【完結】死にたくないので婚約破棄したのですが、直後に辺境の軍人に嫁がされてしまいました 〜剣王と転生令嬢〜

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第14話 悪口

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 日が沈む前。ラダベルは、ジークルドの仕事が終わる時間帯を見計らって、セリーヌを連れ彼のもとに向かおうと決意した。渡り廊下を渡り、ジークルドのプライベートの自室や執務室を訪ねるも、見事に不在。どうやらまだジークルドは城に帰ってきていないようだ。ラダベルは傍らに控えるセリーヌに話しかける。

「セリーヌ。伯爵はどこにいらっしゃると思う?」
「この時間帯に城にいらっしゃらないということは……まだお仕事をされている最中かと思います」
「……今行くのはやっぱりまずいかしら?」
「そう、ですね。状況にもよるかとは思いますが……」

 セリーヌは言葉をにごした。いくら婚約者と言えど、仕事中に訪ねることは常識を脱した行いだろう。しかしラダベルは、どうしてもジークルドに会いたいのだ。今日伝えなければ、もう二度と伝えられない気がするから。

「どうしても今日中に伝えたいことがあるの」

 ラダベルは覚悟を決めてそう言う。セリーヌは主人である彼女が決めたことならば何も言うまい、と首肯した。
 ふたりは、城と併設する軍施設に向かった。訓練をこなしたり、仕事をしたり、やたらと多忙な軍人たちは、ラダベルの姿を見た途端、ギョッと目をく。全身に突き刺さる痛い視線。どの軍人たちもラダベルと目が合いそうになると、瞬発的に逸らす。ラダベルを歓迎していた昨日とは違う反応に、ラダベルは肩を落とした。彼女が悪女だという噂は、僻地へきちである極東の地にまでも流れてきているらしい。噂は全て嘘であると言っても通用しないだろう。

「温室育ちのお嬢様が一体軍になんの用だ?」

 突然声をかけられたラダベル。声の方向へ目を向けると、ひとりの軍人が彼女に下劣げれつな目線を送ってきていた。

「戦場すら知らない貴族令嬢が大将に嫁ぐとはな。しかも相手は噂の悪女。総司令官のお手つきだ。大将も随分と趣味が悪い」

 あからさまにラダベルを愚弄ぐろうする言葉をこぼしたのは、高身長のイケメンだ。アッシュグレイの短髪に、ブルーラベンダーの瞳の色をしている。端整な顔立ちをしているが、極悪人ごくあくにんの雰囲気が醸し出されている。軍人の無礼な言葉に対して、セリーヌが物申そうと口を開くが、ラダベルがそれを制する。トパーズ色の眼が細められる。

「そうですね。私もそう思います。ルドルガー伯爵はご趣味が悪いと。私のようなただの女に煌びやかなウェディングドレスまで用意するなんて、本当に正気を疑います」

 ラダベルは、赤い唇を歪めて恍惚と笑う。

「あなたもそう思うでしょう? ルドルガー伯爵は、正気ではないと」

 やたらと好戦的なラダベルに対して、悪口を言った軍人は眉間に皺を寄せる。極悪非道ごくあくひどうとも言える悪口に、憤慨するのではなく、むしろ便乗びんじょうして楽しんでみせるラダベルの正気こそ疑っているようであった。

「あなたの名前をお伺いしても?」
「はっ、聞いてどうするつもりだ。たかが一般の軍人の名前なんぞ興味がないだろ」
「もしかしてあなた、私がルドルガー伯爵に告げ口をするとでも思ってるの?」
「っ……!」

 軍人は、息を呑む。ブルーラベンダーの瞳は、驚きに満ちていた。「なぜ分かった」と顔に書いてあるのを見る限り、良い意味でも悪い意味でも素直な男性なのだろう。

「そんな……面倒な一軍女じゃないんだからやめてよね」

 ラダベルは腕を組み斜め下を見つめながら、冷たく吐き捨てた。彼女の言葉の意味が分からないのか、セリーヌは、小首を傾げた。ラダベルに悪口を漏らした軍人は、仕方がなく口を開く。

「……エリアス・バート。階級は少尉だ」
「バート少尉ですね。少尉というそれなりの階級を賜っているのに、上官の許嫁いいなずけの悪口を叩くとは、命知らずですね」

 エリアスが放った言葉の剣先をぽっきりと折った挙句、さらに尖った切れ味抜群の剣を彼へと向けるラダベル。エリアスは事の重大さにようやく気がついたのか、僅かに顔色を青ざめさせる。

「別に構いませんが」

 ラダベルが嬌笑きょうしょうを湛えて笑った瞬間。

「何をしている?」
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