【完結】死にたくないので婚約破棄したのですが、直後に辺境の軍人に嫁がされてしまいました 〜剣王と転生令嬢〜

I.Y

文字の大きさ
上 下
2 / 158

第2話 勝利のステップ

しおりを挟む
 婚約破棄を宣言したラダベルは、帰宅するべく皇城の広い廊下を歩いていた。心の中は、爽快そうかい。もうこのまま天国に昇ってしまえるほど、ラダベルは浮かれに浮かれていた。今ならどんな障害物でも越えていけそうな錯覚さっかくおちいり始めた時、正面から歩いてくるひとりの女性の姿に気がつく。

「ティオーレ公爵令嬢」

 可愛らしく甲高い声。一瞬でだと分かる声色に、ラダベルの気分は見事に急降下してしまった。
 胸元までのモカブラウンの巻き髪に、切り揃えられた重めの前髪。短く薄い眉毛の下、くるっと光るウルトラマリンブルーの瞳子。男性の欲望を詰め込んだ分厚い唇は、男性を魅了みりょうする。体型こそ幼児体型と言われる部類には入るが、それがまた彼女の魅力みりょくでもあった。大量のフリルがあしらわれたエメラルドグリーンのドレスを纏った彼女の名は、カトリーナ・ルレ・リベラ・チェスター。チェスター伯爵はくしゃく家令嬢であり、17歳の少女だ。最近、社交界にて、アデルの新たな婚約相手だとうわさされている。

「ティオーレ公爵令嬢も第二皇子殿下に呼ばれたのですか? 実は、わたくしもですの。ふふ、なんのお話でしょうか。楽しみで楽しみでなりませんわ」

 カトリーナは、レースの手袋に包まれた小さな手を頬に当て、恍惚とした微笑みを浮かべる。反対に、最高の気分をカトリーナに邪魔されたラダベルは、無表情であった。無を体現することにおいては、今この瞬間、世界一を獲得できるだろう。

「ところで、ティオーレ公爵令嬢は第二皇子殿下とどのようなお話をされたのですの? まさか、婚約破棄、とか?」

 口紅を塗りたくり、一流の宝石にも負けぬ光沢感こうたくかんを出した唇がにんまりと弧を描く。本当は、ペラペラの布切れを掴み上げ、「こちとら今最高の気分だったんだよ。何邪魔してくれんだ? あ?」とキレ散らかしたい衝動に駆られるが、ラダベルはそれを抑え込む。彼女は、見事なあおりを見せるカトリーナに、最高級の微笑びしょうを向けた。

「えぇ。たった今、婚約破棄をして参りました。チェスター伯爵令嬢、第二皇子殿下に呼ばれているのならば早く参らなくてはなりませんよ。遅刻が原因で殿下に呆れられてしまえば、笑いものにすらなりませんもの」

 嫌味のこもった言葉を吐いたラダベルは、昂然こうぜんたる態度で立ち去った。カトリーナは暫し状況を理解できず、唖然あぜんとしたままその場に留まり続けたのであった。

(ラダベル・ラグナ・デ・ティオーレ。ティオーレ。やったわ! これで晴れて、死ななくて済む!)

 邪魔者を蹴散けちらし、再び歓喜となるラダベルは、不気味な笑い声を漏らした。
 ラダベル・ラグナ・デ・ティオーレは、根っからの悪女である。レイティーン帝国一の医者にも、治療法はないと突っぱねられるほどの。とてもではないが言葉には言い表せない、様々なあくどい事件を引き起こしてきた令嬢だ。そんな彼女は、第二皇子であるアデルに恋をし、彼を想い続け、皇帝を説得して無理やり婚約者の座に居座った。貴族界では、“近年稀に見る悪女”と絶妙ぜつみょうにセンスのない異名で呼ばれている。ところで、アデルに惚れに惚れ込んだ彼女が、アデルと婚約破棄をしてなぜこんなにも喜んでいるのだろうか。その理由は、彼女の真の正体に隠されている――。
 実は彼女の中に住み込むたましいは、つい最近、まったく別の異世界から転生した女性であるのだ。科学が発展したその世界で平凡に暮らしていたのだが、とある日急性の病気で亡くなった。そして気がついたら、見事なまでの悪女に転生してしまっていた。しかもこの世界は、彼女の魂が別の肉体と共に存在していた元の世界にて、大ヒットを記録した物語、映画としても上映され、幅広い世代に、そして人種に愛された物語の世界なのだ――。彼女は、そんな物語の脇役、悪女ラダベルとして転生を果たした。だがラダベルの末路は、アデルと結婚したあと、濡れ衣を着せられて殺害されてしまうのだ。物語の結末がどうなったかは、記憶が一部消滅しょうめつしたためかどうしても思い出せない。しかしラダベルの結末は知っている。アデルと結婚する前、一度婚約破棄を持ちかけられる先程の場で、なんとしてでも婚約破棄をする必要があったのだ。そしてラダベルは、たった今婚約破棄をすることに成功した。つまりは、死の危険を回避できたということ。これでラダベルは、死ぬ運命から逃れられたのだ。

(今夜はうたげね!)

 ひとりきりの暗い廊下。ラダベルは華麗かれいなステップを踏みながら、舞姫まいひめごとく踊ったのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜

青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ 孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。 そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。 これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。 小説家になろう様からの転載です!

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

愚かな者たちは国を滅ぼす【完結】

春の小径
ファンタジー
婚約破棄から始まる国の崩壊 『知らなかったから許される』なんて思わないでください。 それ自体、罪ですよ。 ⭐︎他社でも公開します

ぽっちゃり令嬢の異世界カフェ巡り~太っているからと婚約破棄されましたが番のモフモフ獣人がいるので貴方のことはどうでもいいです~

翡翠蓮
ファンタジー
幼い頃から王太子殿下の婚約者であることが決められ、厳しい教育を施されていたアイリス。王太子のアルヴィーンに初めて会ったとき、この世界が自分の読んでいた恋愛小説の中で、自分は主人公をいじめる悪役令嬢だということに気づく。自分が追放されないようにアルヴィーンと愛を育もうとするが、殿下のことを好きになれず、さらに自宅の料理長が作る料理が大量で、残さず食べろと両親に言われているうちにぶくぶくと太ってしまう。その上、両親はアルヴィーン以外の情報をアイリスに入れてほしくないがために、アイリスが学園以外の外を歩くことを禁止していた。そして十八歳の冬、小説と同じ時期に婚約破棄される。婚約破棄の理由は、アルヴィーンの『運命の番』である兎獣人、ミリアと出会ったから、そして……豚のように太っているから。「豚のような女と婚約するつもりはない」そう言われ学園を追い出され家も追い出されたが、アイリスは内心大喜びだった。これで……一人で外に出ることができて、異世界のカフェを巡ることができる!?しかも、泣きながらやっていた王太子妃教育もない!?カフェ巡りを繰り返しているうちに、『運命の番』である狼獣人の騎士団副団長に出会って……

処理中です...