【完結】死にたくないので婚約破棄したのですが、直後に辺境の軍人に嫁がされてしまいました 〜剣王と転生令嬢〜

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第10話 魂の片割れ

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「お会いできて光栄だ。ラダベル・ラグナ・デ・ティオーレ公爵令嬢」

 腰に響く声色の持ち主。背中上辺りまで滴る純白の髪を後頭部、紫の紐で結っている。キリッと整った眉毛に、切れ長の瞳。世にも珍しいパープルダイヤモンドの宝石がふたつも埋め込まれたような目は、この上なく美しい輝きを放っている。鼻筋は通っており、唇は薄めだが高級なリップを塗ったかの如く潤っている。アデルが美しい部類に入る男性であるならば、跪いている男性は女性陣から圧倒的な支持を得るハンサムな部類だ。
 ラダベルの心がドクン、と高鳴る。ラダベル・ラグナ・デ・ティオーレが人生の伴侶はんりょたましいの片割れと出会った瞬間であった――。
 跪いていた男性は立ち上がる。その立ち上がり方は、体幹がずば抜けて優れているからか驚くほど華麗だ。間近で見る男の美貌に、ラダベルは悶絶もんぜつしそうになる。

(め、めっちゃイケメン来たんだけど!?)

 心の中、大声で叫ぶ。幸い、男性には聞こえてはいない。
 男性の身長は、非常に高い。アデルと比べてもかなり大きい。二メートル近くはあるだろう。張り詰めた軍服の下には、一体どのような体、光景が広がっているのか。数多あまたの戦場を駆け抜けた勲章くんしょうである多くの傷が刻まれた強靭な肉体があるのだろう。興味津々きょうみしんしんになり、生唾なまつばを呑み込むが、なんとか煩悩ぼんのうを消し去る。ラダベルが男性の体から視線を外し俯いた時、男性の腰元にうるわしい剣が携えられているのが目に入った。細かな花々が繊細に描かれた鞘に一寸いっすんの狂いもなくピタリと納められた二本の剣。剣、と言うよりかは、独特な刀身だ。ラダベルは、独特な剣をよく見たことがあった。そう、転生する前の世界で……。

(これは、かたな……?)

 刀とは、転生する前の世界、ラダベルが住んでいた国の伝統的な武器であった。まさか転生後の世界にもあるとは。

「これが気になるか」
「えっ」
「“刀”と呼ばれる剣の一種だ。今は滅亡めつぼうした最古の国で使われていた武器で、人斬りだけの能力で言えば世界一と言われている」
「は、はぁ……」

 ラダベルは気の抜けた返事をしてしまった。
 この世界では、刀を開発したとされる国は、既に滅亡してしまっているらしい。自身の故郷こきょう彷彿ほうふつとさせる国に出会えたかもしれないのに、誠に残念だ。

「挨拶が遅れてしまい申し訳ない。俺の名は、ジークルド・レオ・イルミニア・ルドルガー。極東部の司令官にして、大将の地位を賜る軍人だ」

 ラダベルは男性の名を聞いて、瞠目する。それもそのはず。彼女は男性の名を耳にしたことがあったから。いや、彼女でなくとも、レイティーン帝国に住む者ならば誰もが知っているだろう。
 ジークルド・レオ・イルミニア・ルドルガー。何千人、何万人の死体を積み上げた“剣王”の異名を持つ軍人。たった一代で、騎士爵から伯爵家にまで上り詰めたレイティーン帝国の英雄えいゆうだ。階級は、大将。年齢は、27歳。結婚適齢期を大幅に過ぎているが、極東部の司令官の夫人という立場を手に入れるため、多くの女性が未だに彼に言い寄るほどの優良物件。大将という階級に、ラダベルは総身を震わせた。

(まさ、か……)

 ラダベルは緩慢かんまんに顔を上げる。何かを察した彼女を見て、ジークルドはどことなく気まずい面様を浮かべた。薄めの唇が開かれる。


「俺が、令嬢の結婚相手だ」


 雷に打たれた時と相違ない衝撃に襲われるラダベル。こんなにも整った顔立ちの男性と結婚するのか。彼女は暫し、その事実を受け止めることができなかった。確かに父親であるティオーレ公爵は「優良物件」と言っていたが、まさかここまで優良物件だとは、さすがのラダベルも想像すらしていなかった。伯爵家という地位で、ラダベルの実家より身分は下だ。だがそれは、ジークルドの付属品にしか過ぎない。彼は、レイティーン帝国軍の重鎮のひとりなのだから。大将という階級を賜った“剣王”の異名を持つ軍人という肩書きだけで十分だろう。
 呆気に取られ、口を開けて固まるラダベルに、ジークルドは声をかける。

「急なことで驚いていると思うが、悪いようにはしない。最大限の敬意を払うと約束しよう。これから、よろしく頼む」

 ジークルドは真摯しんしな態度でそう言った。れっきとした悪女であるラダベルに、誠心誠意せいしんせいい尽くそうとしてくれるジークルドは、彼女の目から見たらまるで神様のようであった。トパーズ色の瞳を輝かせ、ジークルドを見つめる中、疑問が芽生える。なぜ、長い間、未婚を貫いていたジークルドが、急に結婚する気になったのだろうか。ティオーレ公爵と裏の繋がりがあるのか。それとも、都合のいい相手を探していたのか。恐らく、後者だろう。ジークルドに穴が空いてしまうくらい、一心に視線を送り続けるラダベルは、冷静に分析をした。その直後。

「どういう、ことだ」
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