【完結】死にたくないので婚約破棄したのですが、直後に辺境の軍人に嫁がされてしまいました 〜剣王と転生令嬢〜

I.Y

文字の大きさ
上 下
7 / 158

第7話 偶然という名の必然

しおりを挟む
 東の終点の駅を出発してから数日。夕刻頃、最後の宿泊をする予定の宿に到着をした。ここ数日間で、最も高級な宿だ。高級と言っても、皇都中心部の宿と比べるとそこまできらびやかではないが。
 ラダベルはウィルのエスコートを受けて、馬車から降りる。り固まった体をグッと伸ばすと、関節からバキッという音が響いた。ふう、と大きく息を吐き、自然の空気を吸い込む。その瞬刻のこと。

「ありがとうございました!」

 宿の店主と思わしき人物の大声と共に、宿の正面の扉から出てくるとある男が目に入る。皇都中心部の城下街より閑静かんせいな町には、随分とふさわしくない。多くの部下の軍人を連れた男は、さらりとした金糸をなびかせ、絶世の美男子の美貌をしげもなく晒していた。その美男子こそ、ラダベルがティオーレ公爵と同じくらい、二度と会いたくないと思っていた第二皇子アデルであった。漆黒の長いマントがひるがえる。着痩せするタイプなのか、強靭きょうじんな肉体美ではないが、軍服の下には線の細い美しい体が隠れているのだろう。圧倒的美を誇るアデルに見惚れていると、彼の部下であるひとりの軍人がラダベルを指さし咆哮ほうこうする。

「げ、元帥っ……!!! ティオーレ公爵令嬢がっ、ふぐっ!」

 叫んだ軍人は、ほかの軍人に口を塞がれてしまう。最後まで言葉を紡ぐことは叶わなかったものの、「ティオーレ公爵令嬢」という単語だけで、アデルは反応を示した。そして、ラダベルの姿を発見する。ほかの軍人たちは、ひとりの軍人の失態しったいを酷く恨んだ。アデルとラダベルは暫しの間、見つめ合う。ラダベルは、なぜこんな田舎町にアデルがいるのか? と考えを巡らせた。元帥の階級を持ち、さらには軍のトップをも務めるアデルが忙しく各地を飛び回るのも不思議ではないが、これが偶然だと言うのなら、あまりにも神は残酷だ――。ラダベルは俯き、顔を隠す。

「元帥」

 ウィルがアデルに対して、完璧な敬礼をする。レイティーン帝国軍トップであるアデルは、ウィルの上官でもある。

「……“剣王”の犬か」

 ウォーターブルーの瞳子が細められる。美人が睨みを効かせると恐ろしいという話は、本当であったみたいだ。
 アデルは小さく舌打ちをかましたあと、ウィルからラダベルへと視線を移す。何度か咳払いをして、喉の調子を確認する。

「ぐ、……偶然だな、ラダベル」

 アデルは、せっかく喉の調子を整えたのにもかかわらず、吃ってしまった。この上ない羞恥を感じた彼は、あからさまに目を泳がせる。一方、ラダベルの顔は、見事なまでに死んでしまっていた。トパーズ色の瞳に光は見当たらない。唇も真一文字まいちもんじに結ばれていたが、フッと力が緩められる。

「この間ぶりですね、第二皇子殿下。ところで、なぜここに?」
「あ?……」

 ラダベルの問いかけに、アデルが間抜けな声を漏らす。ほんのりと赤くなっていた美顔は、見る見るうちに戸惑った表情へと変わっていく。

「殿下は、東部の帝国民の治安を案じて、様々な場所を訪問されているので、」
「そうだ、仕事だ」

 先程、失態を犯した軍人の口を塞いだ部下が説明をしている途中、アデルが食い気味に被せる。説明を邪魔された軍人は、半開きの目でアデルを凝視した。

「そうなんですね。ご苦労様です。では私はこれで失礼いたします。ウィル、行きましょう」
「はい」

 ラダベルはウィルを連れ、アデルの隣を通り過ぎる。しかしアデルがそれを見逃すはずもなく――。

「待て」

 心地のよい声が反響する。ラダベルは大人しく足を止めた。血が出てしまわない程度に、唇に歯を立てて、鬼もびっくりの怒りの形相を浮かべた。ふつふつとたぎ憤懣ふんまんを抑え込み、嫣然えんぜんと笑いながら振り返った。

「まだ何か?」
「お前は……これからどこに?」
「……この宿に宿泊をさせていただく予定ですが」
「そ、そうではない!」

 ラダベルの返答が思ったものではなかったため、僅かに声を荒らげるアデル。照れたり怒ったり、感情が多忙な人だ。

「目的地はどこだ、と聞いている」

 あぁ、そっちか。ラダベルは納得した。
 レイティーン帝国屈指くっしの悪女であるラダベルがアデルと婚約破棄をしたという話は、既に広まっている。だがしかし、彼女が新たに結婚するという話は、まだ知られてはいない。いずれはその話が広まることは分かっているが、ここでアデルに結婚の話をしてしまえば、さらなる面倒な事態を招きかねない。冷静に分析を終わらせたラダベルは、踵を返す。

「第二皇子殿下には、関係のない話です。もう行ってもよろしいでしょうか? 長旅で疲れているのです」
「僕を無視するのか!? お、おいっ! ラダベル!」

 背後から呼び止める声が聞こえるが、ラダベルは悪女らしく無視を決め込んで、宿内に入ったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜

青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ 孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。 そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。 これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。 小説家になろう様からの転載です!

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

愚かな者たちは国を滅ぼす【完結】

春の小径
ファンタジー
婚約破棄から始まる国の崩壊 『知らなかったから許される』なんて思わないでください。 それ自体、罪ですよ。 ⭐︎他社でも公開します

ぽっちゃり令嬢の異世界カフェ巡り~太っているからと婚約破棄されましたが番のモフモフ獣人がいるので貴方のことはどうでもいいです~

翡翠蓮
ファンタジー
幼い頃から王太子殿下の婚約者であることが決められ、厳しい教育を施されていたアイリス。王太子のアルヴィーンに初めて会ったとき、この世界が自分の読んでいた恋愛小説の中で、自分は主人公をいじめる悪役令嬢だということに気づく。自分が追放されないようにアルヴィーンと愛を育もうとするが、殿下のことを好きになれず、さらに自宅の料理長が作る料理が大量で、残さず食べろと両親に言われているうちにぶくぶくと太ってしまう。その上、両親はアルヴィーン以外の情報をアイリスに入れてほしくないがために、アイリスが学園以外の外を歩くことを禁止していた。そして十八歳の冬、小説と同じ時期に婚約破棄される。婚約破棄の理由は、アルヴィーンの『運命の番』である兎獣人、ミリアと出会ったから、そして……豚のように太っているから。「豚のような女と婚約するつもりはない」そう言われ学園を追い出され家も追い出されたが、アイリスは内心大喜びだった。これで……一人で外に出ることができて、異世界のカフェを巡ることができる!?しかも、泣きながらやっていた王太子妃教育もない!?カフェ巡りを繰り返しているうちに、『運命の番』である狼獣人の騎士団副団長に出会って……

処理中です...