩を落とした。彼女が悪女だという噂は、僻地である極東の地にまでも流れてきているらしい。噂は全て嘘であると言っても通用しないだろう。
「温室育ちのお嬢様が一体軍になんの用だ?」
突然声をかけられたラダベル。声の方向へ目を向けると、ひとりの軍人が彼女に下劣な目線を送ってきていた。
「戦場すら知らない貴族令嬢が大将に嫁ぐとはな。しかも相手は噂の悪女。総司令官のお手つきだ。大将も随分と趣味が悪い」
あからさまにラダベルを愚弄する言葉をこぼしたのは、高身長のイケメンだ。アッシュグレイの短髪に、ブルーラベンダーの瞳の色をしている。端整な顔立ちをしているが、極悪人の雰囲気が醸し出されている。軍人の無礼な言葉に対して、セリーヌが物申そうと口を開くが、ラダベルがそれを制する。トパーズ色の眼が細められる。
「そうですね。私もそう思います。ルドルガー伯爵はご趣味が悪いと。私のようなただの女に煌びやかなウェディングドレスまで用意するなんて、本当に正気を疑います」
ラダベルは、赤い唇を歪めて恍惚と笑う。
「あなたもそう思うでしょう? ルドルガー伯爵は、正気ではないと」
やたらと好戦的なラダベルに対して、悪口を言った軍人は眉間に皺を寄せる。極悪非道とも言える悪口に、憤慨するのではなく、むしろ便乗して楽しんでみせるラダベルの正気こそ疑っているようであった。
「あなたの名前をお伺いしても?」
「はっ、聞いてどうするつもりだ。たかが一般の軍人の名前なんぞ興味がないだろ」
「もしかしてあなた、私がルドルガー伯爵に告げ口をするとでも思ってるの?」
「っ……!」
軍人は、息を呑む。ブルーラベンダーの瞳は、驚きに満ちていた。「なぜ分かった」と顔に書いてあるのを見る限り、良い意味でも悪い意味でも素直な男性なのだろう。
「そんな……面倒な一軍女じゃないんだからやめてよね」
ラダベルは腕を組み斜め下を見つめながら、冷たく吐き捨てた。彼女の言葉の意味が分からないのか、セリーヌは、小首を傾げた。ラダベルに悪口を漏らした軍人は、仕方がなく口を開く。
「……エリアス・バート。階級は少尉だ」
「バート少尉ですね。少尉というそれなりの階級を賜っているのに、上官の許嫁の悪口を叩くとは、命知らずですね」
エリアスが放った言葉の剣先をぽっきりと折った挙句、さらに尖った切れ味抜群の剣を彼へと向けるラダベル。エリアスは事の重大さにようやく気がついたのか、僅かに顔色を青ざめさせる。
「別に構いませんが」
ラダベルが嬌笑を湛えて笑った瞬間。
「何をしている?」
33
お気に入りに追加
1,664
あなたにおすすめの小説
乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?
シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。
……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜
青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ
孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。
そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。
これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。
小説家になろう様からの転載です!

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

ぽっちゃり令嬢の異世界カフェ巡り~太っているからと婚約破棄されましたが番のモフモフ獣人がいるので貴方のことはどうでもいいです~
翡翠蓮
ファンタジー
幼い頃から王太子殿下の婚約者であることが決められ、厳しい教育を施されていたアイリス。王太子のアルヴィーンに初めて会ったとき、この世界が自分の読んでいた恋愛小説の中で、自分は主人公をいじめる悪役令嬢だということに気づく。自分が追放されないようにアルヴィーンと愛を育もうとするが、殿下のことを好きになれず、さらに自宅の料理長が作る料理が大量で、残さず食べろと両親に言われているうちにぶくぶくと太ってしまう。その上、両親はアルヴィーン以外の情報をアイリスに入れてほしくないがために、アイリスが学園以外の外を歩くことを禁止していた。そして十八歳の冬、小説と同じ時期に婚約破棄される。婚約破棄の理由は、アルヴィーンの『運命の番』である兎獣人、ミリアと出会ったから、そして……豚のように太っているから。「豚のような女と婚約するつもりはない」そう言われ学園を追い出され家も追い出されたが、アイリスは内心大喜びだった。これで……一人で外に出ることができて、異世界のカフェを巡ることができる!?しかも、泣きながらやっていた王太子妃教育もない!?カフェ巡りを繰り返しているうちに、『運命の番』である狼獣人の騎士団副団長に出会って……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる