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第1章 異世界転移

頭上の魔王とバケツ③

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『ううーーーん……旅、かぁ。旅って言われても……なんのあてもないし……。
魔王は? なんかいい案ある?』

アイマーにアイデアを問うナナ。
自分で考えたところでなかなか良い案が思いつかないと判断したのだ。
そもそもナナはこの世界についてあまりに何も知らない。
千年以上生きているというアイマーに意見を求めるのは妥当である。

しかしその結果はけっこう……うっとうしい形で帰ってくることとなる。

『挑戦者に保護してもらうというのはどうだ?
先ほどガス爆発が起きた時に、たまたま謁見の間にいた人族の青年だ。
あれからまだそれほど時間もたっておらんようだし、魔王城の入口に向かえば会えるかもしれんぞ?
同じ人族のよしみで何とかしてくれるかもしれん。
ルートは……裏から行っても良いが……。
いや、表から行こう。
挑戦者はきっと表ルートで魔物を倒していくだろうしな』

アイマーは意外にも配下の魔族ではなく、人族に頼ることを提案してきた。
人口が地球のように多くないピラステアでは、同族は生きていくために助け合うという考え方が浸透している。
種族間で争う余裕もないため他種族とも手を取り合うが、やはり同族同士の方が親身になることが多い。
そのためアイマーはナナの種族を考慮して、人族と共にあることが生きやすいと判断したのである。
アイマーは世界最強ランクの強さを誇る魔王である(あった)が、とても気が利く紳士なのである。
そのアドバイスの内容は至極まともだった。

――ただしその親切心は、スキル【伝心】の効果で果てしない『ドヤァ』や、『褒めて褒めて』という濃厚な感情に味付けされて、見る影もなくなっている。
それがナナに伝わってしまっては、せっかくの功績も台無しであった。

だが幸運?なことに、この2人の相性は神懸かっていた。

(あーこの感じ、どこかで似たような印象を受けたような気がするけど誰だっけ……思い出した!
お仕事頑張ったよアピールしてるお兄ちゃんと一緒だ!
どうして大人の男の人って、こんなに褒めて欲しがるんだろう。
しょうがないなあ、もう。うふふっ)

イケオジのとても残念な内面を強制的に感じさせられたナナであったが、玄関に倒れてナナが起こしてくれるのを待っている兄の同類かと思い、むしろ母性をくすぐられてしまったのである。
ナナの周囲の者は男女問わず皆、なぜかナナに褒められることを喜びとする傾向があった。
それはナナの褒め方が秀逸で絶妙にツボを刺激するからでもあり、女神のような美貌のナナから、母性溢れる慈愛の笑みを向けられる喜びを一度でも体験した者は、それが忘れられなくなるからでもある。
無自覚に母性を振りまいているナナは、今回も素直にアイマーのアドバイスに同意し、再度扉の方に歩き出しながら彼に伝える。

『さすが魔王! 私にもできそうな現実的な計画!
一瞬でそこまで考えつくなんて、すごいじゃん!』

これを、くすぐられた母性そのまま、ちょっとかわいいと思いながらごく自然に伝えたのである。

仕事に生きる世の社会人諸君にとって、あるいは勉学にいそしむ学生にとっても、自分の功績や成果を認めて褒めてもらえることほど嬉しいことは無い。
たとえどんな小さなことであったとしてもだ。
不備を見つけてぐちぐちと責めるよりできていることを認めて褒めた方が、モチベーションを刺激し、忠誠を捧げるようになるのだ。

それに加えて、スキル【伝心】により、本心から褒められていること、そして可愛がられていることが感じられるというご褒美付きだった。

これを受けたアイマーは――

『ズッギューン♥』

と、やけに古めかしい効果音を撒き散らしながら爆散した。

だが、本来のアイマーを知る者からすれば、これも仕方がない。
アイマーは孤独だったのだ。
本人はドⅯなのに、魔王であるが故に誰もいじってくれない。
その地獄を千年も耐え抜いた末に、人生の最後(正確にはもう終わっているが)でようやく、遠慮なく自分を振り回し、可愛がってくれる少女に出会ったのである。

世界最強ランクの強さを誇る魔王である(あった)アイマーだったが、こうなってはもう、女王様にしっぽを振る犬同然である。

『なにやってるのよ、もう(笑)
あ、でも、魔王城の入口に行けって言われても……魔王、道わかる?』

『はい喜んでぇええええ‼ 扉の先を右側に進めばよいぞぉ!』

『うふふっ、もう立派にナビだね、魔王!
うん。ま、いいか♪』

呼ばれて瞬時に再起動したアイマーから、役に立つ気満々の気概が伝わってくる。
アイマーはこの城の設計者であり、構造を全て記憶している。
その溢れんばかりの自信と喜びの感情に、流石のナナも呆れ顔である。

だがまあ頼りになるし、そう悪いモノではないと判断したナナは、魔王ナビをそのまま続行してもらうことにした。
魔王をナビにしちゃう平民……。
アイマーの配下が知れば卒倒するほどシュールな光景であった。


    ◇
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