上 下
1 / 1

悪戯なキス

しおりを挟む
 シラス王国の王都サリヴァンにはアシュレイ魔法学校がある。初等科の生徒は、白いチュニックを着るのが規則だ。

「なんで、こんなにダサいチュニックを着なきゃいけないのかしら」

 金髪を白いチュニックの上に広げながら、マリアンは寮の鏡に向かって綺麗な形に整えている眉をしかめた。

「本当にねぇ~!   でも、こうしたら少しはマシに見えるかもよ」

 お洒落なアンジェリークは、週末に屋敷にかえり、チュニックの裾を短くして貰ったのだ。

「あっ、良いわね!    私も短くしてもらおう」

「そうしたら良いわ。マリアン、何か気づかない?」

 そう言うと、アンジェリークが唇を突き出す。薔薇色の口紅を塗っているのはいつもどおりだが、今日は艶々と光ってる。

「まぁ、何か新しい口紅を手に入れたのね!」

「そうなのよ!    これは蜂蜜からできている艶出しなの。だから、キスしたら甘いのよね~」

 アンジェリークが差し出した小さな入れ物にマリアンは薬指を突っ込み、自分の唇に艶出しを塗る。小さなピンク色の舌でペロリと唇を舐めてみる。

「本当だわ~!    甘いわね!」

 そう言うマリアンとアンジェリークは、お互いの顔を見合わせて悪戯っぽく笑う。

「「誰かとキスしてみましょう!」」

 マリアンやアンジェリークは魔法使いの免状をもらったら、良い縁談に恵まれると親に言われて不自由な寮生活に耐えている。そのストレスを発散する良い悪戯を思いついた。

「じゃあ、マリアンは貴女にお熱のアレックスとキスするの?」

 入学した時から、アレックスはマリアンに猛烈にアタックしていた。

「アレックスはただのお友達よ。気があうし、そこそこハンサムだから、一緒に居てて楽しいけど……同じ年では結婚相手にはならないわ」

「マリアンったら、ただのキスよ! 結婚相手なんて、親が良い条件の相手を決めちゃうだけだわ。魔法学校に通って良いことは、親の監視なしに男の子と一緒に過ごせることじゃない!   今のうちに楽しまなきゃ!」

 貴族の令嬢の結婚は、親が条件の良い相手を見つけてくるのが一般的だ。勿論、社交界などで見染められて、格上の爵位を持つ男性と結婚することもあったが、そんな玉の輿はなかなかない。

「アレックスとキスしたりしたら、期待を持たせちゃうわ。それより、後腐れなくキスできる相手が良いの」

「確かに重いわよねぇ。アレックスったら、恋愛ゲームに向いてないもの」

 二人で、男の子の選択が始まる。

「私は、優雅なリュミエールにするわ!   音楽が得意だし、とても紳士的な態度だわ。それに、キスしたからといって過剰な期待はしそうにないもの」

「あっ、アンジェリーク!   ずるいわ!   私もリュミエールに目をつけていたのに」

 いつもは女の子のリーダーであるマリアンだが、恋愛ゲームではアンジェリークの方が一歩進んでいる。

「誰にしようかなぁ~!  アレックスの友だちはまずい気がするのよねぇ」

 いつまでも悩んでいるマリアンに、アンジェリークはハシバミ色の目を光らせて悪魔の誘惑をする。

「ねぇ、いっそのことフィンは?」

「まさか!   それは無いわ~」

 農民階級のフィンにマリアンは拒否反応を示す。

「あら、でもフィンの将来は有望よ。だってルーベンス様の弟子なんですもの」

「そりゃあ、上級魔法使いは有望でしょうけど……」

 マリアンは、クルクルの落ち着かない巻き毛のフィンとキスするシーンを思い浮かべて「あり得ない!」と叫ぶ。

「じゃあ、フィンは置いといて、将来性で選ぶならラッセルとかラルフあたりが良いんじゃない?」

 恋愛ゲームのキスをする相手を選ぶ話が、何故か脱線していく。

「級長のラッセルなんかとキスをするの?    確かに名門貴族だし、そこそこハンサムだけど……あんな頭の堅そうなラッセルは駄目よ。お遊びのキスで本気になられたら困るわ」

「あら、なんでいけないの?    ラッセルが本気になったら、凄い玉の輿じゃない!」

 叔母が王太子妃であるラッセルは、本物の上級貴族だ。サリヴァンの中級貴族であるマリアンには雲の上の存在なのだ。

「私の家では、あんな名門貴族に嫁ぐ持参金が払えないわ。それに、玉の輿は良いけど、あの優等生と暮らすのは肩が凝りそうだもの」

 アンジェリークは、この議論に飽きてきた。クルクルと髪の毛を指で巻きながら、悪戯っぽく笑う。

「なら、いっそのこと出会う相手にキスして回りましょう!」

「良いわね!」

 マリアンもあれこれ考えるのに疲れたし、元々甘い艶出しで悪戯をしたかっただけなのだ。

「じゃあ、キスキス作戦を決行するわよ!」

 マリアンとアンジェリークは、腕を組んで女子寮から出ていく。


「あら?    フィンだわ?    どうする?」

 アンジェリークもチビのフィンとのキスなんか御免だと眉をしかめる。

「お遊びのキスですもの!   誰でも良いわ!」

 そう悪戯っぽく微笑むマリアンは、とても可愛らしい。チビのフィンを捕まえると、唇に軽いキスをする。続いてアンジェリークもチュとキスをして、ヒラリとスカートを翻して立ち去る。

「えっ、何!  何!」

 運悪く(運良く?)捕まったフィンは、ファーストキスを二人に奪われてしまった。

「さぁ、次を探しに行きましょう!」

 真っ赤になって立ち尽くしているフィンを笑いながら、二人は次の犠牲者を探しに行く。

「キスって……蜂蜜の味なんだ……」

 この後、ほとんどクラスメイトを毒牙、いや蜂蜜のキスで祝福したマリアンとアンジェリークは、寮母のマイヤー夫人から延々とお説教されるのであった。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~

こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。 それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。 かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。 果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!? ※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。

【完結】6歳の王子は無自覚に兄を断罪する

土広真丘
ファンタジー
ノーザッツ王国の末の王子アーサーにはある悩みがあった。 異母兄のゴードン王子が婚約者にひどい対応をしているのだ。 その婚約者は、アーサーにも優しいマリーお姉様だった。 心を痛めながら、アーサーは「作文」を書く。 ※全2話。R15は念のため。ふんわりした世界観です。 前半はひらがなばかりで、読みにくいかもしれません。 主人公の年齢的に恋愛ではないかなと思ってファンタジーにしました。 小説家になろうに投稿したものを加筆修正しました。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

ご期待に沿えず、誠に申し訳ございません

野村にれ
恋愛
人としての限界に達していたヨルレアンは、 婚約者であるエルドール第二王子殿下に理不尽とも思える注意を受け、 話の流れから婚約を解消という話にまでなった。 ヨルレアンは自分の立場のために頑張っていたが、 絶対に婚約を解消しようと拳を上げる。

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

アシュレイの桜

梨香
ファンタジー
『魔法学校の落ちこぼれ』のフィンの祖先、アシュレイの物語。  流行り病で両親を亡くしたアシュレイは山裾のマディソン村の祖父母に引き取られる。  ある冬、祖母が病に罹り、アシュレイは山に薬草を取りに行き、年老いた竜から卵を託される。  この竜の卵を孵す為にアシュレイは魔法使いの道を歩んでいく。

【旧版】パーティーメンバーは『チワワ』です☆ミ

こげ丸
ファンタジー
=================== ◆重要なお知らせ◆ 本作はこげ丸の処女作なのですが、本作の主人公たちをベースに、全く新しい作品を連載開始しております。 設定は一部被っておりますが全く別の作品となりますので、ご注意下さい。 また、もし混同されてご迷惑をおかけするようなら、本作を取り下げる場合がございますので、何卒ご了承お願い致します。 =================== ※第三章までで一旦作品としては完結となります。 【旧題:異世界おさんぽ放浪記 ~パーティーメンバーはチワワです~】 一人と一匹の友情と、笑いあり、涙あり、もう一回笑いあり、ちょこっと恋あり の異世界冒険譚です☆ 過酷な異世界ではありますが、一人と一匹は逞しく楽しく過ごしているようですよ♪ そんなユウト(主人公)とパズ(チワワ)と一緒に『異世界レムリアス』を楽しんでみませんか?(*'▽') 今、一人と一匹のちょっと変わった冒険の旅が始まる! ※王道バトルファンタジーものです ※全体的に「ほのぼの」としているので楽しく読んで頂けるかと思っています ※でも、時々シリアスモードになりますのでご了承を… === こげ丸 ===

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...