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第十二章  皇太子妃への道

15  皇太子妃ユーリ

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 二人で披露宴を抜け出して、夜の王宮の奥へと走り抜ける。離宮の手前まで来ると、二人は笑いながら走って息が上がったまま、抱き合ってキスをする。

「ずっと抜け出せないかと思ったよ」

 グレゴリウスは、タイミング悪く話しかけてきた貴族の顔を憎たらしく思い出す。

「オーバーね、でも、私もドキドキしたわ」

 クスクス笑うユーリを抱き上げて、グレゴリウスは離宮へと入った。

「さぁ、妃殿下、新居はお気に召しましたか?」

 ユーリは改築前の重厚な内装ががらりと変えられて、白い壁と少しアクセントに金の飾りがあるスッキリとした内装を見渡した。建物や家具は王室が用意すると決まって、あれこれ指図するように思われるのが嫌で、ユーリは離宮には足を向けていなかったのだ。勿論、寝具や、リネン類や、食器や、花瓶など生活に必要な物は侍女達が離宮に運び込んで、キチンと整理してある。

「全く印象が変わったわ。明るくて、スッキリしていて、素敵だわ。グレゴリウス様が決められたの?」

 グレゴリウスが一々壁や柱飾りを決めた訳では無いが、ユーリの希望のスッキリとした内装を指示したのだ。

「ユーリの希望通りになっているかな? できるだけシンプルにさせたのだけど」

「シンプルとは言えない、贅沢な造りだわ。でも、とても気に入ったわ」

「寝室も気に入ってくれると良いのだけど……」 

 グレゴリウスはユーリを抱き上げると、豪華な絨毯が敷いてある螺旋階段をのぼり、寝室へと向かう。

「階段を抱いたままだなんて、重たくない?」

 勢いよく階段をのぼっていたグレゴリウスは、心配そうに見上げるユーリを笑い飛ばす。

「軽いから大丈夫だよ」

 寝室の前には二人きりで寛ぐ為のリビングがあり、そこを通り抜けてグレゴリウスは奥の寝室へとユーリを抱いて入る。ユーリは寝室にある大きなベッドに驚いて、想像を巡らして赤面する。

「ユーリ、やっと結婚できたんだね」

 グレゴリウスは、ライバル達を蹴り散らして、やっとユーリを手に入れた幸福感を噛みしめる。

「グレゴリウス様、これからはずっと一緒ね」

「ユーリ、ずっと君を愛し続けるよ」

「私も……」

 グレゴリウスはユーリを抱きしめて熱いキスをする。このままベッドに押し倒したい気持ちだったが、どこから脱がせたら良いのかわからないウェディングドレスを困惑して眺める。

 コホンと、軽い咳払いをして女官長が寝室に入ってくる。

「皇太子殿下、妃殿下、ご成婚おめでとうございます。妃殿下、楽なものにお召し替え下さい」

 ユーリが女官長に寝室に隣接している妃用の浴室に連れ去られるのをグレゴリウスは指を咥えて見ていたが、侍従にお湯を使われたらと勧められて、自分用の浴室に向かう。

 ユーリは慣れない女官に世話されて入浴するのを気恥ずかしく感じたが、お湯に浸かるとこのままベッドで眠ってしまいたくなる程疲れているのに気づいた。

「昨夜もほとんど寝てないから、今夜はパスとかは駄目かしら……」

 お湯に浸かっていたユーリは、ふとバロア城で鞭打たれた侍女達に懇願されて入浴したのを思い出して、全然違うのよと自分に言い聞かせる。

「こんな風にお湯に浸かっているから、変なことを思い出すのよ」

 勢いよくお湯から出て、ユーリはバスローブに袖を通す。身体や髪を乾かすと、用意されたナイトドレスを眺めて溜め息をつく。

 マリアンヌに負けて作ったロマンチックなレースがたっぷりのナイトドレスを着ると、ユーリはバロア城の夜を思い出す。化粧台の前に座って、女官に髪をといて貰いながら、ハンナの家の暖炉で燃やしたナイトドレスを思い出してしまい、やはりこんなロマンチックなものにしなければ良かったと後悔する。

「妃殿下、お仕度が整いました。皇太子殿下がお待ちです」

 ユーリがなかなか立ち上がらないので、女官長は手を差し伸べる。緊張でカチコチになったユーリは、女官長に先導されて寝室へ入る。

 窓辺に立っていたグレゴリウスが自分に気付いて、パッと顔に笑みを浮かべて歩み寄るのを見た瞬間、ユーリはバロア城のことは忘れ去った。

「ユーリ、とても綺麗だよ。愛している」

「グレゴリウス様、私も愛しているわ」

 グレゴリウスはユーリに熱烈なキスをして、抱き上げるとベッドへと運ぶ。

 女官長は新婚夫婦が無事に初夜を過ごしているのに安堵して、心配しているだろう王妃に報告しに向かう。



 新婚夫婦が甘い夜を迎えている頃、主役がいなくなった披露宴は自然と解散して、招待客達も王宮を辞す。離宮に隣接する真新しい竜舎に、ジークフリートはやってきて先客に気づいた。

「ユージーン卿、貴方もイリスの様子を見に来られたのですね」

 結婚式会場にも緊張したユーリを心配して舞い降りたイリスが、何かしないかと見に来たのだ。

「心配し過ぎだったようです。イリスもアラミスも寝ていますよ」

 ガサガサッと音がして、フランツが顔を覗ける。

「フランツ、ミッシェル嬢を送って行ったのではないのか」

 ブライズメイドのミッシェルを送って行く予定だったフランツが、王宮の奥にある竜舎に顔を出したのでユージーンは驚いた。

「ミッシェル嬢は、両親と帰って貰いました。僕は花婿の付き添いですから、イリスが乱入しないか心配で……でも、大丈夫そうですね」

 三人とも、眠っているイリスに安堵する。

「イリスもアラミスも、よく寝ているなぁ。まさか、二人とも熟睡しているとか……ユージーン、痛いなぁ」

「お前は、一言多いんだ。東南諸島では気を付けるんだぞ。
 大袈裟に騒ぐな」

 軽い拳骨なのに派手に痛がるフランツに小言をいうユージーンを、ジークフリートは笑った。

「相変わらず、仲の良い兄弟ですね。何だか、飲んでバカ騒ぎがしたくなりました。ユングフラウの綺麗どころと、どんちゃん騒ぎしましょう。お付き合い願えませんか」

 フランツは真面目なユージーンが断るのではと危惧したが、それも良いですねと承けたので舞い上がる。

「やったぁ! ユングフラウの綺麗なお姉様方と、どんちゃん騒ぎだぁ!」

 浮かれるフランツに呆れて、二人は置いて行こうかと話しながら、王宮からご成婚で賑わうユングフラウの繁華街へと繰り出した。



「やっぱり、イルバニア王国一の色男は凄いなぁ」

 フランツが足を踏み入れたこともない大人の社交場で、ジークフリートの周りには綺麗なお姉様方が何人も集まり、高級な倶楽部に繰り出す。

 倶楽部の支配人は、いつもは静かに飲むジークフリートが沢山のご婦人方を連れて来たのに驚いたが、皇太子殿下のご成婚を祝したいのだろうと思う。朝方まで飲んだり、ダンスしたりと、大騒ぎした三人は、酔いつぶれたフランツを馬車に乗せて帰路につく。

「ジークフリート卿、コンスタンス妃を救出するためにローラン王国に潜入されると聞きました。貴方はお顔が知られていますから、気を付けて下さい。ヘーゲルに見つかったりしたら、死刑にされますよ」

「ご心配、感謝します。そうですねぇ、丸坊主にでもしますか。どうせ、帰国したら竜騎士隊に入隊ですからね」

 フランツは酔ってうつらうつらしながら、ジークフリート卿が丸坊主なんて駄目だと思う。

「やはり、竜騎士副隊長を押し付けられましたか。叔父上には、竜騎士隊長は難しいと考えていました」

 ユージーンは、サザーランド公爵は気が良すぎて、竜騎士達を抑えられないだろうと憂慮していたのだ。

「アリスト卿が偉大なので、誰が竜騎士隊長になっても不満がでますよ。私なんか、一番不向きなのですけどねぇ」

 見た目の華やかな容貌と違い、グレゴリウスには厳しい指導をしていたのを側で見ていたので、ユージーンは気難しい竜騎士達も手懐けるだろうと笑った。

「ジークフリート卿なら、大丈夫ですよ。でも、丸坊主はおよし下さい。ユングフラウのご婦人方が、泣かれますよ」

 髪を短くして、染めてみるかと、ジークフリートは笑う。

「ところで、フランツ卿も東南諸島へ赴任されるのですね。アスラン王子にはくれぐれも気を付けるようにお伝え下さい。あちらの風習では、結婚しても再婚は問題有りませんから。かなり、ユーリ嬢、いえ、妃殿下に執着されていたご様子でしたので。外務省にもご訪問の申込みがありますが、当分は避けた方が良いと思いますよ」

 ユージーンはお世継ぎができるまでは、外国への訪問は控える方針になるだろうと安心させる。

「こら、フランツ! 起きろ!」

 マウリッツ公爵家に着いて、酔いつぶれたフランツをユージーンは乱暴に頬をピシッと殴って起こす。華奢なユーリならいざ知らず、自分よりデカく育ったフランツを寝室まで運んでやる気はさらさら無かったのだ。

「痛いなぁ……また……綺麗なお姉様方と飲みに……」

 白々と夜が明ける中、ムニュムニュ言っているフランツに肩を貸して屋敷に連れ帰るユージーンを笑いながら、ジークフリート屋敷へと帰る。



 酔っ払った三人がベッドに入る頃、離宮ではグレゴリウスがユーリの寝返りで目覚めた。カーテンの隙間から朝の光が差し込んだ薄暗い寝室で、横に寝ているユーリの寝顔をうっとりと眺める。

「結婚したんだぁ」

 グレゴリウスは幸福感で溢れ返りそうだったが、可愛い寝顔が髪に隠れているのを見ようと、そっと髪を指でかきあげる。

「う~ん」

 寝ているユーリに手を振り払われて、寝返りして背中を向けられたグレゴリウスは、一寸面白くないなぁと起こしにかかる。

「ユーリ、おはよう」

 背中を向けているユーリを此方に向けて、寝ぼけた顔も可愛いなぁとキスをする。ユーリはグレゴリウスにキスをされて、驚いて完全に目が覚めた。

「グレゴリウス様、おはようございます。寝過ごしてしまいましたか? えっ……ちょっと……何をされるのですか? もう、朝なのに……」

 グレゴリウスは可愛いユーリと新婚なのだから、いちゃいちゃしたいと思ったが、目覚めた気配に女官達はお風呂の用意やら、着替えの用意をし始める。ユーリは隣室の女官達が気になり、キスどころではなくて、グレゴリウスを押し返す。

「女官達など、気にするなよ」

 グレゴリウスはユーリが自分を押し返そうとする手を封じていちゃつきだしたが、結婚式や披露宴に招待できなかった貴族達や豪商達を呼んでの園遊会やら、晩餐会と予定はビッシリなのだ。

 女官達はそろそろ身仕度を終えて朝食を食べて貰わないと、国王夫妻への挨拶や、園遊会前の王族の方々との昼食会が押してきてしまうと、隣室でチリチリする。

「皇太子殿下は、朝食はまだなのですか?」

 モーニングルームに誰もいないのを不審に思って女官長は寝室へと向かったが、隣室でうろうろしている女官達に驚いてしまった。

「未だ、お目覚めで無いのですか? 直ぐにお起こししなくては、予定がビッシリなのですよ」

 女官長が寝室のドアをノックしようとするのを、女官の一人が止める。

「女官長様、お目覚めなのですが……」

 女官長は頬を染めた女官が言わんとする事に気づいて、仲が良いのは喜ばしいが、今日は困ると思案する。ふぅ~と深呼吸すると、ノックをして少し大きな声でスケジュールを読み上げだす。

「もう! グレゴリウス様ったら。ライズ女官長が来てるわ」

 ユーリが慌ててグレゴリウスを押しのけてナイトドレスの乱れをなおそうとするのを、チェッと舌打ちしてグレゴリウスは女官長など待たせたら好いのだと胸のリボンを解こうとして、手をピシャンと叩かれてしまう。

「女官長、少し待ってくれ」

 これで良いだろうと、続きをしようとリボンに手をかける前に、ユーリはスルリと逃げ出す。

「入ってよろしいでしょうか?」

 女官長の再度の呼びかけで、グレゴリウスはユーリに睨まれて、どうぞと返事をする。

「やはり、ユーリは私に冷たい気がする……」

 お風呂に入って、ぶつぶつとグレゴリウスは文句を言ったが、何度も服を着替えさせなくてはいけない女官達ほどでは無くても、侍従達もスケジュールが押しているので同意できない。



 皇太子夫妻がモーニングルームで朝食を取っている間、女官長はスケジュールを確認して、ユーリの着るドレスを打ち合わせて女官に伝えたりと忙しい。

「さぁ、妃殿下、国王夫妻への挨拶に向かわれるドレスに着替えて下さい」

 ユーリはドレスを選ぶのはいつも人任せだったので、初日から何回着替えるのだろうと溜め息をつく。女官長もユーリがドレスに興味が無いのに気付いて驚愕する。

「いつも、素晴らしいドレスを着ていらしたから、他人任せだとは知りませんでした。今日のスケジュールに合わせて、ドレスはマウリッツ公爵夫人が決めて下さっていたから良かったですけど、どなたか側近が必要ですわね」

 至急、王妃と相談しなくてはと、女官長は渋い顔をする。

「ああ、ユーリならドレスに興味は無いでしょうねぇ。新婚旅行が終わったら、クレスト夫人が皇太子妃に付き添ってくれる予定です。彼方もクレスト卿が外務次官に任命されて、落ち着いてからにしたいと言っているの。あと、あ~、ビクトリアも側近になってくれるみたいですわ」

 女官長は、変人のビクトリアがユーリ皇太子妃の側近になると聞いて驚く。

「ライズ女官長、ビクトリアを皇太子妃共々宜しくお願いしますわ。ビクトリアの母親は、私の姪ですの。変人ですが……教養は貴婦人の中で右に並ぶ者はいませんわ。まぁ、女官長、睨まないで下さいな。赤ちゃんが大きくなったら、メルローズやシェリル夫人も手伝ってくれます」

 同じ時期に子どもを産んだビクトリアにも、当分は家に居て欲しかったと、女官長は頭痛がしそうになる。

「そのうちには独身時代にユーリの友達だった方々も、側近になってくれますよ。ユーリは意地悪ではありませんから、側近はやりやすいでしょう。ドレスはマウリッツ公爵夫人が充分用意しているでしょうから、暫くは女官長が管理して下さいな」

 確かに素晴らしいドレスを山ほど持参しているし、アクセサリー類も見事なので、皇太子妃として華やかに装わす事はできそうだと、その点だけは安堵する。

「クレスト夫人が、出来るだけ早く皇太子妃に付き添って頂けるようにして下さい」

 女官長に頼まれて、王妃は伝えておくと答えた。



 そんな話をしている内に、グレゴリウスとユーリは、国王夫妻に挨拶にきた。幸せいっぱいな二人を見て、アルフォンスは安心したが、余りにユーリが恥ずかしそうにするので、此方まで気恥ずかしくなってくる。 

「ユーリがそんなに恥ずかしそうにしていると、ベッドに連れこみたくなるよ……」

 グレゴリウスはユーリの耳元で囁くものだから真っ赤になってしまい、テレーズは昼食会ではお行儀良くしなさいと注意を与える。

「朝食、挨拶、昼食会、園遊会、晩餐会……今日は5回も着替えるのね」

 ユーリが大きな溜め息を付いて、昼食会用の品の良い薄い緑のドレスに着替えるのを、グレゴリウスは居間で寛いで待っている。

「明日からは新婚旅行だから、少しは楽なはずだよ」

 着替え終わったユーリに、綺麗だよとキスしながらグレゴリウスは呑気な口調で言う。ユーリは女官長から渡されたスケジュール表を見て、ウッと詰まる。

「これは……新婚旅行と言えないのでは……」

 ユーリが思い描く新婚旅行は、二人で旅行に出かけて海辺を歩いたり、レストランでロマンチックな食事をしたりするものだ。

「王宮に居るより、女官や侍従も少ないし、ああ……まぁ、その地方の貴族達との夕食会とかあるけど、二人で一緒に旅行できるんだよ。絶対に楽しいよ」

 ユーリが地方への巡幸が新婚旅行なのかとガッカリしたのを、グレゴリウスはその地方ごとに名産品とか見れて楽しいよと説得する。

「それに、ほら、時々は王家の離宮に泊まる予定だから、二人っきりで過ごせるよ」

 スケジュール表の予定が入ってない白紙の所を指差してグレゴリウスは喜んだが、ハネムーンの間に数日しか無いのに気づく。

「ええ~、ライズ女官長! 前の打合せでは、もっとフリーな時間が多かった筈だぞ。酷いよ、こんなのハネムーンじゃない」

 やっとグレゴリウスも事態の深刻さに気付いて苦情を言い立てたが、新婚の皇太子夫妻をお迎え出来ると張り切っている貴族達をガッカリさせることは出来ませんと女官長に言い返される。グレゴリウスとユーリは顔を見合わせて、ふ~っと大きな溜め息をつく。

「ユーリ、御免ね、もっと二人っきりで過ごせる筈だったんだ。いつの間にか過密日程に書き換えられていた……」

 ユーリはやはり皇太子妃は楽では無いと改めて実感したが、グレゴリウスとキスしていると不満も解けていく。

「そろそろ、昼食会です」

 女官長は新婚ラブラブの皇太子夫妻の面倒を見切れないと溜め息を付く。 
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