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第4話 薔薇姫は黒騎士の妻になりたい
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ダリアナの誕生日から数日が経った頃、ダリアナは皇帝の執務室を覗いていた。
グリドルーシャ皇城の本宮に位置する皇帝の執務室は、厳重な警戒態勢の元、数多くの人々が出入りする場である。忙しそうな皇帝に遠慮しつつ、ダリアナはどうしようかと執務室の前で悩んでいた。執務室を守る役目を担う騎士たちは、皇帝の執務室前では滅多に見ないダリアナの姿に、心臓が破裂しそうなほどの胸の高鳴りを感じていた。
「どうしようかしら」
すらっと細い顎に手を当てて考えるダリアナは、もう一度扉の隙間から皇帝の執務室を覗き込む。すると、とある人物と目が合った。
「ダリアナ?」
「ヴェリーナお姉様…」
ダリアナに声をかけたのは、グリドルーシャ帝国第一皇女であり、皇太女であるヴェリーナ・ラン・ティル・グリドルーシャだった。燃え盛る炎の如く真っ赤なヴァーミリオンの長髪に、ベビーブルーの瞳を持つ美しさと凛々しさを兼ね備えた女性だ。
「そんなところで何をしているんだ。ほら、入りなさい」
執務室の主はヴェリーナではないのにも関わらず、遠慮なくダリアナを執務室に招き入れたヴェリーナ。
「おお!ダリアナ!」
ダリアナを元気よく迎えたのは、目下に深い隈を作った皇帝だった。皇帝の名は、リベリオ・ルカ・ティル・グリドルーシャ。ダリアナとヴェリーナの実父である。ヴァーミリオンの髪に、ダリアナと同じゴールドの双眸を持つ男性だ。まだまだ若々しい。隈さえなければの話だが。
「お父様。ごきげんよう」
「今日も我が娘が麗しい…」
寝不足なのが限界に来ているのだろうか。ぽろぽろと涙を流す皇帝は、ダリアナの元へ向かおうとするが、ヴェリーナに首根っこを掴まれ、阻止されてしまう。仕事を終わらさない限りは、執務室の椅子から立ち上がることを許されないらしい。なんとも可哀想だ。
「ところで、お前がここに来るなんて珍しいな。何かあったのか?」
「はい。お父様にお伝えしたいことがあって参りました」
マシュマロのような柔い頬に、紅をさす。珍しく恥じらっているダリアナの様子に、皇帝とヴェリーナは何か嫌な予感を感じ取った。
「私、クラウディオさんの妻となります」
ダリアナの強い眼。皇帝とヴェリーナは、「は?」という表情を浮かべる。皇帝は暫し考えるように額を押さえるが、考えても分からなかったようで今度はしっかりと「は?」と声に出した。
「おい、誰だ?その男は」
ヴェリーナは、腰の剣の柄を掴み震える。白銀に輝く刀身が見え隠れしてしまっているではないか。父親譲りの美貌は歪み、ベビーブルーの双眸は怒りに支配されている。皇帝は、やっとダリアナの言葉が理解できたようで、泡を吹いてテーブルに突っ伏してしまった。大事な書類たちがびしょ濡れである。
ダリアナは、心から驚いた。父と姉は自分の結婚が嬉しくないのだろうか、と。確かに、皇族の皇女は他国との政略結婚などで利用されることが多い。しかし、グリドルーシャの皇帝は可愛い可愛い娘を溺愛するばかり、他国との取引など何のその、と言った主義の皇帝である。そのため、一度として他国との政略結婚の話が上がったことはない。ダリアナの耳に入る前に、皇帝が一つ一つ握り潰しているからだ。しかし、他国からの縁談が全くないことから、ダリアナは不甲斐ない自分が何の役にも立たないからではないか、と勘違いしてしまっている。少しでも父や姉の役に立ちたいと思っていたため、結婚相手を見つけられたことはこの上ない喜びのはずなのだが。二人の反応は、ダリアナが思っていたものとは違った。だが、ダリアナ。その肝心な結婚相手が素性の分からない男だということに気がついていない。クラウディオの巨根を受け入れることだけに精一杯なのだ。
「クラウディオ………。我が人生にて、一人だけその名を持つ者を知っている………」
「誰なのですか!?」
皇帝は突っ伏したまま呟いた。ヴェリーナは剣から手を放し、実父である皇帝を起き上がらせてその胸ぐらを掴む。先程から父に対する扱いが雑なことに、ヴェリーナは気づいていない。
皇帝は、ゆっくりと開眼する。
「グリドルーシャ帝国が建国されて以来の天才、鬼才、秀才。幼い頃から剣術にも学問にも優れており、その才能は神々の予想の遥か先を行くと言われている。
僅か10にも満たない年齢で戦場に出ると、尽く敵を粉砕。15になる頃には、一人で国を一つ滅ぼすほどの力を有した。未だ数多の戦場にて不敗を誇り、グリドルーシャの英雄とまで言われた男…」
皇帝が語るのは、とある男の武勇伝。勘の鋭いヴェリーナは、皇帝が誰の武勇伝を語っているのか容易に想像できてしまった。
「まさ、か…」
ヴェリーナの手が震える。皇帝の胸ぐらから手を放して、二歩ほど後退った。
「畏怖と敬意から“黒騎士”の異名を与えられた、クラウディオ・セノル・ベネルティオン・レドリガー。レドリガー公爵だ」
グリドルーシャ皇城の本宮に位置する皇帝の執務室は、厳重な警戒態勢の元、数多くの人々が出入りする場である。忙しそうな皇帝に遠慮しつつ、ダリアナはどうしようかと執務室の前で悩んでいた。執務室を守る役目を担う騎士たちは、皇帝の執務室前では滅多に見ないダリアナの姿に、心臓が破裂しそうなほどの胸の高鳴りを感じていた。
「どうしようかしら」
すらっと細い顎に手を当てて考えるダリアナは、もう一度扉の隙間から皇帝の執務室を覗き込む。すると、とある人物と目が合った。
「ダリアナ?」
「ヴェリーナお姉様…」
ダリアナに声をかけたのは、グリドルーシャ帝国第一皇女であり、皇太女であるヴェリーナ・ラン・ティル・グリドルーシャだった。燃え盛る炎の如く真っ赤なヴァーミリオンの長髪に、ベビーブルーの瞳を持つ美しさと凛々しさを兼ね備えた女性だ。
「そんなところで何をしているんだ。ほら、入りなさい」
執務室の主はヴェリーナではないのにも関わらず、遠慮なくダリアナを執務室に招き入れたヴェリーナ。
「おお!ダリアナ!」
ダリアナを元気よく迎えたのは、目下に深い隈を作った皇帝だった。皇帝の名は、リベリオ・ルカ・ティル・グリドルーシャ。ダリアナとヴェリーナの実父である。ヴァーミリオンの髪に、ダリアナと同じゴールドの双眸を持つ男性だ。まだまだ若々しい。隈さえなければの話だが。
「お父様。ごきげんよう」
「今日も我が娘が麗しい…」
寝不足なのが限界に来ているのだろうか。ぽろぽろと涙を流す皇帝は、ダリアナの元へ向かおうとするが、ヴェリーナに首根っこを掴まれ、阻止されてしまう。仕事を終わらさない限りは、執務室の椅子から立ち上がることを許されないらしい。なんとも可哀想だ。
「ところで、お前がここに来るなんて珍しいな。何かあったのか?」
「はい。お父様にお伝えしたいことがあって参りました」
マシュマロのような柔い頬に、紅をさす。珍しく恥じらっているダリアナの様子に、皇帝とヴェリーナは何か嫌な予感を感じ取った。
「私、クラウディオさんの妻となります」
ダリアナの強い眼。皇帝とヴェリーナは、「は?」という表情を浮かべる。皇帝は暫し考えるように額を押さえるが、考えても分からなかったようで今度はしっかりと「は?」と声に出した。
「おい、誰だ?その男は」
ヴェリーナは、腰の剣の柄を掴み震える。白銀に輝く刀身が見え隠れしてしまっているではないか。父親譲りの美貌は歪み、ベビーブルーの双眸は怒りに支配されている。皇帝は、やっとダリアナの言葉が理解できたようで、泡を吹いてテーブルに突っ伏してしまった。大事な書類たちがびしょ濡れである。
ダリアナは、心から驚いた。父と姉は自分の結婚が嬉しくないのだろうか、と。確かに、皇族の皇女は他国との政略結婚などで利用されることが多い。しかし、グリドルーシャの皇帝は可愛い可愛い娘を溺愛するばかり、他国との取引など何のその、と言った主義の皇帝である。そのため、一度として他国との政略結婚の話が上がったことはない。ダリアナの耳に入る前に、皇帝が一つ一つ握り潰しているからだ。しかし、他国からの縁談が全くないことから、ダリアナは不甲斐ない自分が何の役にも立たないからではないか、と勘違いしてしまっている。少しでも父や姉の役に立ちたいと思っていたため、結婚相手を見つけられたことはこの上ない喜びのはずなのだが。二人の反応は、ダリアナが思っていたものとは違った。だが、ダリアナ。その肝心な結婚相手が素性の分からない男だということに気がついていない。クラウディオの巨根を受け入れることだけに精一杯なのだ。
「クラウディオ………。我が人生にて、一人だけその名を持つ者を知っている………」
「誰なのですか!?」
皇帝は突っ伏したまま呟いた。ヴェリーナは剣から手を放し、実父である皇帝を起き上がらせてその胸ぐらを掴む。先程から父に対する扱いが雑なことに、ヴェリーナは気づいていない。
皇帝は、ゆっくりと開眼する。
「グリドルーシャ帝国が建国されて以来の天才、鬼才、秀才。幼い頃から剣術にも学問にも優れており、その才能は神々の予想の遥か先を行くと言われている。
僅か10にも満たない年齢で戦場に出ると、尽く敵を粉砕。15になる頃には、一人で国を一つ滅ぼすほどの力を有した。未だ数多の戦場にて不敗を誇り、グリドルーシャの英雄とまで言われた男…」
皇帝が語るのは、とある男の武勇伝。勘の鋭いヴェリーナは、皇帝が誰の武勇伝を語っているのか容易に想像できてしまった。
「まさ、か…」
ヴェリーナの手が震える。皇帝の胸ぐらから手を放して、二歩ほど後退った。
「畏怖と敬意から“黒騎士”の異名を与えられた、クラウディオ・セノル・ベネルティオン・レドリガー。レドリガー公爵だ」
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