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第十三章  ユーリ王妃

9  後始末

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「アリエナ王女様、少し落ち着いて話をしましょう」

 自分に抱きついているアリエナに、駆け落ちは拙いと説得しようとアレクセイは困っている。

「アレクセイ様、アリエナとお呼び下さい」

 若いだけにラブモードのアリエナは、駆け落ち相手に会えて舞い上がる。アレクセイもアリエナが好きだったが、ともかく落ち着いて話し合わなければいけないと、庭の東屋にエスコートする。

「アリエナ様、駆け落ちはできませんよ」

 アレクセイの言葉に、私が嫌いなのねとアリエナは顔色を変える。

「私は、勘違いをしていたのですね。恥ずかしいですわ。一人で勝手に愛し合っていると思い込んでいたなんて……」

 アリエナが涙を浮かべて立ち去ろうとするのを、アレクセイは抱き止める。

「勘違いなどでは、ありません。私は、貴女を愛してます。貴女と結婚できたら、とても嬉しいと思ってます。しかし、ご存知の通り、私は王子とは名ばかりの亡命中の身です。貴女にプロポーズする資格は無いのです」

 アリエナは愛していると言われて嬉しいと抱きついたが、プロポーズする資格が無いと言い出されて、嫌だと駄々をこねる。

「資格なんて、関係ないわ。だったら、駆け落ちしたら良いのよ。二人で何処かに逃げましょう」

 アレクセイは若いアリエナが恋に舞い上がって、周りが見えなくなっているのだと考える。

「私は名ばかりの王子とはいえ、国を捨てて駆け落ちはできません。私が、アリエナ様にプロポーズするまで、待っていて下さいますか」

「プロポーズして下さるのですか?」

 ポッと頬を染めるアリエナの美しさに、アレクセイの理性も彼方へと飛んでいく。ローラン王国の憂鬱でロマンチックな国民性と、育ったカザリア王国の議論好きで妙にロマンチックな妄想に燃え上がる国民性をアレクセイは持っている。

「アリエナ、私がプロポーズするまで、待っていて下さいますか? そして、結婚してくれますか?」

 跪いて求婚するアレクセイに、アリエナは一生お側を離れないと誓った。アレクセイは、アリエナを抱きしめてキスをする。

 盛り上がっている恋人達は、竜に敏感なユーリを忘れていた。

 庭にゼナを呼び出して、ユーリがエリザベートとの話に夢中になっている間に、アリストリア公爵の屋敷に行けば気付かれなかったかもしれない。しかし、東屋で話し合ったり、プロポーズする約束をしたり、キスしたりしている間、竜達が庭に居るのに召使いも気づいたし、ユーリもゼナが来ているのに気づいた。

『ゼナ、何をしに来たの? アリエナが倒れたから、心配して来たの?』

 過保護なイリスなら、自分が倒れたら飛んで来るから、ユーリはゼナに心配いらないと安心させようとした。

『アリエナに呼ばれたから、来たんだ。アリエナは元気で、アレクセイと庭に居る。倒れたりしていない』

 竜は嘘をつかない。アリエナは、ゼナに口止めするのを忘れていた。



「エリザベート様、失礼しますわ」

 ユーリはドレスの裾を持って、全速力で庭へと走っていった。

「あの方は、いつまで経っても落ち着きがないわね……」

 エリザベートは、6人の母になっても、若い姿を保っているから、気持ちも若いままなのかしらと、呑気な感想を持つ。

『イリス、此処に来て! ゼナ、アリエナは何処なの?』

 ユーリはアリエナがゼナを呼び出したのは、アレクセイと駆け落ちする為ではと思い、阻止する為にイリスを呼び寄せた。

 ファーストキスにうっとりとしていたアリエナは、優雅に結っていた髪の毛があちこち崩れ落ちた怒れる母上の登場に、冷水を浴びせかけられた気持ちになった。

「アリエナ! これは、どういう事ですか」

 アレクセイがアリエナを庇って抱き寄せると、ユーリの怒りの鉾先は其方に向かう。

「アレクセイ王子様、アリエナは未だ14才の子どもです。一時の気の迷いを、本気になさらないで下さい。さぁ、アリエナ、帰りますよ!」

 アリエナはアレクセイに抱きついて離れようとせず、ユーリは手を引っ張って帰ろうとしたが無理だった。

「ユーリ、止めなさい!」

 イリスと共にアラミスとアトスも、エリザベートの屋敷にやってきた。グレゴリウスは、無理やりアリエナをアレクセイから引き離そうとしているユーリを抱き止める。

「だって、アリーは未だ14才なのよ。親に嘘を付いて、アレクセイ王子と逢い引きだなんて許さないわ」

 その点はグレゴリウスも思う事があったが、今は事態の収拾をはかるのが先決だとユーリを宥める。ユーリをグレゴリウスが落ち着かせている間に、ユージーンはアリエナとアレクセイから事情を聞いていた。

 男勝りのアリエナが初恋に舞い上がって駆け落ちしようと思っていたと知って、ユージーンは昔に聞いたユーリの曾祖母様のスザンナを思い出して溜め息をつく。

 地方貴族の娘なら、責任を取って下さいとアレクセイに押し付ける事もできるが、第一王女と皇太子ではそうもいかないのは明白で、大使として頭が痛くなる。

「失礼ですが、アレクセイ王子は、アリエナ王女の事をどうお考えなのでしょうか?」

 アレクセイは、やっと落ち着いたユーリとグレゴリウスに向かって御辞儀をする。

「私がローラン王国に帰国した暁には、アリエナ王女と結婚したいと思っています。どうか、アリエナ王女にプロポーズする事をお許し下さい」

 ユーリは、アリエナのすがりつくような瞳に負けた。グレゴリウスはユーリが折れたのに気付いて、アレクセイにプロポーズする許可を与える。

「アリエナ、私と結婚して下さいますか」

「勿論よ!」

 抱き合ってキスする二人を、グレゴリウスもユーリも複雑な心境で見る。

「アリエナ、そこまでよ! 結婚までは、二人では合わせませんからね」

「そんなぁ~」

 今度は父上も居るし、アリエナは逆らえずに屋敷へと手を引っ張られていく。

「アレクセイ王子、これからの事を話し合わなくてはいけないな」

 アレクセイは、温厚なグレゴリウスの厳しい声に身が引き締まる気持ちがした。温厚なだけでは、大国のイルバニア王国を治めていけないのだと、アレクセイは思い知る事になる。



 ユーリは二階の客間にアリエナを引っ張って行くと、ベッドの布団をはいで、寝ていたキャサリンと、側の椅子に座っていたロザリモンドを三人とも長椅子に座らせて睨み付ける。

「貴女達には失望しました。私の育て方が、間違っていたのですね。これからは、勝手な真似は許しませんからね」

 きゃ~きゃ~怒られるより、青ざめた母上に静かに言われる方が百倍怖いと、三人は凍りつく。アリエナは妹達には罪は無いと言いかけたが、母上にそうですかと微笑まれて、それ以上は口を開けない。

 ユーリは、エリザベート様に娘達と帰りの挨拶を交わすと、馬車に乗って大使館へ帰った。アリエナも、ロザリモンドも、キャサリンも、こんなに怒った母上を見た事が無かったので、自分達がどれほど大変な事をしでかしたのかやっと気付いて反省する。

 夕食はいらないと、ユーリはイリスと竜舎に籠もってしまった。

「王妃様は竜舎に、お籠もりになられましたか? 20年前も、同じ事がありましたね」

 グレゴリウスとユージーンは、アレクセイと話し合って覚悟のほどを確認した。結婚の意志が固いと確認できたので、今後の対応を話し合わなくてはいけないのだが、母上に怒られて泣いている王女達と、竜舎に籠もったユーリをどうにかしなければと、グレゴリウスは席を立ち、先ずは楽な相手の方へと向かう。

「アリエナ、今日の自分の振る舞いが身勝手だとは思わないのか。一国の王女としても、ゼナの絆の竜騎士としても、考えなしの行動だった。
 お前に対する信頼は、今日の馬鹿げた行動で、崩れ落ちてしまったのだ。母上も私も、お前から目を離さないようにしないといけないな。帰国しても、リューデンハイムに帰る事は許さない。ゼナとも別れる覚悟を、決めておきなさい」

 泣いていたアリエナは、リューデンハイムを退学させられると聞いて驚き、ゼナと別れたりできないと懇願する。

「リューデンハイムを退学したら、見習い竜騎士になれないわ。それにゼナとは、別れられないわ。父上、本気では無いのでしょ」

 グレゴリウスはアリエナにお灸を据えなくてはいけないと、厳しくする事に決めていた。

「お前は駆け落ちしたら、リューデンハイムも退学だし、ゼナとも別れなくてはいけないとは、考えても無かったのか。では、何も考えもせず、覚悟も無いまま、駆け落ちしようとしたのか。
 ゼナを連れて駆け落ちして、どうやって竜を養うつもりだったのだ。放牧されている牛を盗んで、食べさせるつもりだったのか? アレクセイ王子がお前の駆け落ちに巻き込まれて、政治的に困った立場にたたされるとも考えて無かったのか?」

 アリエナは王女や王子の身分については考えて無かった。駆け落ちしたら、そのうち結婚を認めて貰えるとしか考えていたのだ。

「私はスチュワート王子との縁談を、断りたかっただけなの。だって、アレクセイ様を愛しているのですもの。
 アレクセイ様と少し身を隠していれば、スチュワート王子との縁談は流れると思ったの。ロザリーはスチュワート王子と結婚したいと言っているし、国にも迷惑は掛からないと考えたの」

 グレゴリウスは馬鹿な事をしたアリエナをアレクセイが止めてくれて良かったと思ったが、顔には出さずに反省するまでゼナとの面会もさせないと厳しく叱りつけた。

 ロザリモンドも日頃は甘々の父上に厳しく叱られて、アントンとの面会も制限された。キャサリンは駆け落ちに憧れていたが、竜と別れるなどは考えても無かったので計画を変更しなくてはと考える。

「お前も、姉達の計画に協力したのだから同罪だ。部屋から一歩も出てはいけない」

 ユージーンは少し厳し過ぎるのではと、部屋で泣いている王女達に同情したが、グレゴリウスはあれくらい言わないと堪えないだろうと、一番難問が残っていると溜め息をつきながら竜舎に向かう。

 竜舎に入ると、ユーリがイリスにもたれて泣いていた。

「ユーリ、さぁ、一緒に大使館に帰ろう。私もお腹が空いたよ、一緒に夕食を食べよう」

 泣いているユーリを抱き寄せて、グレゴリウスは涙を拭いてやる。

「グレゴリウス様……ごめんなさい。娘達を、育て損なったわ。私が仕事を続けたせいなのかしら……アリエナをあんな考えなしに育てたのは私なのね。それに、ロザリモンドも、キャサリンも……ユングフラウに娘達を連れて帰って、一緒に離宮で謹慎するわ。あの娘達が心より反省するとは信じられないから、一生離宮に閉じ込めて置かなければいけないかも……」

 グレゴリウスは、ユーリが娘達に裏切られて傷ついているのだとは察したが、王女達ともども離宮に籠もるのは勘弁して欲しかった。

「ユーリが離宮に娘達と籠もってしまったら、私は寂しくて仕方ないよ。仕事も手につかなくなるし、食事も取らなくなって、死んでしまうよ」

 グレゴリウスはユーリを抱き締めて、娘達にを厳しく叱りつけたから反省しただろうと説得する。

「それにユーリは仕事をしていても、十分に子ども達と接する時間を取ってきたよ。私との時間は、かなり犠牲にされたと思うけどね」

 ユーリは、そうかしらと考える。

「いつもグレゴリウス様は、私から書類を取り上げていたような……」

「だって、そうしないと全然相手をしてくれないじゃないか。公務と仕事の合間は、子ども達にベッタリで……今だって、娘達と離宮に籠もると言い出すし、ユーリは私の事なんてどうでも良いんだ」

「そんなぁ……今でも大好きだわ。だからこそ、娘達の事が申し訳なくて……」

「娘達は、私達の責任だよ。それにアリエナも反省しただろう。さぁ、王妃様、お腹がぺこぺこなんだけどねぇ」

 グレゴリウスに抱き起こされて、一緒に大使館へ帰る。ユージーンはやれやれと溜め息をつき、絡み合った縁談をまとめなくてはと次に打つ手を考える。

「あの娘達は、食事を食べたのかしら?」

 ユーリはグレゴリウスと食卓につくと娘達を心配したが、一晩ぐらい夕食を抜いても死にはしないさと取り合って貰えない。
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