244 / 273
第十二章 皇太子妃への道
9 何か大切な事
しおりを挟む
「ユーリが行方不明! まさか私との婚約が嫌になって逃げ出したのでは?」
普段は立派な皇太子なのに、ユーリ関係になるとグレゴリウスは理性が吹っ飛ぶ。ある意味で恋愛至上主義のイルバニア王国に相応しい皇太子なのだが、今は冷静になって欲しいとジークフリート卿は溜息を押し殺す。
「仮にユーリ嬢が婚約を解消したいと思ったとしても、イリスを置いて逃げ出したりはされませんよ」
聞いていた祖父のアリスト卿は『酷い!』と思ったが、グレゴリウスは打たれ強かった。
「そうだな! 竜馬鹿のユーリがイリスを置いて逃げ出したりはしないだろう。となれば、何か事故に巻き込まれたのか?」
やっと冷静さを取り戻したグレゴリウス皇太子に、アリスト卿は部下のカルバン卿からの報告を伝える。
「孤児院にいたハンナという女の子を母親がいるタレーラン伯爵領の屋敷に送って行く途中、荷馬車が崖から落ちそうになったようです。ユーリはハンナを庇って崖から落ちたそうなんですが……大丈夫です。下には雪が積もっていたので、ユーリの命に別状は無いとは思うのですが……」
「ユーリが崖から落ちた!」と騒ぎ立てるグレゴリウス皇太子を宥めながら、話を続ける。
「竜騎士を派遣して付近を捜索させていますから、ユーリもすぐに見つかるでしょう」
竜騎士隊長のマキシウスは、イリスがユーリの場所を特定できない事が不安だったが、グレゴリウス皇太子を落ち着かせる為に冷静さを演じる。
「私も捜索に加わる!」
婚約者が行方不明なのに、呑気にユングフラウで待っていられないとグレゴリウスは騎竜アラミスに飛び乗る。
「ジークフリート卿、お任せします」
本当なら祖父のマキシウスが一番に孫娘のユーリを探しに行きたいのだが、ローラン王国との国境を見張る役目がある。
「ええ、ユーリ嬢を無事にお連れします」
カルバン卿が先頭になり、二頭の竜が飛んで行くのをマキシウスは『ユーリ!』と無事を祈りながら見送った。
『ユーリ! ユーリ!』
タレーラン伯爵領の付近をイリスは旋回しながら絆の竜騎士であるユーリを探していた。
『イリス!』
ユングフラウからアラミスに乗ったグレゴリウスが到着し、一旦は陸に降りて話し合う事にする。
『ユーリがいないんだ!』
絆の竜騎士とのコンタクトが取れなくなったイリスの悲壮な叫びにグレゴリウスとジークフリート卿も心が切り裂かれる。
『イリス、ユーリは絶対に見つけるからね!』
グレゴリウスとアラミスの励ましで、イリスもほんの少しだけ落ち着く。
「兎に角、ユーリ嬢が落ちた崖を調べてみましょう」
何度もカルバン卿も調べただろうが、一から捜索をやり直そうとジークフリート卿は提案する。
「ここで馬車が雪道でスリップしたのですね。車輪が片方壊れて……崖の下に降りてみましょう」
グレゴリウスは、焦る気持ちを抑えて、アラミスと崖の下へと向かう。雪は何人もの捜索隊に踏み荒らされていた。
「ユーリ!」
グレゴリウスは近くには居ないとわかっていても、大声で愛しい婚約者の名前を呼ぶ。
「この道は何処へ続くのですか? 何本か馬車の轍が残っています」
捜索隊は馬で行動していたので、轍は前からあるのだろうとジークフリート卿は考えた。
「そうか! この道は南のモーゼルまで続いています。誰かがユーリ嬢を救護したのかもしれません」
近隣の村は探索したが、もっと遠くの町まで探索の輪を広げようと竜騎士達は頷く。
「早くユーリを見つけないと、夜になってしまう!」
暗くなった空に三頭の竜は舞い上がった。
旅の一座でお姫様役に抜擢されたユーリは、宿屋の一階の椅子に座って台本を読んでいた。台本といっても、髭もじゃのローズ団長が急いで書きなぐった粗筋に過ぎない。
「『きゃあ~! 助けて!』……これしか台詞は無いの? お姫様って、そんなにお馬鹿さんなのかしら?」
素人のユーリでも劇の流れを壊さないように書かれた簡単な台詞を覚える。
「お姫様が悪者に拐かされて、それを恋人が救い出す物語なのね。ハッピーエンドは良いけど……ラブシーンとかは困るわ! 何故かしら? 絶対に駄目な気がする」
ユーリの脳裏に金色の瞳が浮かぶ。
「何かしら? 凄く大事な事を忘れているような……兎に角、ラブシーンは困るわ!」
団長にラブシーンは断ろうと、宿屋から出ようとしたユーリは、入ってきた女の人とぶつかる。
「失礼ね!」
「すみません。急いでいたもので……」
ユーリは謝って外に出ようとしたが、女の人に止められる。
「ちょっとドレスが破れたわ!」
確かにお姫様ドレスについている模造宝石のキラキラが女の人のドレスのレースに絡まったのか、糸を引いていた。
「ごめんなさい……」
金髪を巻髪にして結い上げている美人は、安物のドレスを着たユーリを頭から爪先までジロジロと見る。
「あなたは旅の芸人なの? そんな人にこのドレスの値打ちはわからないのかも知れないけど、ユングフラウで作った物なのよ」
ふん! と鼻を突き出す態度に見覚えがある。
「あのう、何処かで会っていませんか?」
「あんたなんか……もしかしてユーリ・キャシディ? あのど田舎のヒースヒルにいた貧乏な農家の娘?」
失礼な言い草で、ユーリの記憶が蘇る。
「ハリエット・ジョーンズ! あの小麦倉庫の支配人の娘ね! なんだか年取ったわねぇ」
ヒースヒルの小学校で、町に住んでいるハリエット達に田舎の子と馬鹿にされたのだ。ユーリは、子ども時代に記憶が飛んでいたので、大人になったハリエットに驚く。
「なんですって! 年を取った? 旅の芸人になったあなたに言われたくないわ。それに私は結婚して、ハリエット・マッケーンジー夫人になったのよ。夫は、ここら辺の大地主なんだから」
相変わらず威張っているハリエットに出会ったお陰で『ユーリ・キャシディ』という名前を思い出したが、何故か違和感がある。
『まさか……結婚して苗字が変わったのかしら? どうやら結婚してもおかしくない年になっているみたいだし……』
ユーリの心に心配そうな金色の瞳が浮かぶ。頭ががんがんと痛む。ふらついたユーリはハリエットにもたれかかる。
「ちょっと何をするのよ!」
宿屋の出入口でユーリとハリエットが揉めていると、アマンダがやって来た。ふらつくユーリの肩を抱き寄せて、ハリエットに向かい合う。
「何か失礼でもしたのでしょうか?」
アマンダは、地元の人と揉めたくないと、先ずは下手に出る。ハリエットは、自分より弱い立場だと思うと、より強気になる。
「このドレスを傷つけたのよ! 弁償して頂戴」
ツンケンした態度にユーリはカッとした。アマンダの腕を振りほどいて、ハリエットに反論する。前からユーリは強く出る相手には、強く反発する癖があるのだ。記憶喪失になっても、本人の性格は変わっていない。
「何よ! ちょこっとレースの糸が引いただけでしょ。昔から性格は変わってないわね」
「貴女も無礼な態度は変わってないわね! 見てなさい! 主人に言いつけてやるわ!」
ふん! と鼻を鳴らして出て行くハリエットにユーリは呆れる。しかし、アマンダは心配そうな顔をした。
「あの人と知り合いなのかい?」
「どうやら、私の名前はユーリ・キャシディみたいです。彼女とはヒースヒルの小学校で一緒だったの。でも、仲は良くなかったわ。あの頃から威張り屋だったから……それにしても私は何歳なのかしら? ハリエットは結婚しているみたいだけど……」
「あんたは未だ記憶が戻って無いんだね。でも名前がわかったのは良かったよ」
それよりもユーリは大切な話があった。
「アマンダさん、この最後のラブシーンは困るんです。だって……絶対に駄目な気がするんですもの」
「何を言ってるんだい。ラブシーンといっても、抱きしめてキスするだけだよ。お姫様を助けたんだから、そのくらいしなきゃ芝居が盛り上がらないだろ?」
「キス! 彼が怒るわ!」
反射的にユーリの口から言葉が飛び出す。
「何か思い出したのかい?」
青ざめたユーリの肩を抱いて質問するが、首を横に振る。
「いいえ……でも、ラブシーンは絶対に駄目なの! ごめんなさい」
「そうかい。なら、手にキスぐらいで良いかもね」
こんな調子では舞台に立つのも嫌がりそうだと、アマンダは妥協案をだす。
「まぁ、そのくらいなら……」
ユーリは、思い出せそうなのに思い出せないもどかしさに苛々が募る。
「早く思い出さなきゃ! 私は何を忘れているの?」
その時、空から『ユーリ!』という呼び声が聞こえた気がした。
思わず空を見上げるユーリ。
「竜だわ!」
激しい愛情がユーリの心の奥底から込み上げる。
『イリス!』
『ユーリ!』
絆の竜騎士を見つけたイリスは町の宿屋を目指して一直線に舞い降りる。普段なら羽根で人や物を吹き飛ばさないように着地する時は気を使うのだが、今はそんな事に構っていられない。
ローズ一座の馬たちはいななき、舞台に改装された荷馬車は風に揺られる。
「何事だ?」髭もじゃのローズ団長は、折角の舞台装置が滅茶苦茶だと腹を立てた。他の団員は、目の前に舞い降りた巨大な竜に怯えながらも『何故? こんな田舎町に竜が竜騎士も乗せずにやってきたのだ?』と疑問で一杯だった。
ユーリは、竜を遠巻きにしている群衆をかき分けて『イリス!』と駆け寄った。
『ユーリ!』嬉しそうにイリスは咆える。やっと絆の竜騎士に再会できたのだ。しかし、周りの人達は怯えて馬車の影や、宿屋に逃げ込んだ。
『どうして私を置いていったのさぁ。心配したんだよ!』
責められてユーリの記憶は混乱する。
『ええっと……イリス、なのよね? 何故、私はあなたの名前を知っているのかしら? それに愛情を感じるの』
『えっ? ユーリは私と絆を結んだ竜騎士なんだよ。私はユーリと一緒の時を過ごすんだ! 覚えてないの?』
『絆の竜騎士?』ユーリは頭ががんがんする。とても大事なことも忘れていそうだ。
『ユーリ! 思い出して!』
イリスの金色の瞳を見ていると、両親の死、フォン・フォレストのお祖母様の屋敷に引き取られたこと、庭にイリスが舞い降りて絆を結んだこと、竜騎士の学校リューデンハイムの日々、そして喧嘩ばかりしていた金色の瞳の少年。
『そうだわ! 私はユーリ・フォン・フォレスト。あなたは私の騎竜イリスね!』
騎竜の魔力で頭痛は消え去ったが、両親の死を受け入れて、ユーリは涙を流す。
『お父さんもお母さんも何年も前に亡くなったのね』
ユーリが泣き虫なのはイリスは慣れている。絆の竜騎士と一緒にいると、ハッピーな気分になる。
「なぁ、ユーリ……その大きな竜をどけてくれないかい? 今夜の巡業の準備をしなきゃいけないんだ」
ローズ団長の頭をアタンダが小突く。
「あんた、劇のことよりユーリが竜騎士だって事はどうするのさぁ」
「えっ、ユーリは竜騎士なのか?」
「当たり前じゃないの! この子が竜騎士じゃなければ、この竜は何故ここにいるのよ!」
ユーリは、自分が竜騎士であること、目の前のイリスと絆を結んだことは思い出していた。
「ええ、私はどうやら竜騎士みたいです。あと、名前はユーリ・フォン・フォレストです。でも、未だ重大な事を思い出してないようなの……」
イリスはユーリを見つけた安堵で、ポォッとする。必死で行方を捜しているグレゴリウスやジークフリートに報告するなんて、幸せボケしたイリスは考えもしなかった。
「まぁ、記憶はおいおい戻るだろう。それより、今夜の劇なんだけど、出てくれないかな? チラシを配った時に、若い女の子が出るなら観に来るって連中が多かったんだ。あんたが出ないとブーイングがおこりそうでさぁ」
ユーリは、助けてくれた団長の頼みごとに応えることにする。
「今晩の劇にはでます。でも、ラブシーンは困るんです」
「えっ、ラブシーンは駄目なのか? まぁ、良いや。竜騎士が劇に出てくれるだけで宣伝になるし」
「話が決まったなら、そこの竜をどけておくれ。邪魔で仕方ないよ」
イリスに宿屋の裏に移動してもらい、着地の影響を受けて吹き飛ばされた大道具や小道具を荷馬車の舞台に配置し直す。
かがり火が宿屋の前を明るく照らし、舞台からランタンが広場に向かって吊るされると陽気な雰囲気になる。
「もうちょっと化粧しよう」
アマンダに化粧をして貰いながら、ユーリは金色の瞳の少年のことばかり考えていた。
『グレゴリウス……』
普段は立派な皇太子なのに、ユーリ関係になるとグレゴリウスは理性が吹っ飛ぶ。ある意味で恋愛至上主義のイルバニア王国に相応しい皇太子なのだが、今は冷静になって欲しいとジークフリート卿は溜息を押し殺す。
「仮にユーリ嬢が婚約を解消したいと思ったとしても、イリスを置いて逃げ出したりはされませんよ」
聞いていた祖父のアリスト卿は『酷い!』と思ったが、グレゴリウスは打たれ強かった。
「そうだな! 竜馬鹿のユーリがイリスを置いて逃げ出したりはしないだろう。となれば、何か事故に巻き込まれたのか?」
やっと冷静さを取り戻したグレゴリウス皇太子に、アリスト卿は部下のカルバン卿からの報告を伝える。
「孤児院にいたハンナという女の子を母親がいるタレーラン伯爵領の屋敷に送って行く途中、荷馬車が崖から落ちそうになったようです。ユーリはハンナを庇って崖から落ちたそうなんですが……大丈夫です。下には雪が積もっていたので、ユーリの命に別状は無いとは思うのですが……」
「ユーリが崖から落ちた!」と騒ぎ立てるグレゴリウス皇太子を宥めながら、話を続ける。
「竜騎士を派遣して付近を捜索させていますから、ユーリもすぐに見つかるでしょう」
竜騎士隊長のマキシウスは、イリスがユーリの場所を特定できない事が不安だったが、グレゴリウス皇太子を落ち着かせる為に冷静さを演じる。
「私も捜索に加わる!」
婚約者が行方不明なのに、呑気にユングフラウで待っていられないとグレゴリウスは騎竜アラミスに飛び乗る。
「ジークフリート卿、お任せします」
本当なら祖父のマキシウスが一番に孫娘のユーリを探しに行きたいのだが、ローラン王国との国境を見張る役目がある。
「ええ、ユーリ嬢を無事にお連れします」
カルバン卿が先頭になり、二頭の竜が飛んで行くのをマキシウスは『ユーリ!』と無事を祈りながら見送った。
『ユーリ! ユーリ!』
タレーラン伯爵領の付近をイリスは旋回しながら絆の竜騎士であるユーリを探していた。
『イリス!』
ユングフラウからアラミスに乗ったグレゴリウスが到着し、一旦は陸に降りて話し合う事にする。
『ユーリがいないんだ!』
絆の竜騎士とのコンタクトが取れなくなったイリスの悲壮な叫びにグレゴリウスとジークフリート卿も心が切り裂かれる。
『イリス、ユーリは絶対に見つけるからね!』
グレゴリウスとアラミスの励ましで、イリスもほんの少しだけ落ち着く。
「兎に角、ユーリ嬢が落ちた崖を調べてみましょう」
何度もカルバン卿も調べただろうが、一から捜索をやり直そうとジークフリート卿は提案する。
「ここで馬車が雪道でスリップしたのですね。車輪が片方壊れて……崖の下に降りてみましょう」
グレゴリウスは、焦る気持ちを抑えて、アラミスと崖の下へと向かう。雪は何人もの捜索隊に踏み荒らされていた。
「ユーリ!」
グレゴリウスは近くには居ないとわかっていても、大声で愛しい婚約者の名前を呼ぶ。
「この道は何処へ続くのですか? 何本か馬車の轍が残っています」
捜索隊は馬で行動していたので、轍は前からあるのだろうとジークフリート卿は考えた。
「そうか! この道は南のモーゼルまで続いています。誰かがユーリ嬢を救護したのかもしれません」
近隣の村は探索したが、もっと遠くの町まで探索の輪を広げようと竜騎士達は頷く。
「早くユーリを見つけないと、夜になってしまう!」
暗くなった空に三頭の竜は舞い上がった。
旅の一座でお姫様役に抜擢されたユーリは、宿屋の一階の椅子に座って台本を読んでいた。台本といっても、髭もじゃのローズ団長が急いで書きなぐった粗筋に過ぎない。
「『きゃあ~! 助けて!』……これしか台詞は無いの? お姫様って、そんなにお馬鹿さんなのかしら?」
素人のユーリでも劇の流れを壊さないように書かれた簡単な台詞を覚える。
「お姫様が悪者に拐かされて、それを恋人が救い出す物語なのね。ハッピーエンドは良いけど……ラブシーンとかは困るわ! 何故かしら? 絶対に駄目な気がする」
ユーリの脳裏に金色の瞳が浮かぶ。
「何かしら? 凄く大事な事を忘れているような……兎に角、ラブシーンは困るわ!」
団長にラブシーンは断ろうと、宿屋から出ようとしたユーリは、入ってきた女の人とぶつかる。
「失礼ね!」
「すみません。急いでいたもので……」
ユーリは謝って外に出ようとしたが、女の人に止められる。
「ちょっとドレスが破れたわ!」
確かにお姫様ドレスについている模造宝石のキラキラが女の人のドレスのレースに絡まったのか、糸を引いていた。
「ごめんなさい……」
金髪を巻髪にして結い上げている美人は、安物のドレスを着たユーリを頭から爪先までジロジロと見る。
「あなたは旅の芸人なの? そんな人にこのドレスの値打ちはわからないのかも知れないけど、ユングフラウで作った物なのよ」
ふん! と鼻を突き出す態度に見覚えがある。
「あのう、何処かで会っていませんか?」
「あんたなんか……もしかしてユーリ・キャシディ? あのど田舎のヒースヒルにいた貧乏な農家の娘?」
失礼な言い草で、ユーリの記憶が蘇る。
「ハリエット・ジョーンズ! あの小麦倉庫の支配人の娘ね! なんだか年取ったわねぇ」
ヒースヒルの小学校で、町に住んでいるハリエット達に田舎の子と馬鹿にされたのだ。ユーリは、子ども時代に記憶が飛んでいたので、大人になったハリエットに驚く。
「なんですって! 年を取った? 旅の芸人になったあなたに言われたくないわ。それに私は結婚して、ハリエット・マッケーンジー夫人になったのよ。夫は、ここら辺の大地主なんだから」
相変わらず威張っているハリエットに出会ったお陰で『ユーリ・キャシディ』という名前を思い出したが、何故か違和感がある。
『まさか……結婚して苗字が変わったのかしら? どうやら結婚してもおかしくない年になっているみたいだし……』
ユーリの心に心配そうな金色の瞳が浮かぶ。頭ががんがんと痛む。ふらついたユーリはハリエットにもたれかかる。
「ちょっと何をするのよ!」
宿屋の出入口でユーリとハリエットが揉めていると、アマンダがやって来た。ふらつくユーリの肩を抱き寄せて、ハリエットに向かい合う。
「何か失礼でもしたのでしょうか?」
アマンダは、地元の人と揉めたくないと、先ずは下手に出る。ハリエットは、自分より弱い立場だと思うと、より強気になる。
「このドレスを傷つけたのよ! 弁償して頂戴」
ツンケンした態度にユーリはカッとした。アマンダの腕を振りほどいて、ハリエットに反論する。前からユーリは強く出る相手には、強く反発する癖があるのだ。記憶喪失になっても、本人の性格は変わっていない。
「何よ! ちょこっとレースの糸が引いただけでしょ。昔から性格は変わってないわね」
「貴女も無礼な態度は変わってないわね! 見てなさい! 主人に言いつけてやるわ!」
ふん! と鼻を鳴らして出て行くハリエットにユーリは呆れる。しかし、アマンダは心配そうな顔をした。
「あの人と知り合いなのかい?」
「どうやら、私の名前はユーリ・キャシディみたいです。彼女とはヒースヒルの小学校で一緒だったの。でも、仲は良くなかったわ。あの頃から威張り屋だったから……それにしても私は何歳なのかしら? ハリエットは結婚しているみたいだけど……」
「あんたは未だ記憶が戻って無いんだね。でも名前がわかったのは良かったよ」
それよりもユーリは大切な話があった。
「アマンダさん、この最後のラブシーンは困るんです。だって……絶対に駄目な気がするんですもの」
「何を言ってるんだい。ラブシーンといっても、抱きしめてキスするだけだよ。お姫様を助けたんだから、そのくらいしなきゃ芝居が盛り上がらないだろ?」
「キス! 彼が怒るわ!」
反射的にユーリの口から言葉が飛び出す。
「何か思い出したのかい?」
青ざめたユーリの肩を抱いて質問するが、首を横に振る。
「いいえ……でも、ラブシーンは絶対に駄目なの! ごめんなさい」
「そうかい。なら、手にキスぐらいで良いかもね」
こんな調子では舞台に立つのも嫌がりそうだと、アマンダは妥協案をだす。
「まぁ、そのくらいなら……」
ユーリは、思い出せそうなのに思い出せないもどかしさに苛々が募る。
「早く思い出さなきゃ! 私は何を忘れているの?」
その時、空から『ユーリ!』という呼び声が聞こえた気がした。
思わず空を見上げるユーリ。
「竜だわ!」
激しい愛情がユーリの心の奥底から込み上げる。
『イリス!』
『ユーリ!』
絆の竜騎士を見つけたイリスは町の宿屋を目指して一直線に舞い降りる。普段なら羽根で人や物を吹き飛ばさないように着地する時は気を使うのだが、今はそんな事に構っていられない。
ローズ一座の馬たちはいななき、舞台に改装された荷馬車は風に揺られる。
「何事だ?」髭もじゃのローズ団長は、折角の舞台装置が滅茶苦茶だと腹を立てた。他の団員は、目の前に舞い降りた巨大な竜に怯えながらも『何故? こんな田舎町に竜が竜騎士も乗せずにやってきたのだ?』と疑問で一杯だった。
ユーリは、竜を遠巻きにしている群衆をかき分けて『イリス!』と駆け寄った。
『ユーリ!』嬉しそうにイリスは咆える。やっと絆の竜騎士に再会できたのだ。しかし、周りの人達は怯えて馬車の影や、宿屋に逃げ込んだ。
『どうして私を置いていったのさぁ。心配したんだよ!』
責められてユーリの記憶は混乱する。
『ええっと……イリス、なのよね? 何故、私はあなたの名前を知っているのかしら? それに愛情を感じるの』
『えっ? ユーリは私と絆を結んだ竜騎士なんだよ。私はユーリと一緒の時を過ごすんだ! 覚えてないの?』
『絆の竜騎士?』ユーリは頭ががんがんする。とても大事なことも忘れていそうだ。
『ユーリ! 思い出して!』
イリスの金色の瞳を見ていると、両親の死、フォン・フォレストのお祖母様の屋敷に引き取られたこと、庭にイリスが舞い降りて絆を結んだこと、竜騎士の学校リューデンハイムの日々、そして喧嘩ばかりしていた金色の瞳の少年。
『そうだわ! 私はユーリ・フォン・フォレスト。あなたは私の騎竜イリスね!』
騎竜の魔力で頭痛は消え去ったが、両親の死を受け入れて、ユーリは涙を流す。
『お父さんもお母さんも何年も前に亡くなったのね』
ユーリが泣き虫なのはイリスは慣れている。絆の竜騎士と一緒にいると、ハッピーな気分になる。
「なぁ、ユーリ……その大きな竜をどけてくれないかい? 今夜の巡業の準備をしなきゃいけないんだ」
ローズ団長の頭をアタンダが小突く。
「あんた、劇のことよりユーリが竜騎士だって事はどうするのさぁ」
「えっ、ユーリは竜騎士なのか?」
「当たり前じゃないの! この子が竜騎士じゃなければ、この竜は何故ここにいるのよ!」
ユーリは、自分が竜騎士であること、目の前のイリスと絆を結んだことは思い出していた。
「ええ、私はどうやら竜騎士みたいです。あと、名前はユーリ・フォン・フォレストです。でも、未だ重大な事を思い出してないようなの……」
イリスはユーリを見つけた安堵で、ポォッとする。必死で行方を捜しているグレゴリウスやジークフリートに報告するなんて、幸せボケしたイリスは考えもしなかった。
「まぁ、記憶はおいおい戻るだろう。それより、今夜の劇なんだけど、出てくれないかな? チラシを配った時に、若い女の子が出るなら観に来るって連中が多かったんだ。あんたが出ないとブーイングがおこりそうでさぁ」
ユーリは、助けてくれた団長の頼みごとに応えることにする。
「今晩の劇にはでます。でも、ラブシーンは困るんです」
「えっ、ラブシーンは駄目なのか? まぁ、良いや。竜騎士が劇に出てくれるだけで宣伝になるし」
「話が決まったなら、そこの竜をどけておくれ。邪魔で仕方ないよ」
イリスに宿屋の裏に移動してもらい、着地の影響を受けて吹き飛ばされた大道具や小道具を荷馬車の舞台に配置し直す。
かがり火が宿屋の前を明るく照らし、舞台からランタンが広場に向かって吊るされると陽気な雰囲気になる。
「もうちょっと化粧しよう」
アマンダに化粧をして貰いながら、ユーリは金色の瞳の少年のことばかり考えていた。
『グレゴリウス……』
2
お気に入りに追加
1,982
あなたにおすすめの小説

異世界に転生した社畜は調合師としてのんびりと生きていく。~ただの生産職だと思っていたら、結構ヤバい職でした~
夢宮
ファンタジー
台風が接近していて避難勧告が出されているにも関わらず出勤させられていた社畜──渡部与一《わたべよいち》。
雨で視界が悪いなか、信号無視をした車との接触事故で命を落としてしまう。
女神に即断即決で異世界転生を決められ、パパっと送り出されてしまうのだが、幸いなことに女神の気遣いによって職業とスキルを手に入れる──生産職の『調合師』という職業とそのスキルを。
異世界に転生してからふたりの少女に助けられ、港町へと向かい、物語は動き始める。
調合師としての立場を知り、それを利用しようとする者に悩まされながらも生きていく。
そんな与一ののんびりしたくてものんびりできない異世界生活が今、始まる。
※2話から登場人物の描写に入りますので、のんびりと読んでいただけたらなと思います。
※サブタイトル追加しました。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

公爵家三男に転生しましたが・・・
キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが…
色々と本当に色々とありまして・・・
転生しました。
前世は女性でしたが異世界では男!
記憶持ち葛藤をご覧下さい。
作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。

没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~
土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。
しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。
そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。
両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。
女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。
異世界転生~チート魔法でスローライフ
玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています

転生チート薬師は巻き込まれやすいのか? ~スローライフと時々騒動~
志位斗 茂家波
ファンタジー
異世界転生という話は聞いたことがあるが、まさかそのような事を実際に経験するとは思わなかった。
けれども、よくあるチートとかで暴れるような事よりも、自由にかつのんびりと適当に過ごしたい。
そう思っていたけれども、そうはいかないのが現実である。
‥‥‥才能はあるのに、無駄遣いが多い、苦労人が増えやすいお話です。
「小説家になろう」でも公開中。興味があればそちらの方でもどうぞ。誤字は出来るだけ無いようにしたいですが、発見次第伝えていただければ幸いです。あと、案があればそれもある程度受け付けたいと思います。

転生したら神だった。どうすんの?
埼玉ポテチ
ファンタジー
転生した先は何と神様、しかも他の神にお前は神じゃ無いと天界から追放されてしまった。僕はこれからどうすれば良いの?
人間界に落とされた神が天界に戻るのかはたまた、地上でスローライフを送るのか?ちょっと変わった異世界ファンタジーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる