8 / 158
第8話 嫁ぎ先
しおりを挟む
宿で一晩を過ごしたラダベルは、美味な朝食を優雅に食べたあと、馬車に乗り込んだ。さらに、極東部に向けて出発した。時折、窓から外を覗くと、喧騒のない、長閑で美しい田舎の景色に惚れ惚れとしてしまう。途中、何度かの休憩を挟みながらようやく目的地に近づいてきた頃には、夕日が見える時間帯となっていた。ラダベルは小窓を開ける。一面、茫々とした草原。太陽が燃え盛る炎を散らしながら、沈みゆく。圧巻の光景に唖然としていると、左手奥に、見たこともない巨大な建物が見えてくる。その建物を視界の中心に捉えた瞬間、ラダベルは察した。あれが、レイティーン帝国軍極東部の軍施設であると。
「私のまだ見ぬ旦那様はあの場所にいるのね……。一体どんな人なの?」
返答がないことを分かりつつも、独り言を呟く。すると馬車の後ろから突然ニョキッと顔を出す人物が目に入る。ウィルだ。ラダベルは、酷く驚く。ウィルは馬で器用に駆けながら、彼女に話しかけた。
「令嬢の配偶者となられるお方は、不器用で厳しい方です。ですが、本当は慈悲深く、とてもお優しい方でもあります」
「……そ、そうなの。教えてくれてありがとう」
ラダベルは苦笑しながら、礼を言った。
ウィルの言う人物像が確かならば、ラダベルの夫となる男性は、随分と気難しそうだ。ひと癖、ふた癖あり、心の底に存在する本心を理解するまで、そして打ち解けることができるまでに、かなりの時間を要するかもしれない。
「気難しいところもありますが、どうか大将のことをよろしくお願いいたします」
「任せなさい。私の広~い心で受け止めて差し上げます」
胸を張り、微笑むラダベル。ウィルも鉄仮面を崩壊させ、柔らかく破顔した。ラダベルは、軍施設に視線を戻す。よく見ると、隣に巨城もある。暫しその荘厳さに見惚れていたその数十秒後、先程ウィルが紡いだ言葉の中に、隠されていた爆弾を発見する。
「ん? 大将?」
ラダベルは小さな頭を傾ける。
大将、とは、誰のことだろうか。ラダベルたちが今向かっている目的地は、極東部の軍施設。もしかすると、階級のことか。大将とは、軍において実質上の二番目。つまり、最高階級である元帥のひとつ下の位だ。ラダベルは、大将という高い地位を持つ男性に嫁ぐのだろうか。段々、白日の下に晒されていく真相に、ラダベルは全身から力が抜ける感覚を覚える。断頭台が待ち構える死刑場へ向かう気分となり、転生をしたと自覚した瞬間と同等の絶望感を抱いたのであった。
魂の抜けた屍のようなラダベルを乗せた馬車は、停車する。黒塗りの鉄の門が開門し、再び馬車は走り始める。いよいよ、極東部の軍施設へ入ったのだ。肝を潰すラダベルは、激しく高鳴る心臓を落ち着かせるべく、何度か深呼吸を繰り返す。
馬車が止まり、心の準備をする暇もなく、扉が開かれる。ラダベルは腹を決め、震える足腰を機能させて、馬車から降りた。ヒュッ、と喉が鳴る。見開かれた黄玉の瞳は、夕日に煌めき瞬いた。彼女の眼前には、ラダベルに向かって敬礼をする大量の軍人たちの姿があったのだ。完璧な列を成す軍人たちは皆、彼女に軍人としての最大の敬意を払っていた。予想だにしなかった歓迎ぶりに、ラダベルは雷に打たれたかのような衝撃を受ける。確かに彼女は、有名な公爵家の令嬢だが、ここまで優遇される義理はない。ラダベルは戸惑いながら、異様な光景を眺め続ける。そんな彼女を現実へと引き戻したのは、ウィルの一声であった。
「ティオーレ公爵令嬢。こちらへ」
ラダベルは我に返り、控えめに頷く。先導するウィルの後ろに張りつき、恐ろしい情景に背を向ける。一刻も早く、この場所を離れたかった。
ラダベルはウィルに案内されるがまま、極東部の軍施設に併設している巨城に向かい、廊下を歩く。城まで来たなら大丈夫だろう、と彼女は緊張を解き、ウィルに疑問を投げる。
「ウィル。なぜ軍人の方々は、私に敬礼をしていたのですか?」
「ティオーレ公爵令嬢は、大将の奥方様となられるお方です。令嬢に敬意を払わずして、極東部の軍人を名乗ることはできません」
敬礼の説明を受けるも、いまいち理解の及ばないラダベルは、頭をさらに混乱させてしまった。ラダベルが悪女であるという噂は、ティオーレ帝国の貴族や軍人ならば誰もが知っている話だ。そんな自身を歓迎するなど……。都合の良い夢ではないか? と疑い、頬を抓ったり額を叩いたりしてみるも、しっかりと痛みが走る。どうやら現実みたいだ。楽園にいる世界線と奈落の底にいる世界線を行き来しながら、素直に喜んでいいのか、何か裏があると猜疑心を持ったほうがいいのか、葛藤したのであった。
ウィルに案内された場所は、巨大な間だ。見張りをしていた軍人たちはウィルとラダベルに敬礼をして、扉を開ける。ラダベルの身長の数倍はある重厚な扉が開かれ、ラダベルは促されるがまま、間の中へ足を踏み入れる。天井は吹き抜けの仕様になっており、天窓から夕日の光が射し込む。紅と黄が混色した光の下にいたのは――。
「私のまだ見ぬ旦那様はあの場所にいるのね……。一体どんな人なの?」
返答がないことを分かりつつも、独り言を呟く。すると馬車の後ろから突然ニョキッと顔を出す人物が目に入る。ウィルだ。ラダベルは、酷く驚く。ウィルは馬で器用に駆けながら、彼女に話しかけた。
「令嬢の配偶者となられるお方は、不器用で厳しい方です。ですが、本当は慈悲深く、とてもお優しい方でもあります」
「……そ、そうなの。教えてくれてありがとう」
ラダベルは苦笑しながら、礼を言った。
ウィルの言う人物像が確かならば、ラダベルの夫となる男性は、随分と気難しそうだ。ひと癖、ふた癖あり、心の底に存在する本心を理解するまで、そして打ち解けることができるまでに、かなりの時間を要するかもしれない。
「気難しいところもありますが、どうか大将のことをよろしくお願いいたします」
「任せなさい。私の広~い心で受け止めて差し上げます」
胸を張り、微笑むラダベル。ウィルも鉄仮面を崩壊させ、柔らかく破顔した。ラダベルは、軍施設に視線を戻す。よく見ると、隣に巨城もある。暫しその荘厳さに見惚れていたその数十秒後、先程ウィルが紡いだ言葉の中に、隠されていた爆弾を発見する。
「ん? 大将?」
ラダベルは小さな頭を傾ける。
大将、とは、誰のことだろうか。ラダベルたちが今向かっている目的地は、極東部の軍施設。もしかすると、階級のことか。大将とは、軍において実質上の二番目。つまり、最高階級である元帥のひとつ下の位だ。ラダベルは、大将という高い地位を持つ男性に嫁ぐのだろうか。段々、白日の下に晒されていく真相に、ラダベルは全身から力が抜ける感覚を覚える。断頭台が待ち構える死刑場へ向かう気分となり、転生をしたと自覚した瞬間と同等の絶望感を抱いたのであった。
魂の抜けた屍のようなラダベルを乗せた馬車は、停車する。黒塗りの鉄の門が開門し、再び馬車は走り始める。いよいよ、極東部の軍施設へ入ったのだ。肝を潰すラダベルは、激しく高鳴る心臓を落ち着かせるべく、何度か深呼吸を繰り返す。
馬車が止まり、心の準備をする暇もなく、扉が開かれる。ラダベルは腹を決め、震える足腰を機能させて、馬車から降りた。ヒュッ、と喉が鳴る。見開かれた黄玉の瞳は、夕日に煌めき瞬いた。彼女の眼前には、ラダベルに向かって敬礼をする大量の軍人たちの姿があったのだ。完璧な列を成す軍人たちは皆、彼女に軍人としての最大の敬意を払っていた。予想だにしなかった歓迎ぶりに、ラダベルは雷に打たれたかのような衝撃を受ける。確かに彼女は、有名な公爵家の令嬢だが、ここまで優遇される義理はない。ラダベルは戸惑いながら、異様な光景を眺め続ける。そんな彼女を現実へと引き戻したのは、ウィルの一声であった。
「ティオーレ公爵令嬢。こちらへ」
ラダベルは我に返り、控えめに頷く。先導するウィルの後ろに張りつき、恐ろしい情景に背を向ける。一刻も早く、この場所を離れたかった。
ラダベルはウィルに案内されるがまま、極東部の軍施設に併設している巨城に向かい、廊下を歩く。城まで来たなら大丈夫だろう、と彼女は緊張を解き、ウィルに疑問を投げる。
「ウィル。なぜ軍人の方々は、私に敬礼をしていたのですか?」
「ティオーレ公爵令嬢は、大将の奥方様となられるお方です。令嬢に敬意を払わずして、極東部の軍人を名乗ることはできません」
敬礼の説明を受けるも、いまいち理解の及ばないラダベルは、頭をさらに混乱させてしまった。ラダベルが悪女であるという噂は、ティオーレ帝国の貴族や軍人ならば誰もが知っている話だ。そんな自身を歓迎するなど……。都合の良い夢ではないか? と疑い、頬を抓ったり額を叩いたりしてみるも、しっかりと痛みが走る。どうやら現実みたいだ。楽園にいる世界線と奈落の底にいる世界線を行き来しながら、素直に喜んでいいのか、何か裏があると猜疑心を持ったほうがいいのか、葛藤したのであった。
ウィルに案内された場所は、巨大な間だ。見張りをしていた軍人たちはウィルとラダベルに敬礼をして、扉を開ける。ラダベルの身長の数倍はある重厚な扉が開かれ、ラダベルは促されるがまま、間の中へ足を踏み入れる。天井は吹き抜けの仕様になっており、天窓から夕日の光が射し込む。紅と黄が混色した光の下にいたのは――。
11
お気に入りに追加
1,664
あなたにおすすめの小説
乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?
シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。
……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜
青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ
孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。
そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。
これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。
小説家になろう様からの転載です!

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

ぽっちゃり令嬢の異世界カフェ巡り~太っているからと婚約破棄されましたが番のモフモフ獣人がいるので貴方のことはどうでもいいです~
翡翠蓮
ファンタジー
幼い頃から王太子殿下の婚約者であることが決められ、厳しい教育を施されていたアイリス。王太子のアルヴィーンに初めて会ったとき、この世界が自分の読んでいた恋愛小説の中で、自分は主人公をいじめる悪役令嬢だということに気づく。自分が追放されないようにアルヴィーンと愛を育もうとするが、殿下のことを好きになれず、さらに自宅の料理長が作る料理が大量で、残さず食べろと両親に言われているうちにぶくぶくと太ってしまう。その上、両親はアルヴィーン以外の情報をアイリスに入れてほしくないがために、アイリスが学園以外の外を歩くことを禁止していた。そして十八歳の冬、小説と同じ時期に婚約破棄される。婚約破棄の理由は、アルヴィーンの『運命の番』である兎獣人、ミリアと出会ったから、そして……豚のように太っているから。「豚のような女と婚約するつもりはない」そう言われ学園を追い出され家も追い出されたが、アイリスは内心大喜びだった。これで……一人で外に出ることができて、異世界のカフェを巡ることができる!?しかも、泣きながらやっていた王太子妃教育もない!?カフェ巡りを繰り返しているうちに、『運命の番』である狼獣人の騎士団副団長に出会って……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる