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第12話 笑顔
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アデルが茫洋とした間を去ったあと、ラダベルとジークルドはふたり取り残された。アデルが出ていった扉を見つめたまま、ジークルドがラダベルに問いかける。
「今一度確認させてほしい、令嬢。元帥……第二皇子殿下とは正式に婚約破棄をしたのだろうな?」
「失礼ですね……。疑うのですか? しっかりと書類にもサインをいたしましたし、皇帝陛下もお父様も了承されました」
ラダベルはフン、と顔を背けながらそう言った。もともとよろしくなかった機嫌は、さらに急降下の一途を辿るばかり。アデルに不名誉な言葉を次から次へと言われたことに対して、行き場のない怒りを感じているのだ。たった今、ジークルドに怒気の一欠片を投げてしまったが、それくらいは許されるだろう。ラダベルは、大息をつく。
「何せ婚約破棄をした直後に、お父様からルドルガー伯爵との結婚を言い渡されたのです。私は逃げる術もなく、ここに来たのですよ……。私が新たに、ルドルガー伯爵と婚姻を結んだ話は、すぐにでもレイティーン帝国中に広まるでしょうね」
半ば諦めモードに突入したラダベルの言葉に、ジークルドは首肯した。
逃げれるものなら逃げたいが、結婚相手があのルドルガー伯爵、“剣王”の異名を持つ軍人ならば、逃げたとしてもすぐに捕まるのがオチだろう。それに、愛想を尽かされ結婚の話は白紙に戻り、あの毒親のもとに戻されて、またも別の男性に嫁がされる。今度は、ジークルドほど優良物件とは限らないし、イケメンとも言えない。エンドレスではないか。齢18歳にして、ラダベルは世の不条理を学んだのであった。
傍らに佇む存在感の塊であるジークルドを見上げる。彼はラダベルを見つめ返し、頭上に疑問符を散らした。
(顔はとてつもなくどタイプなんだよね……)
面食いであるラダベルが受け入れることができる男性の許容範囲は、お世辞にも広いとは言えない。ほかの女性に比べたら、だいぶ狭いほうだ。しかしその許容範囲、ど真ん中を見事に撃ち抜く男性が現れた。それがジークルドだ。顔面だけで言えば、元の世界と今世を合わせて堂々の1位に君臨する。ウィルの説明通り、不器用で厳しそうであるが、それもまた魅力的。不器用さと厳しさの裏には、道端に咲いた花の如く小さな優しさが隠れていることだろう。
ラダベルがニマニマと気味悪く微笑んでいると、沈黙に耐えかねたジークルドが彼女に手を差し出す。
「改めて、よろしく頼む。令嬢」
ラダベルは漆黒の手袋に包まれた大きな手に、自身の手を重ねることはせず、くるりと手を返して握手を試みる。するとジークルドは、愕然としながら繋がる手を見つめた。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。ルドルガー伯爵」
ラダベルは、花が綻ぶような温かな笑顔を浮かべたのであった。
間をあとにしたラダベルは、ジークルドにより自室兼寝室となる部屋に案内をしてもらった。ジークルドはかなり多忙な人物らしく、彼女を案内した直後、仕事へと戻ってしまった。そんなジークルドによると、城の中は自由に行き来してもいいし、物もなんでも使っていいらしい。
ジークルドの完全プライベートの寝室がある宮へと渡り廊下一本で繋がっているという自室兼寝室は、空いた口がしばらく塞がらないほどに広大だ。室内は、黄金と白銀の家具、装飾で埋め尽くされている。まさしく、豪華絢爛な空間であった。ティオーレ公爵邸で過ごしていた際も、なかなかの贅沢ぶりであったが、さすがはジークルド、歴戦の軍人。月ごとに与えられる給与も、半端ではないのだろう。
ラダベルが室内の煌びやかさに目を奪われていると、部屋の扉がノックされる。開いたままであった扉の向こうには、華奢な女性がいた。
「奥様、お初にお目にかかります。私の名は、セリーヌと申します。奥様の専属侍女を務めさせていただきます。何卒、よろしくお願いいたします」
セリーヌと名乗った侍女は、深々と頭を下げた。
キャロットオレンジの髪を三つに編み込んでいる。チェリーレッドの瞳が印象的の華やかな見た目の美少女だ。セリーヌは、チラリとラダベルに視線を送る。ラダベルの専属侍女として完璧に挨拶をして見せるが、ラダベルが噂に違わぬ令嬢かどうか、探っているのだろう。上手い具合に警戒心を発揮するセリーヌを見て、ラダベルは喜色満面となる。
「よろしくね、セリーヌ」
「は、はい」
噂とはかけ離れたラダベルの笑顔に、セリーヌは微かに動揺を見せながら急いで首を縦に振ったのであった。
「今一度確認させてほしい、令嬢。元帥……第二皇子殿下とは正式に婚約破棄をしたのだろうな?」
「失礼ですね……。疑うのですか? しっかりと書類にもサインをいたしましたし、皇帝陛下もお父様も了承されました」
ラダベルはフン、と顔を背けながらそう言った。もともとよろしくなかった機嫌は、さらに急降下の一途を辿るばかり。アデルに不名誉な言葉を次から次へと言われたことに対して、行き場のない怒りを感じているのだ。たった今、ジークルドに怒気の一欠片を投げてしまったが、それくらいは許されるだろう。ラダベルは、大息をつく。
「何せ婚約破棄をした直後に、お父様からルドルガー伯爵との結婚を言い渡されたのです。私は逃げる術もなく、ここに来たのですよ……。私が新たに、ルドルガー伯爵と婚姻を結んだ話は、すぐにでもレイティーン帝国中に広まるでしょうね」
半ば諦めモードに突入したラダベルの言葉に、ジークルドは首肯した。
逃げれるものなら逃げたいが、結婚相手があのルドルガー伯爵、“剣王”の異名を持つ軍人ならば、逃げたとしてもすぐに捕まるのがオチだろう。それに、愛想を尽かされ結婚の話は白紙に戻り、あの毒親のもとに戻されて、またも別の男性に嫁がされる。今度は、ジークルドほど優良物件とは限らないし、イケメンとも言えない。エンドレスではないか。齢18歳にして、ラダベルは世の不条理を学んだのであった。
傍らに佇む存在感の塊であるジークルドを見上げる。彼はラダベルを見つめ返し、頭上に疑問符を散らした。
(顔はとてつもなくどタイプなんだよね……)
面食いであるラダベルが受け入れることができる男性の許容範囲は、お世辞にも広いとは言えない。ほかの女性に比べたら、だいぶ狭いほうだ。しかしその許容範囲、ど真ん中を見事に撃ち抜く男性が現れた。それがジークルドだ。顔面だけで言えば、元の世界と今世を合わせて堂々の1位に君臨する。ウィルの説明通り、不器用で厳しそうであるが、それもまた魅力的。不器用さと厳しさの裏には、道端に咲いた花の如く小さな優しさが隠れていることだろう。
ラダベルがニマニマと気味悪く微笑んでいると、沈黙に耐えかねたジークルドが彼女に手を差し出す。
「改めて、よろしく頼む。令嬢」
ラダベルは漆黒の手袋に包まれた大きな手に、自身の手を重ねることはせず、くるりと手を返して握手を試みる。するとジークルドは、愕然としながら繋がる手を見つめた。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。ルドルガー伯爵」
ラダベルは、花が綻ぶような温かな笑顔を浮かべたのであった。
間をあとにしたラダベルは、ジークルドにより自室兼寝室となる部屋に案内をしてもらった。ジークルドはかなり多忙な人物らしく、彼女を案内した直後、仕事へと戻ってしまった。そんなジークルドによると、城の中は自由に行き来してもいいし、物もなんでも使っていいらしい。
ジークルドの完全プライベートの寝室がある宮へと渡り廊下一本で繋がっているという自室兼寝室は、空いた口がしばらく塞がらないほどに広大だ。室内は、黄金と白銀の家具、装飾で埋め尽くされている。まさしく、豪華絢爛な空間であった。ティオーレ公爵邸で過ごしていた際も、なかなかの贅沢ぶりであったが、さすがはジークルド、歴戦の軍人。月ごとに与えられる給与も、半端ではないのだろう。
ラダベルが室内の煌びやかさに目を奪われていると、部屋の扉がノックされる。開いたままであった扉の向こうには、華奢な女性がいた。
「奥様、お初にお目にかかります。私の名は、セリーヌと申します。奥様の専属侍女を務めさせていただきます。何卒、よろしくお願いいたします」
セリーヌと名乗った侍女は、深々と頭を下げた。
キャロットオレンジの髪を三つに編み込んでいる。チェリーレッドの瞳が印象的の華やかな見た目の美少女だ。セリーヌは、チラリとラダベルに視線を送る。ラダベルの専属侍女として完璧に挨拶をして見せるが、ラダベルが噂に違わぬ令嬢かどうか、探っているのだろう。上手い具合に警戒心を発揮するセリーヌを見て、ラダベルは喜色満面となる。
「よろしくね、セリーヌ」
「は、はい」
噂とはかけ離れたラダベルの笑顔に、セリーヌは微かに動揺を見せながら急いで首を縦に振ったのであった。
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